47話 未練との別れ
黒い霧に遮られていた視界が徐々に徐々にと命の周囲だけ晴れていく。
一人、また一人と現れる黒い影。
「・・・・・包たちなのか?」
恐る恐る問いかける。
命の問いかけに答えるように黒い影が鮮明な人型となっていき、1本の腕が命の顔へと伸ばされる。
まるで「怖がらないで」と語りかけているかのように。
だんだんと命の体の震えは収まっていき、涙が溢れ出す。
「どうしようもなく怖かったのだ。妾が・・・・・生前も、今も、其方らを苦しめてしまっているのではないかと。来る日も来る日も決して薄れることのない絶望と悲しみが––––––––––––」
「––––––––––––私らは、無念に命を奪われた憎悪と、妙様への後腐れを抱いた怨霊に過ぎません。長い時を生きる妙様の記憶の一部に過ぎませんよ」
優しく、命の体へと黒い影がまとわりつく。
伝わってくるのは「悲しみ」。
「其方たちとの別れから400年あまりの時が経ち、妾はその間も途絶えることのない輪廻を繰り返してきた––––––––––––今回でもう30回目になる・・・・・その間、其方たちのことを忘れたことなど一度もない。これまでの人生の全ての出会いと別れは、確と心と意思に刻み込まれている」
命の言葉とともに徐々に鮮明になっていく影の正体––––––––––––「モソ族」。
この地で失い––––––眠る全ての家族に囲まれている。
怨念の霧が周囲を覆い隠しながらも、今この場だけは人と人との心が交差して、喜び・悲しみ・愛が生まれていた。
「其方たちと巡り会う以前の世の中は、死と常に隣り合わせの生活が当たり前だったのだ。けれど、輪廻を重ねるごとに平和な世が形作られていき、今度こそはと平凡で平穏な日々を願っていた」
そんな23回目の人生は、こともあろうか剣王に目をつけられた挙句、遠征先の地で仲間を全て失ってしまった。
「妾は今、あの頃夢見ていた平凡で平穏な生活を送っている––––––––––––けれど、心はこれまでになく絶望と孤独に染められてしまっているのだ」
命は、流星の前では明るく気丈に振る舞っていたが、生きる希望を無くした屍のような存在だった。
「今はどんなに弱い姿をしていても構いません。けれど、いつかは私らを過去にして、新しい人たちと幸せな未来を生きて欲しい––––––––––––それが私ら全員の願いなんですわ」
あの頃を彷彿とさせる幸せな笑顔に包まれる。
「それに、もう未来を見つけたのではないですか?」
「何を言っておるのだ」
「ずっと、いや・・・・・偶然に出会ったあの男が今世も妙様を支えてくれるのか」
「包。妾にも分かるように説明してくれ」
命は、包が一体何のことを言っているのかさっぱり分からない。
今世もとは一体どういうことなのか・・・・・
「まったく・・・・・男はどいつもこいつも気に入らないと思ってたんだけどねぇ。おかげで、安心して離れられるよ」
「待て、行くな・・・・・」
「ともに生きられて、妙様にお仕えできて幸せでしたよ––––––––––––」
その瞬間、一気に黒い霧が命の周囲を囲い、モソ族の皆の姿が消失した。
「其方たちと過ごした日々は決して忘れることはない」
命は下唇を噛み締めながら、無理やりに笑顔を作る。
せめて、気持ちよく大好きだった家族を送り出してあげようと。
その時ふと、自身が妙の時代以来見せることのなかった笑顔を浮かべていたことに気が付く。
八尺 流星。
妙以降の輪廻で様々な人物へと生まれ変わった後、何度か山を降りて人と話す機会はあった。しかし、不意に笑みが溢れた瞬間などなかった。
今も、無理矢理に笑顔を作っている。
「あの男は一体・・・・・」
流星のことを考えると、なぜか悲しみが薄れていくのだった。




