57話 洞窟の悪魔
青の洞窟に近づくにつれてレオナさんの表情が険しくなっていく。
「下へ降りるぞ」
洞窟の周囲は一面透き通る美しい海に囲われている。
俺たちは予め手配していたいくつかの小型船に分かれて乗船し、入り口付近へと移動。
レオナさんの表情は完全に何かを警戒するモノとなっていた。
確かにダンジョン内から伝わってくる魔力は凄まじく濃い。
上魔級まではいかないまでも、兵魔級はありそうな気配。
それはあくまでも表面上感じ取れる気配のため、正確とは言えない。
だけど、レオナさんは俺には感じ取れない何か危険な臭いを感じ取っている様子。
「この先に何があるんですか?」
俺は改めて気を引き締めつつ問う。
「引け––––––––––––」
小さく発せられたその言葉は、俺の聞き間違いだろうか?
「えっ––––––––––––」
「今すぐに皆を連れてこの場から離れろ」
初めて見せるレオナさんの焦りの混じった表情。
この人ならどんな場面に遭遇しようとも圧倒的な存在感と実力で全てを捩じ伏せることができると安心していた。だけど、今はその安心感が揺らぎつつある。
「––––––––––––どうしてそんなに殺気を向けてくるの?」
「「––––––––––––ッ!?」」
瞬間移動とか、そんなレベルの話じゃない。
余所見をしていたわけでもない。
間違いなく俺は、前に立つレオナさんの姿をしっかりと捉えていた。
それなのに、気がついた時にはソイツは俺の目の前に立っていた。
漆黒と純白が全身で層を成す––––––––––––強いて例を出すならば、『しまうま』のような模様を宿した人型の存在。
こいつは確か・・・・・
「あの時の––––––––––––」
『富士山:溶岩地帯』で会った得体の知れない謎の存在。
どうしてこいつがこんなところに––––––––––––いや、こいつなのか?
こいつがこのダンジョンと何か関係があるって言うのか?
レオナさんの鋭い視線がそれを物語っている。
「おい––––––––––––」
「・・・・・・」
「貴様は何者だ? なぜダンジョンの中にいた?」
「ダンジョン・・・・・?」
レオナさんの問いかけに首を傾げる縞模様の存在。
次の瞬間、レオナさんの殺気とぶつかり合うように目の前のソイツから溢れ出す敵意を俺は感じ取る。
「あのさ、また僕たちから大切なものを奪うつもりなの?」
「何だと?」
「せっかく過去は水に流そうとしてたのに、一体僕たちに何の恨みがあるっていうのさ」
徐々に湧き上がる憎悪の念。
俺は、いや、レオナさん以外の全ての人間は、今この場では誰一人動くことができないでいた。
「何を言っているのかさっぱりだが、得体の知れない貴様をこのまま野放しにしておくつもりはない。やましいことがないのならば、大人しく私の言うことを聞いてもらおう」
「殺されるのは一回で十分さ。これ以上僕に殺意を向けるなら殺すよ?」
その一言に、多少強張っていたレオナさんの顔に狂気の笑みが浮かぶ。
危険を察し、俺は後方の船へと避難。
「ほぉ。やれるものならやってみろ!!––––––––––––ッ!?」
レオナさんは一瞬にして相手の背後を取ると、灼熱の炎を宿した拳を繰り出す。衝撃で勢いよくダンジョンの入り口は吹き飛ばされ、水面を、周囲の大気を大きく振動させる。
背後にいるハンターたちを考慮して手加減されたモノだったが、威力は今の俺が白魔気を纏った状態でも受け止め切れないほど。
「これは想定外だ・・・・・」
狂気というより、歓喜に震えた声でレオナさんは言葉を漏らす。
視界が晴れ、微動だにぜず海面に佇む敵の姿。
レオナさんは空中に浮いたままの状態で腕をがっしり掴まれると、弾丸の如く速さでダンジョン内へと放り投げられてしまった。
その単純な動作が爆発的な衝撃を生み、ダンジョンを形作る崖が瓦解。
背後にいた俺を含めた約700人ものハンターが一斉に海へと放り出される。
「クッ」
なんて威力だよ・・・・・
ダメだ、今の俺じゃコイツには絶対に勝てない。
死の恐怖が襲う。
だけどソイツは、俺たちに見向きもせずにレオナさんの後を追いかけて行った。
「「「「「うわぁぁぁぁぁ!!」」」」」
ほっとしたのも束の間––––––––––––
背後から大勢の叫び声がして振り返ると、視界を埋めるほどの巨大な魚類モンスターが出現し、ハンターたちを次々と喰らっていく光景が広がっていた。
血に染まる大海。
水中で思うように足掻くことができないハンターたちは、無惨に喰われていく。
「クソッ!」
俺は焦る気持ちを必死に抑え、聖剣を取り出して白魔気を纏わせる。
今の俺の一撃一撃は、モンスターを切り裂くたびに海をも切り裂く。
まだ生きてるハンターたちを何が何でも守りぬくんだ!
次々とモンスターを切り伏せていく中、俺の名を呼ぶこごもった声が届く。
「かぶぃ––––––––––––」
気が付けたのは、俺が愛久を探していたからだろう。
だけど、目前の愛久は今にも溺れかけ、背後にはモンスターが迫っている。
「愛久!」
俺は力いっぱい愛久の名を叫ぶ。
絶対に愛久は殺させなない!
俺は忘れていた––––––––––––絶望は連鎖するものだということを。
突如ダンジョン内から鳴り響く爆発音。
直後、衝撃により吹き飛んできた横からの瓦礫の雨に俺の体は翻弄される。
空中で足場を固定する手段を有していないため、愛久がモンスターに喰われる様を無力さに打ちひしがれながら見届けることしかできなかった。




