58話 最強 vs 最凶
「久しく血の味を忘れていたな」
レオナは口元に付着した僅かな血を親指で拭き取り、口へと運ぶ。
現在レオナがいる場所は、ダンジョンの最奥端。
視界に映る一面が白銀に染められた氷の景色。
レオナの視界の先に佇むのは、全身がコバルトブルーに染められた16本の足を持つ巨大蜘蛛。全長10メートルはありそうな個体。
「この状況でなければ少しは楽しめただろう––––––––––––」
しかしレオナにかかれば瞬殺。
空間を埋め尽くすほどに激らせた真紅と漆黒の炎により、一瞬にして消し炭となった。
「今は貴様に意識を割いている余裕などない」
消えゆくダンジョンボスには目をくれず、ただ一点––––––––––––ボス部屋の入り口へと鋭い眼光を向ける。
「––––––––––––君たち人間はあの時もそうだったね。甘い言葉で僕たちを騙して、大切な存在を奪っていった」
「言葉を話すモンスターなど初めてだが、まともに意思疎通が取れないようでは他の個体と何ら差異はない。速やかに逝かせてやろう」
「それなりに強いみたいだけど、君じゃ僕には勝てないよ」
レオナは先ほどと同様になりふり構わず今回は真正面から拳を放つ。
「––––––––––––ッ!?」
しかし、拳が相手の胴体に触れた瞬間に全身に激らせていた炎は瞬時に消失。
全身が見えざる手に縛られたかのように身動きが取れず、次の瞬間には相手の姿は遠のき背中に激痛が走っていた。
「––––––何だ・・・? 私の力が消えたこともそうだが、奴の攻撃動作が全く見えなかった」
戦闘狂のレオナだが、今の表情に闘いを楽しむ笑みは少しも含まれてはいない。
それは、全身を刺激する痛みが目の前の存在を危険であると判断してしまっているため。
未知に対する本能から無意識に防御姿勢に入ってしまっている。
「私としたことが、何をくだらないことを––––––––––––」
直後、レオナの全身を蝕む猛攻が振るわれる。
目で捉えることも、抜け出すことも許されない。
しかし、レオナの表情には先ほどまで失われていたはずの笑みが徐々に戻り始めていた。
突如として身にふりかかった予想外の展開にペースを崩されてしまっていたが、強者たる真髄を今一度心に刻む。
幾度となく振るわれた猛攻。
立っているのもやっとなほどに満身創痍。
しかし、レオナの内に存在する炎はこれまでになく昂っていた。
「危うくあいつらに顔向けできなくなるところだったな。どうやら私は難しいことを考えるのを得意としないようだ」
ボロボロになりながらも笑顔を向ける人間に不信感を抱く人型モンスターこと––––––カンバル。
「死ぬのが怖くないの?」
「さて、どうだろうな––––––––––––今はひたすら、私は貴様に感謝している」
カンバルは目の前の人間の言動が理解できず、その狂気の笑みには畏怖すら覚える。
「貴様のような存在がいてくれたこと。私の全てをぶつけさせてくれること、心から嬉しく思うぞ」
そう言うと、レオナの視線はカンバルへと向けられているようでその背後へと向けられる。
「そして奴にも感謝しないとな。貴様との闘いをこれほどまでに楽しめるのは、神威がいてくれたおかげだ」
神威ならば、残してきたハンターたちを無事に導いていけると信じているからこそ、レオナは目の前の脅威に集中できる。
「安心しろ。今この瞬間、貴様の退屈は娯楽へと変わる」
すると、レオナの全身がみるみる変化していく。
真っ赤な長髪は綺麗な金髪に染められ、肌色の皮膚は紅く光沢のある無数の鱗に覆われていく。
背には1メートルほどの両翼、お尻からはトカゲのような尾が生える。
この姿こそが『竜人』の真髄。
「退屈させてくれるなよ!」




