72話 魔教と皇帝の歴史
遡ること約700年前。
この時代は、中国全土を明王朝の永楽帝が統一していた頃。
突如として『魔教』という名も知られぬ存在が現れ、南西領土をあっという間に支配してしまうことになる。
更にその頃は北側のモンゴルからの圧力も無視できる状態にはあらず、板挟み状態であった。
そんな危機的状況の対策として打ち出されたのが、「紫禁城」の建設である。物理的な北方の防衛強化だけでなく、精神的な威厳を示すことにも繋がり、案の定モンゴルへの対策は最良であった。
しかし問題は『魔教』の存在。姿形も分からず、どんな力を有するのか、同じ人間であるのかすら定かではなかった。
そして「紫禁城」の建設が完了してから間もなく、永楽帝は寿命を迎えることになるが、自らの命が尽きる前、神たる天帝から代々皇帝となった者が授かってきた力を複数に分ける手段に打って出た。
最初は2つに分けられ、次に3つ––––––そして5つに分けられ即位したのが、『王鳳』『仙善』『麗春』『王魏』『蒙白』という5人の皇帝。
力は分かれるたびに弱まるが、同時に成長することとなる。
故に、時代を重ねるごとに永楽帝1人だった頃よりも魔教を除く中国全体の戦力も目に見えて拡大していた。
この頃にはすでにモンゴルからの脅威もかなり薄れていたため、皇帝たちの責務は民を守ることを第一に、力の成長と継承に努めること。決して自ら『魔教』に手を出してはいけない。
「しかし私たちは致命的な勘違いをしていたのだ」
『魔教』は最初の台頭以降、特に目立った動きをするでもなく静観に徹していた。
それが不気味であり、何の理由があってか誰しもが頭を悩ませては結論に至れずにいた。
それもそのはず、その思考自体が間違っていたのだから。
『魔教』に『天魔神教』が存在してからというもの、『天魔』特有の【支配の権能】で内側から気付かぬ間に中国全土が支配されて行ったのだ。
「当然ここ北京にも天魔の支配の手は届いていた。気づいた時にはすでに何もかもが手遅れだったんだ」
紫禁城は落とされ、5人の皇帝は天魔の手により命を奪われた。
同時にそれは力の継承が途絶えることを意味していた。
「あの後天魔がどうなったのかは私にも分からない。教科書には『魔教』の脅威が分かりやすく改竄されたモノが乗っているだけで、何の役にも立ちはしない。ただ、真実を知っている者は少なからず存在しているのもまた事実」
「けど、天魔は誰かに倒されたってことですよね?」
「その通りだ。そして私はその人物が誰なのかを知っている––––––いや、信じているというべきか」
王鳳の視線は終始何もない空間に固定されていたが、その見据える先には思い描く具体的な姿が存在していた。
「だけど、『天魔』の力は現在も存在してるってことは、その永楽帝のように後世に力を継承させたってことですよね?」
「ああ。永楽帝は紫禁城に天帝様のお力を刻むことで継承を実現させたと言い伝えられているが、天魔が一体どのような手段を用いたのかは不明だ」
「・・・・・力・・・『ジョブ』?」
ここでさらっとこぼしたメラの発言が疑問解消の糸口となる。
「そうか・・・エピックルーンか!」
「王鳳様。エピックルーンとは一体なんなのでしょう?」
この場でその存在の具体的な情報を知るのはメラと王鳳だけであるため、他3人は眉を潜める。
「エピックルーンとは、この時代に存在する『ジョブ』を得られるルーン石のことだ。かつて天帝様が授けてくださった恩恵のように、人類は神によって新たな力–––––– 『ジョブ』を得ることができるようになった。しかし、神からの他に、後天的に『ジョブ』を得られるアイテムがエピックルーンなのだ」
その事実はまさしく衝撃を走らせるものだった。
「都市伝説だと思ってたけど、本当に存在していたのね」
予め情報を手にしていたメラでさえこの驚きよう。
「現に私自身もこの娘が手にした『背後霊』のエピックルーンのジョブにより現世に魂ごと存在していられるわけだ」
『背後霊』と言っても、その本質は『憑依』を成すもの。
このジョブは宿主よりも宿った存在に有利に働く性質がある。
宿主の意識がある場合は宿った者の意識も同時に共有され、逆に宿った者の意識が表面に現れている時、宿主の意識は眠らされてしまっている。
2つの存在の意識が出逢える瞬間は、宿主の体が休眠しているときのみなのだ。
故に、互いが互いの存在を意識し、認め合えているわけだが、これがもしも悪霊だった場合を考えるとゾッとしてしまう。
