94話 兄弟の盃
その提案に最も衝撃を受けたのは、空魔と黒陽の2人。
「よ、よろしいのですか?」
普段は完璧なまでに剣王の右腕として機能している黒陽だが、今だけはその冷静さを欠いてしまっている様子。
「俺の決定だ」
剣王は玉座から腰を浮かせると、左手を横へと伸ばしながら流星の下へと近づいていく。
黒陽は剣王の左手へとどこからか取り出した酒瓶を預ける。
「どういうことだ?」
「飛たちに会ったんなら、あいつらが【剣王】の称号を争っていることは聞いたか?」
「まぁ」
「実はあいつら以外にもうちには【剣王】の称号を欲しがる奴はわんさかいてな、その最終試練が万里の長城の攻略だったってわけだ。あっさりお前に攻略されたがな」
そんな事情があったとはつゆ知らず、飛と美の覚悟を目の当たりにしたからこそ、自身がしでかしたことの重大さを身を持って理解する。
「なんか事情を知らなかったとはいえ、悪いことしたみたいだな」
「そんなことはない。どの道あいつらのレベルじゃ後何年かかったのか分かったもんじゃなかったからな」
剣王が浮かべた些細な笑みに目を見開く空魔と黒陽。
それだけで、普段、剣王と呼ばれる男がどのような人物なのか見えてくるというもの。
「俺ももう歳だ。この称号を早く誰かに継承して隠居したい訳だが、俺には友と呼べる存在がいない」
剣王と剣を合わせた流星としては、その馬鹿げた強さで何を言っているんだというのが本音だが、それよりも、あれほどまでに強く皆に慕われる男が友を欲していた事実に驚いた。
「友?」
しかし、流星とてバカにはできない。
幼い頃の親友とは疎遠となり、メラは家族同然。光太と愛久に関しては確かに友と呼べる存在だったが、もうこの世にはいない。
その他、出会って来た者たちも、友と呼ぶべき関係までには至っていないのが現実。
「剣を合わせて確信した。お前は俺の横に立つに相応しい奴だと––––––お前といれば、見たこともない世界を見に行くことができると」
その後、剣王は余程流星を気に入ったのか、城内に特別に設けられている儀式の間へと案内する。
「昔は婚姻の儀式などにも使われていたらしい」
流星は剣王に導かれながら、偶然にも『記憶の道標』が示す道筋を辿っていく。
「昔ってことは、この城はあんたが建てた物じゃないってことか?」
「所謂リニューアルというやつだ。内装や外観は随分と異なるが、大まかな骨組みは初代の残した城をそのまま利用させてもらってる」
城内には多くの者たちの姿が見受けられるものの、儀式の間へ立ち入るのは剣王と流星の2人のみ。
剣王の片手には大きな酒瓶が握られ、もう片方の手には器が握られている。
これから行われるのは、何も緊張することのない男同士の親睦の深め合い。
だと言うのに、流星の緊張は高まり続けていた。
儀式の間の目前へと歩みを進める頃、流星の緊張はほぼ最高潮に達していた。
「どうかしたか?」
流星の異変を感じ取った剣王は怪訝な表情を浮かべている。
「一つ言っておくことがある––––––」
流星はゆっくり顔を上げ、剣王の顔へと視線を向ける。
「俺に宿る剣聖の力は、記憶を取り戻していくほどに力も増す仕組みになってるんだ」
「ほう。そのことが、今のお前の様子と何か関係があるということか」
「ああ・・・おそらくこの部屋に入った瞬間俺は意識を失う。だからどうということはないんだが、一応言っておこうと思ってな」
「––––––なぜ、そんなに緊張している?」
記憶を解放するのは今回が初めてというわけではない。
それは、剣王も理解している。
しかし、この先が昔結婚式場として使用されていたこと・・・・・・『剣聖の記憶』が存在していることを考えた時、流星の頭の中には悪い想像が浮かんでしまっていた。
そうして恐る恐る部屋へと一歩踏み込んだ瞬間、案の定意識は消失したのだった。




