86話 アラフル
鹿児島県 屋久島。
透き通る広大な海に囲われた緑豊かなその島の9割を森林が占めているとされている。
この日は、雨音で生命の鳴き声がかき消されてしまうほどの大雨が屋久島を襲っていた。
どんよりとした湿った空気と、薄暗く不気味な様相を漂わせる森。
まるでこれから訪れる不吉な何かを示しているかのよう。
それを証明するが如く、一際目立つ不気味な足音が鳴る。
ゆっくりと草や枯れ葉を踏み締める2つの足音は、屋久島の象徴である巨大な屋久杉の前で立ち止まった。
「––––––素晴らしい魔力の満ちようだ。ここならばアラフルとも繋がれるだろう」
「かなり遠回りをしたけど」
「滑稽極まりない。まさか日本でしか仲間を復活させられないとはな––––––かつての私たちの死が、この大陸にしかと刻まれているということだろう」
カンバルがカモナエルを復活させて以降、日本国内で多少のダンジョン増加現象は見られたものの、レイド祭時と比較した時、その現象は明らかに減少傾向となっていた。
その理由は、カモナエルたちの活動範囲が国外へと移されたため。
しかしこうして日本へと再び姿を現したのは、仲間の復活が他国では不可能だったため。
この大陸はカモナエルたちの生と死の場所であり、仲間の魂が眠る「死者の都」とを繋ぐゲートとなるダンジョンを生成するためには、因縁深きこの大陸上の魔力と共鳴させるしかない。
「さぁ、復活の時だ」
カモナエルとカンバルは、互いにありったけの魔力を解き放つ。
目には見えない魔力の波長が急速に周囲一帯を支配していき、雨音が消え失せ、森が叫び、波紋が広がっていく。
待ち侘びた仲間の復活を目前にした両者の顔には狂気とも言える喜びの笑みが浮かべられていた。
徐々に屋久杉が漆黒へと染まっていく様相は恐怖そのもの。
かつてカモナエルとカンバルは人間との共存を望んでいた。
そんな彼らを裏切り、無惨に命を奪ったのは人間の方。
最早、人間社会がどうなろうと関係のないこと。
今はただ、仲間の復活を全力で願うのみ。
屋久杉全体が漆黒に染まると、内側からの膨張が始まり、甲高い音色とともに屋久杉が勢いよく破裂した。
「・・・・・失敗」
「案ずることはない––––––魔力は常にこちらの味方だ」
『––––––––––––イタイ・・・イタイじゃないか・・・・・』
どこからともなく甲高い声が響いた直後、損壊した屋久杉の頭上へと漆黒のモヤとなった魔力が次々と収束していく。
モヤは次第に生命の形を取り始める。
まず始めに四肢が生え、そして頭部が形成される。
ボヤけていた風貌は徐々に鮮明となっていく。
現れた存在は正しく闇そのもの。
全身は光沢のある漆黒に覆われ、唯一頭部に生えた太く湾曲した角のみが純白に染められている。
「やぁ、カンバルにカモナエルじゃないか。君たちにまた会えて嬉しいよ」
「随分と風貌が変わったな」
「そうかい? まぁそうかも知れない。以前のボクはこう、紳士的だったけど、今は怒りに震えてる」
かつてのアラフルは、カンバルとカモナエル同様に、白と黒が均等になって全身の模様を描いていた。顔面の色も漆黒ではなく純白であった。
それが今とは異なる不気味さを醸し出していたことなど本人は知る由もないが、今の様相は内なる怒りを全身をもって体現しているかのよう。
「君たちもそうだろ? 愚かな人間どもを皆殺しにするために復活したんだよな?」
人間絶滅の志は共通であることを不安げな表情を浮かべて確認する。
「まぁ、僕はそんなつもりはなかったけど、みんながやるならやるつもり」
「は?」
カンバルのその回答が、アラフルには我慢ならなかった。
かつて人間たちに受けた屈辱は、たった数百年で忘れてしまうようなことなのかと。
尊厳を踏みにじられ、心をズタズタにされた挙句、情け容赦なく命をも奪われたのだ。
「イカれたんじゃないだろうな、カンバル。人間どもがボクたちに一体何をしたのか忘れたわけじゃないだろ? 残酷に仲間の命が奪われたんだ・・・信用を裏切られたんだ!」
「忘れてないよ」
「だったらどうしてそんな冷静でいられるんだよ。忘れもしないね、残酷性と狂気を兼ね備えた奴らのニヤケ顔。あぁもう、殺してやりたい! 死ね、死ね、死ね死ね死ね死ね死ね! 人間なんて全部死ねばいいんだ!!」
「––––––アラフル」
感情をエスカレートしていく怒号の中、カモナエルの深い声が響く。
「復讐などという低俗な定義に囚われる必要などない」
「は?」
「かつて人間は、私たちとの共存を否定したが、そもそも人間などという低俗な生命にステージを合わせようとしていたこと自体が過ちであると気付いたのだ」
魔力精神体であるカモナエルたちには、本来寿命というものが存在しない。
多少の傷ならば瞬時に完治し、強さも人間よりも遥かに上。
生命としてのレベルが根本から異なっている。
それなのに、敢えてレベルを合わせようとしてしまったが故に裏切られ、死を迎えた。
「人間との共存はマオウ様が望んでいた世界だったがため、私たちは人間を受け入れられていたに過ぎない。だが、それが過ちであったと気づかせてくれたことに、私は感謝の余地があると考える」
「悲しいよ、カモナエル」
次の瞬間、アラフルとカモナエルの魔力がぶつかり合う。
「話は最後まで聞くものだよ」
「人間に感謝なんてするような奴と分かり合えるなんて思えないよ」
2人を中心として、暴風が発生。
森林を豪快に削り取り、屋久島全体を一瞬にして平地と化してしまった。
「これもただのじゃれあいに過ぎない。だが、人間にとっては異なる」
「そんなことは言われるまでもないね」
「ならば問おう。我々が今すべきことは何だ?」
「人間を殺すことさ!」
「違うな––––––仲間を甦らせることだ」
「仲間・・・・・」
「仲間は私たちの糧となる。人間の大半は、私たちが仲間を復活させる代償で苦しむことにもなる」
その代償とは、いわゆるダンジョンのことである。
カンバルとカモナエルは、何度か仲間を復活させていくうちに、モンスターと呼ばれる異界の生命が巣食うダンジョンなるものが誕生することを理解していた。
「かつて私たちが食糧としていた魔物が、現代ではモンスターと呼ばれ、人間に仇なす存在となっている」
「そんなのもいたような気がするな・・・確か魔力が濃い場所を好んでいたかな」
アラフルの表情に落ち着きが取り戻されていき、互いの魔力の波長が徐々に鳴りを潜めていく。
「モンスターは人間の敵でもあり、恵みでもあるようだが、行き過ぎた恵みは毒となるものだ」
「そうか・・・・・ボクとしたことが勘違いして大切な君たちを傷つけるところだったよ」
「気にはしないさ。だが、一つ気にしておくべきことは、現代にも勇者と同等の人間が存在している危険があることだ」
「誰であろうとぶっ殺してやる。ボクたちが手を下さなくても人間が泣き叫ぶ姿を拝めるのも悪くはないけど、やっぱり人類の希望は自分たちの手で奪わないとだからね」
アラフルの表情には、未来で起こり得る人間たちの苦痛に叫ぶ姿を想像し、止まないほどに口角の上がった不気味で狂気に満ちた笑みが浮かべられていた。