「この者は孤独ゆえに幼き頃から殻に閉じこもり己を卑下してしまう癖があるが、私から見れば歴とした医師なのだ」
「あ〜神威が目覚めた時に言ってた「医者じゃない」ってやつね」
「たとえ『ジョブ』の力だとしても、我らは『神託者』と崇められる存在。もっと自信をつけてやりたいのだがどうしても・・・・・・」
「えっ・・・・・・」
さらっと流された王鳳の発言に最も衝撃を受けたのは流星だった。
それもそうだろう。
流星は一が病と戦っていた頃、目の前の『神託者』に希望を抱いて死に物狂いで頑張ってきたのだ。
3億円など惜しくないほどに。
しかし今更な話でもある。
今は個人的な話を切り出せる雰囲気でもないため、この場は出かかった思いを必死に飲み込む。
「チッ––––––で、エピックルーンと『天魔』が一体なんだってんだよ」
イライラした様子の金凱が横暴な態度で発言する。
「気づかぬのか?」
「はぁ?」
「『天魔』を手にした者もまた、『神託者』と呼ばれる存在である可能性が高いということだ」
「私が知ってる限りの『神託者』も、その全員が2つのジョブを保有してる。つまり、エピックルーンと『神託者』には深い関係があるってことね」
メラは納得するように言葉を並べ、それを聞いていた流星もまた、疑念が確証へと変わっていた。
「俺、その人知ってます」
皆の視線が一気に流星へと向けられる。
「本当か!」
「はい。けど、一般人に危害を加えるような人じゃ・・・・・・」
そう言いかけるも、乱暴な性格を考えると絶対とは言いきれないのが悲しい。
「『神託者』と呼ばれるほどの強さの持ち主だ。もしかしたら、時間とともに『天魔』の意思に打ち勝ったのかも知れない」
「『天魔』の意思ですか?」
「ああ。実は、貴殿たちを無理矢理拘束したのは、単に同じ日本人だからという理由ではないのだ。奴が故宮博物院に姿を現した時、性別と姿が全く異なれど、確かに「天魔」の意思が宿っていたんだ。天魔の力の真髄は、先ほども申した【支配の権能】にある。故に、日本はすでに『天魔』の支配下にあると見ていたわけだ」
しかし天魔の支配どころかレオナの意識はピンピンしているし、ダンジョンの急増でそれどころではない状況。
もしも支配なんかされていたら、それこそ日本は滅亡するだろう。
「しかしそうではなさそうで安心した」
「それならよかったです」
「本当に申し訳なかった。お詫びの記しに貴殿たちを送っていこう」
話も一段落。
特に断る理由はないため、流星とメラ、王鳳の3人は星々の浮かぶ寒空の下、静寂と出口に向けて歩みを進めて行く。
「––––––もうすっかり夜ですね」
「ここから見る夜空の景色は、あの頃と何も変わってはいない。私はいつも、逝ってしまった仲間の分まで、日々ここからの景色を眺めるようにしている」
死後、魂は源へ還る意味を込めて「魂は星へと帰る」などという言葉が存在している。
こうして静寂の中で浸って見上げる星空の景色は、どこか孤独を忘れさせてくれる温かな満ちた気分を味わえる。
「太和殿が一つになっているのは、後の皇帝たちが神の力なくして頑張ってくれた証とでもいうべきだろう」
星だけでなく、この地は生と死の生きる結晶と呼ぶべき場所。
「純粋な疑問なんだけど、中国皇帝はこれまで天帝っていう神の力を授かった人たちがなってきたんだよね? その力がなくなったのにどうやって国を一つにまとめられたの?」
メラの疑問は、最もなモノ。
王鳳ですら、完璧な答えを持っているわけではない。
それほどに国を統一することとは偉大なことなのだ。
「その認識は少し違う。確かに力に幾度と助けられてきたのは事実。しかし、力があったから皇帝になれたのではなく、皇帝になる器があったからこそ、力が継承されてきたのだ。因みに秦の始皇帝「嬴政」は、己の力のみで中国初の統一を成し遂げ、その後も己の力のみで開拓していったとされている」
「初めて来たけれど、中々中国もいい場所ね。人々の思いがその土地に強く刻まれていて、今を生きる人たちもその思いを宝物のように大切にしている姿は、日本だと滅多に見られない光景だから」
当然、中国も日本も全てがそうであるわけではない。
日本でも古き土地を大切にしている運動が見られる場所もあれば、中国でも乱雑に扱われている土地は存在している。
ただ、異なる国で異なる時代に生まれ、何もかもが異なる存在の生き様に感動させられた。
メラだけでなく、流星も同じ。
その感覚を忘れないよう、今だけはこの瞬間が永遠と続くよう願ってしまいたくなるが、流星には辿り着かなくてはならない目的がある。
世界の情勢は刻一刻と変化している。




