79話 万里の長城(2)
受付人は唖然とし、瞳をパチクリさせながらひたすらに俺へと視線を向け続ける。
「えっと・・・・・私の説明しっかりと聞いていました? 一位の方が1,000kmということは、まだ誰もその先を見たことがないということなんですよ?」
「理解してますよ。その上で、3,412kmを1日で攻略します」
思ったよりも声が通ってしまったせいで、あちこちからアホやバカといった不愉快な言葉が飛んでくる。
まぁいいさ。俺は俺自身の力を信じてるからな。
けど、驕りは油断に繋がることも学んだ。
そのことをしっかりと肝に銘じて、力に溺れる愚かな存在には決してならない。
「で、では・・・次回以降の目標は、入場の際、入り口に立っている案内人へと申告ください。『万里の長城』を楽しんで」
その後、俺が列へと並ぶなり敵意剥き出しの嫌な空気が走る。
直接何か接触してくる気配はないが、あからさまな敵意を向けられるのはいい気分じゃない。
「––––––––––––おや? 今日は随分と皆大人しいじゃないか」
突然響く甲高い男性の声。
「おい見ろ、舞王飛だ!」
「その隣にいるのって、妹の舞王美じゃないか?」
突如場の空気が騒がしくなり、俺は元凶と思われる背後の集団へと視線を向ける。
パッと見30はいそうな集団の先頭に立つ一際目立った2人の男女。
どちらも足元が隠れるほどの真っ白くスリムな衣装をその身に纏い、綺麗な白髪ということも相まって別次元のオーラを放っている。
どことなく、妙が着ていた「漢服」というやつに雰囲気が似ているな。
女性の方は化粧や頭に花飾りをつけていて、その華やかしさで周囲の者たちの視線を釘付けにしている。
けど、俺の意識が奪われたのはその目立った2人じゃなく、女性の隣で歩調を合わせながら仲睦まじげに会話している1人の黒髪の女性。
「・・・・・命?」
彼らとの距離は10メートル程度。
けど、命が俺に気づくことはない。
今の俺は佐々木 神威としてここにいる。
「どうした? 今日はなんだか皆元気がないように見えるぞ?」
「お兄様にはそう見えるの?」
「なんだ? 美には違く見えるのか?」
「当然ね。この空気の原因は・・・・・・・・」
数秒後、俺と美と呼ばれる女性の視線が重なり、見つけたと言わんばかりに薄らと口元を釣り上げた。
「––––––––––––彼ね」
その瞬間、みんなの意識が一斉に俺へと向けられる。
そうして1人スタスタと俺の下の近づいてくる白髪の女性。
「実は私、聴覚には少し自信があってね––––––––––––3,412kmを1日攻略なんて、とんだお馬鹿さんなのかしら?」
「初対面でいきなりな言われようだな」
「そう? この様子だと、私たちがここに来る間にも色々と言われていたみたいだけれど?」
確かにそうかもしれないが、面と向かって言ってきたのはあんたが初めてだよ。
「はぁ––––––まず聞きたいんだが、俺がどんな目標を設定しようと俺の自由だろ?」
「確かにそうね。けれどここには暗黙のルールが存在しているの。このダンジョンは私たちの祖父が造ったモノ。だからね、私たちの記録よりも低く設定するのがマナーということなのよ」
なるほど。
掲示板に記されている1位、2位の似通った記録が舞王美と舞王飛が叩き出したモノってわけか。
それにしても、人を下に見るような視線––––––俺の一番嫌うタイプの人間だ。
命には悪いが、よくこんなのとよろしくやっていけてるな。
「確かにここにいる人たちじゃ、あんたの記録を抜かせないだろうな。だからかそんなくだらないルールに不満の一つも覚えてる様子がない」
日本だと、大抵不満を抱いていても臆病さが蓋をして口に出せないパターンが多いが、中国もかなり厄介なもんだ。
「ハハッ、妹がすまないね。だけど、君も早く目標を変更した方がいい。僕もいちいちそんなことでは揉めたくはないからね」
「はっ」
兄妹揃っていかれてんのか?
何自分はいい人ですみたいな笑顔浮かべてんだよ・・・・・結局はあんたもこの妹と同じってことだろ。
「忠告を無視するつもりなら、私にも考えがあるわ」
腰に携えている剣に手をかけるか。
つまり実力行使ってことかよ。
なるべく問題は起こしたくなっかたんだけどな。
「美! その辺にしておけ!」
相手の殺気に反応して俺も臨戦態勢に入ろうとした瞬間、命の声が響く。
「いや、そうは言ってもだなぁ。こんな新参者に見下されていては私たちの威厳が・・・・・」
「確かに其方たちが背負っている重圧は私に理解することはできない。けれど、ここで剣を抜くのが過ちであることは理解できる」
そう言うと、命の視線は俺へと向けられる。
「もしかして日本人か?」
「まぁ」
「悪かったな。私がこの2人に代わって謝罪しよう」
「別に命が悪いわけじゃないし、俺もこれ以上は気にしない」
「——————どこかで会ったことがあったか?」
怒りによる感情の高鳴りで命に対する気が緩んでた。
こっからどんな言い訳をしたとしても間違いなく俺に対して違和感を持っただろう。
「いや・・・・・ない。じゃあ、俺は行かせてもらうよ」
背後で睨みを利かせる舞王美を一瞥し、眉を顰める案内人へと改めて目標を宣言する。
「3,412km––––––1日」
ゲートが徐々に拡大していき、遠方まで伸びる長城が姿を現す。
「さてと、行くか」




