84話 謝罪
「おい見ろよ、ダンジョンが崩れてくぞ!」
正確には、万里の長城を覆っていた白いドーム状の結界が消滅していく。
そうして姿を現したのは、変わり果てた長城の姿ではなく、皆の知っている世界遺産としての万里の長城の姿。
まるで戦いなど起こっていなかったかのようにダンジョンだった頃の形跡は何一つとして残ってはいない。
結界が全て消失する直前、騒動の原因である流星がダンジョン入り口から姿を現す。
「一体どうなってんだ?」
攻略した本人でさえ、何が起きたのか理解できていない様子。
「祖父様の仕業でしょうね」
「十中八九そうであろうな」
ダンジョンを造ることのできる『ジョブ』を有する者ならば、何らかの仕組みで元通りにすることも可能だろう。
「その・・・先ほどは悪かったわね」
舞王美はプライドが邪魔をして視線を逸らしてしまっているものの、流星は謝罪されるなど思ってもみなかったため、面食らう。
「僕たちは、幼い頃から【剣王】の称号を得るために競争を強いられてきたんだ。他人に決してナメられず、敗北を認めない強き意思を抱くことを教わってきた」
例えそれが敗北だったとしても、己が認めなければ敗北にはならない。
強者とは常に、勝者でなければならないのだと。
「けれどいつしか、強くなることよりも他者の弱さに自信を感じ、挙げ句の果てに抑え込もうとするなんて・・・・・過ちを気づかせてくれた君にお礼を言いたい。そして、謝罪を受け入れてはもらえないだろうか」
そう言うと、美と飛は深々と流星に対して頭を下げる。
「確かにムカつきはしたけど、あんたたちみたいな人はこの世の中にはいっぱいいる。以前の俺なら、自分の弱さを言い訳にしてあんたたちの言いなりになってただろうな」
先ほどまで舞王飛と舞王美にアレだけ怒りを覚えていたのに、なぜだかスッキリとした気分になっている。
これは単に流星の身体的な強さが引き起こす心の変化ではない。
数々の罵倒を経験してきたからこそ、今目の前で頭を下げてる者の心が、これまで自身を罵倒してきた者たちに比べて汚れていない事を無意識に感じ取ったため。
それに、鼻っ柱を折ってやるつもりだっただけに、拍子抜けしてしまったというのが大きな理由。
「俺はあんたたちみたいな人間が大嫌いだ」
「「––––––ッ」」
「けど、間違ってることに気づけたんなら、これから変わっていくこともできるんじゃないか」
そう言うと、流星は他のハンターたちには目もくれず、背を向けて歩き出す。
「––––––少し良いか?」
しかし背後から囁かれた一言に足を止める。
「2人だけで話をさせてはもらえないだろうか」
流星はこのまま立ち去ることもできる。
しかし振り返り、命の誘いを受ける道を選んだ。
現在の万里の長城は攻略直後で人の姿はない。
更に飛と美が入り口を封鎖してくれているために、この場には命と流星の2人だけ。
夕焼けに染められた命の麗しい表情が神威の皮を被った流星の横顔に向けられる。
「担当直入に問う––––––––––––其方は、「凪星」という名に心当たりがあるのではないか?」
命には、約3年間凪星とともに過ごした思い出がある。
一週間と短な時をともに過ごした流星だとは見抜けなくとも、神威と凪星には何らかの関係があるのではないかと気付かれてしまっても無理はない。
ただ気になるのは、このダンジョンの内部の様子は電光掲示板に示された数値でしか見ることができない点。
側から見れば確かに異常な変動を見せていただろうが、それだけで初めて会った神威から凪星を連想することはほぼ不可能。
「心当たりがないのならばすまぬ。けれど、心奪われるほどに美しい微かな黄金を放つ純白の剣を、妾が見間違うはずがないのだ!」
やっぱりか––––––と、流星は思った。
命には結界を生み出す力がある。ならば、結界内部の気配を探ることもできるのではと考えていた。
しかし、それはあくまでも気配程度だと考えていたため、聖剣の見た目までもピンポイントで当てられたのには驚かされる。
命は、ほぼ確信を持って神威である流星と対面している。
流星もまた、凪星の妙に対する感情の起伏を直に体感し、流星自身が妙であった命の力になってあげたいと思うようになった。
できることならば、今この場で全てを打ち明けてあげたい。
しかし、剣聖の力の40%を解放して間もないのに、すでに2人に剣聖の力のことを知られてしまっている。
命まで知ってしまえば、残りは2名。
3名にバレてしまえば、流星の体から剣聖の力は失われてしまう。
一を失ったままでいるのが怖い––––––––––––
弱い自分に戻ってしまうのが怖い––––––––––––
いくつもの試練を通して、システム以外にも流星自身が成長したことは紛れもない事実。
それでもかつての絶望は、しかと脳裏に刻まれてしまっている。
自分は本当は弱い人間なのだと、流星は心の中でボソリと呟く。
「俺は––––––––––––」
流星の中に剣聖の力が宿っていると悟られなければ、転職システムのカウントが2/5から3/5になることはない。
つまり、流星が凪星のフリをすればいい。
おそらくここで否定したとしても命の中に芽生えた疑念は消えることはない。
しかしその選択は、凪星に未練を抱く命の心を弄ぶような行い。
「––––––多分、あんたの見間違いだ・・・・・俺は佐々木 神威。凪星って名前も聞いたことはないよ」
どの選択を取ったとしても何かしらの後悔は残る。
ならば、一番大切な目的を優先するしかない。
「そうであったか・・・・・」
期待を抱き、潤んでしまっていた命の瞳は流星を見ることをやめ、期待の消失とともに光を失ってしまっていた。
「悪い」
流星の残したその一言の意味は、今の命には届かない。
それは、罪悪感からくる謝罪の言葉。
その後、万里の長城に命を一人残した流星は、飛と美に視線すら合わせることなく静かにその場を立ち去った。
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