66話 中国北京 故宮博物院
レイド祭から2日が経過した現在、依然として未登録ダンジョンは増え続けているものの、どれもが兵魔級以下のモノであるため特に大きな被害は出ていない。
しかし、勢いは日本国内に留まることを知らずにアジア圏を中心に拡大の傾向を見せ始め、このままいけば世界規模での拡大も予想される。
そのため、日本国内では自粛勧告が出されているのだが、流星とメラは中国 北京へと降り立っていた。
車内から見渡せる街並みは東京の都心とそこまで大差はなく、東京では見られないような少し変わった湾曲した巨大ビルなんかが見受けられる。
昔ながらの中国のイメージを強く抱いている人たちは、ソフト化・ハイテク化の進んだ景色に大きな衝撃を受けることだろう。
「お客さんら日本人かい?」
「はい、そうです」
それにしても剣聖システムは日常生活でもかなり役立ってくれる。
今回メラに同行してもらったのは、日本での騒動の中、メラを1人残して行くことが心配だったからというのも理由の1つだけど、言語の壁にぶつかることが分かっていたから、マルチリンガルのメラについて来てもらったって理由もかなり大きい。
だけどそんな俺の不安を一瞬で打ち消すかのように中国へと降り立った瞬間、システムによる自動翻訳が開始された。
これの何がすごいかって––––––耳で聞いた多言語が頭の中ですぐに翻訳される点。つまり、聞いた直後にはタイムラグなしに感覚的に言語の意味を理解できてるってこと。
更にすごいのは、俺自身全く意識してないのに中国語を話せること。
タクシーの運転手とも問題なく会話できてるし、隣に座るメラにも「中国語話せたの!?」っていう驚きの視線を向けられている。
「本当に故宮博物院に行くつもりなのか?」
故宮博物院。
システムによると、かつては「紫禁城」と呼ばれ、明と清の時代に建設された後、約500年間に渡って中国皇室専用の宮殿として使用されていたとのこと。
中には数多くの建造物が存在していて、現在は立入禁止区域もあるとか。
「何か問題でもあるんですか?」
行き先を伝えた時に見せた難しげな表情はやっぱり気のせいなんかじゃなく、『記憶の道標』が示す故宮博物院は訳ありの場所ってわけか。
他国の事情でもメラなら知っていそうなものだけど、どうやら思い当たることはない様子。
「まぁ、そうだな・・・・・」
どうにも、この運転手のおじさんが向けてくる不審者を見るような視線が気に食わない。
それでも表情に出すわけにもいかないし、ここは我慢しよう。
「故宮博物院が紫禁城と呼ばれていた頃、皇帝軍は『魔教』との戦時下にあったんだが、『天魔神教』に皇帝派の人間は皆殺しにされたとかなんとか」
天魔・・・・・それって確か、剣聖の記憶で出てきた名前だ。
銀髪の恐ろしく強い剣王の右腕とかいうあの男。
妙を連れ去った奴らだ。
「その魔教と天魔神教はどういった関係なんですか?」
「シンプルだ。魔教の数ある組織のトップが天魔神教ってわけさ––––––––––––そんでこっからが本題なんだが、滅びたはずの天魔神教の力が十数年前に故宮博物院で確認されたらしいんだよ」
つまり、歴史上最大の敵だった存在が平和となった現代に再び現れたことで、恐怖が芽生えたという話か・・・・・・だけど、そのことが俺たちとどう関係してくるって言うんだ。
「一部ではその存在は『炎の悪魔』と呼ばれてる。俺もどんな見た目だったかまでは知らないんだが、黒と赤の炎に染まったその見た目が、まさに厄災そのものだったとか」
『炎の悪魔』=『禍斗』・・・・・・中国伝承に存在する炎を纏う黒い犬の厄災。
俺はその話を聞いた瞬間、たった1人–––––頭に浮かんだ人物がいた。
鼓動が速まって行くのを感じる。
「––––––––––––その存在ってもしかして・・・・・日本人––––––だったなんてこと––––––––––––」
「到着しました」
その瞬間、俺とメラは運転手のあまりにも冷たい視線と声色に寒気を覚えて息を呑む。
「・・・ありがとうございます」
料金を支払い降車する。
周囲に人はかなりいるものの、特に向けられている視線は今のところはない。
「無知は、可哀想ですからね––––––––––––」
運転手は訳の分からない一言を吐き捨て、そのまま車を発進させた。
「とりあえず行こう」
「ああ・・・だな」
その後俺とメラは、事前に購入していた入場チケットを提示し、難なく一般客として院内へと入場した。
入り口である午門を抜けた先に広がる巨大な広場。
奥には立派に佇む太和門が存在し、その手前、広場の中央付近を『記憶の道標』が指し示していた。
「メラ」
「何?」
「俺が気を失ったら、大変だろうけど人目につかない場所まで運んで欲しい」
周囲はどこもかしこも人・人・人の群れ。
もしもこんな中で無意識に攻撃してしまうようなことになったら・・・・・・
そう考えただけでもゾッとする。
「任せて。私は流星を支えるために中国までついて来たんだから」
五つも離れたか弱い女の子––––––出会い方が違えば、俺はメラのことをそう思っていたと思う。だけど今は、どうしようもなく頼ってしまいたくなる存在で、何がなんでも手放しちゃいけない大切な存在だ。
「相変わらず頼もしいな」
「まぁね」
緊張することなんてない・・・・・いつものように目を瞑って、静かに力を解放すればいい。
頭ではそう理解しているのに、心が底知れない恐怖を抱いてしまっている。
理由は明白––––––富士山で振るったあの一撃が厄災となる怪物を目覚めさせ、そのせいで青の洞窟で多くの仲間を失う結果になった。
直接あいつが手を下したわけじゃない。それでも、俺のせいで命を奪う結果になったのには変わりない。
立ち止まるつもりはなくても、心には恐怖が絡みついてるんだ。
それだけじゃない––––––––––––
最後に『剣聖の記憶』に入った時、天魔によって身の毛もよだつ恐怖を味合わされた。
「チクショー・・・」
俺は声にならないささやかな弱みをこぼす。
だけど次の瞬間、嘘のように体の震えが止まった。
手のひらから伝わる心地の良い温かさ。
「・・・・・メラ」
「私がついてるよ」
俺とメラの視線が重なり、すぐさま逸らす。
「はぁ」
情けない。
メラにまで情けない姿を見せてどうすんだよ。
立ち止まるのは一を失ったあの時と、青の洞窟で愛久を含めた多くの仲間を失ったあの時で十分だ。
俺は––––––一を生き返らせるためにも、みんなを守るためにも、強くなろうと誓っただろ。
「ありがとう。行ってくるよ」
俺はメラの手を離すと、堂々と歩き出す。
次第に視界は歪み始め、俺の意識は彼方向こう側へと飛ばされていく。




