2話 一
「はっ」
ここはどこ?・・・・・白い天井に、ふかふかなベッド。
見覚えのある景色。
「病院? どうして・・・・・これは夢?」
モンスターたちに身体中を噛みちぎられ命を落としたはずじゃ・・・・・
失ったはずの手足は綺麗に揃っていて、傷一つ見当たらない。
「いや、現実なのか?」
近くにあったリモコンを手に取り、足元に置かれたテレビをつける。
『––––––3日前に起きた、千葉県南房総市にある愛宕山付近の未登録ダンジョン災害。死傷者は、A級ハンター3名、B級ハンター8名、C級ハンター16名、荷物持ちとして同行していた5名の計32名。内31名の死亡を確認。1名は、未だ意識不明の重体とのことです。引き続き災害の原因を調査中とのことですが、過去に例を見ないことのため、調査は難航を極めています』
テレビに映されたのは、ダンジョンの原型など跡形もなく崩れ去った姿だった。
「あの中から生き残ったのか? 俺が?」
いや、確かにあの時はあれほどの絶望の中で、本気で生きてやると思った。
けど、何の力もない俺が生きていられるわけがない。
助けてくれた人がいたのか・・・・・?
病院で目が覚めたこともそうだし、そう考えればしっくりくる。
「––––––良かった。どうやら無事に目が覚めたみたいですね」
そう言って病室に入ってきたのは、真っ白な丈の長いコートを羽織った銀髪の男性。
見たところ年は30近く。目は鋭く、背も高いため、それなりの威圧感があるな。
そして続くように、白衣を身につけた医師が姿を見せた。
「先生」
彼のことは知っている。
なぜなら、彼は弟の一の主治医だから。
つまりここは、一が入院している病院ということになる。
「先生––––––––––––」
「聞きたいことがあります」
銀髪の男性は、俺の言葉を遮るように言葉を被せてきた。
「まずは、こちらに集中してもらいたい」
そう言うと、勝手にテレビのリモコンを取り上げられ、電源を落とされた。
「なん、ですか?」
「ニュースを見られていたなら、大体の状況は掴めていると思います。あの日、千葉の未登録ダンジョンで起きたことを覚えている限りでいいのでお話ししていただきたいのです」
「・・・・・分かりました」
俺は、ダンジョンでのことを覚えている限り話した。
「なるほど。大方、モンスターたちがボスにビビってスタンピードを起こしたのでしょう。しかし、それはたまに起きること。問題なのは、仮にもB級のダンジョンが、少なくとも兵魔以上、上魔級であったこと。そんなダンジョンが跡形もなく崩壊したことです。私自身、後者に関しては、崩壊に巻き込まれて尚生き残った貴方と、何か関係があるんじゃないかと睨んでいます」
そう言った途端、俺へと向ける視線が更に鋭さを増し、俺は喉を鳴らす。
「・・・・・やはり魔力を感じない––––––––––––」
男性はボソッと一人でに呟き、首を左右に振る。
「お手数おかけしました。申し遅れましたが、私はこのような者です」
俺は、男性のコートの背に記されていた【塔】の紋章を目にし、彼が誰だか理解する。
「魔塔連––––––––––––」
「はい。魔塔連の副魔塔主「柳田 アモン」と申します。それでは––––––––––––」
魔塔連・・・日本のハンターが所属している『ギルド』と呼ばれる組織と、ダンジョンの管理を主に担っている。具体的な役割としては、ハンターたちの等級審査・各ギルドの所属ハンター情報の管理・ギルドの運営監査・ダンジョン情報の取り扱いに、不正や不測の事態における即時対応など。
言うなれば、昔の「幕府」、一昔前は中枢であった「政府」のような立ち位置と似ている。また魔塔連は、世界に12しか存在しない『バベルの塔』をモデルに誕生した組織であるため、日本独自の名称。
そのため他国では、大まかなシステムに差異はないが、異なる名称がそれぞれ付けられている。
柳田さんは先生へと一礼し、病室を後にする。
俺はしばらくの間、入り口の方へと視線を向けつつ、驚きの表情に思考が停止させられていた。
「––––––––––––ゴホンッ、八尺くん。私について来てもらえるかな」
「えっ・・・・・はい」
徐々に思考が正常に働き始めて間もなく、先生のいつもとは違う暗い表情にどこか戸惑いつつも、俺はベッドから降り、先生の後についていく。
「あの、先生。一はどうですか? 大丈夫そうですか? 一度、様子を見ておきたいんですけど・・・・・」
先生は俺の質問に答えることも、振り返ることも、立ち止まることもなく、ゆっくりとした足取りで俺の前を歩いていく。
俺の中に、底知れない不安が芽生え始めていた。
それから一切の会話はなく、徐々に人気も無くなっていき、見たことのない場所へと辿り着いた。
とある部屋の扉の前。
ネームプレートには、『霊安室』と書かれている。
俺は無意識に鼓動が高まっていくのを感じていた。
徐々に視界も悪くなり、呼吸もできているのか不安なくらい荒くなっている気がする。
扉を開ける直前、先生と一度だけ視線が重なるが、すぐに逸らされてしまう。
「力になってあげられず、本当に申し訳ない–––––」
「––––––––––––えっ––––––––––––」
おぼつかない足取りで、前へ前へと進む。
震える手で、布をめくった。
「先生––––––––––––しばらく、2人だけにしてもらえませんか?」
「ああ、もちろんだ」
先生の足音が遠ざかって行くに連れ、涙が込み上げてきた。
ただただ開かれ、光が失われた瞳から溢れる涙。
悲しみも、怒りも、全てが絶望に包まれ、俺は無表情のまま、涙を流し続ける。
「・・・・・一」




