25話 L(エル)
翌日。
東京都渋谷区 ギルド『ヘパイストス』社長室。
A級ハンター「シャルマン・クレイン」は、真剣な面持ちで社長椅子に腰掛ける夜神 水へと視線を向けている。
「炎帝。一つお願いがあります」
「帰ってきて早々ですね。まずは、その炎帝呼びをどうにかしてくれませんか?」
「それなら、社長、あるいは代表とお呼びした方がよろしいですか?」
シャルマンの返答に対し、夜神は若干の笑みを浮かべる。
「普通にギルド長でいいでしょう。全く貴方という人は––––––––––––いや、呼び方は貴方だけではないですね。それと、僕と2人の時は肩の力を抜いて結構ですよ」
「なら、お言葉に甘えて」
実はシャルマンと夜神はギルドの創設メンバーであり、昔からの仲なのである。
その上2人は『ジョブ』の相性もよく、友達の域を超えた親友と言える。
「それで、お願いとは?」
「実は、スカウトしてほしい新人がいるんだ」
「ほぉ、それは興味深い話ですね。貴方が特定の誰かに興味を持つなんて、僕以来じゃないですか?」
シャルマンは慣れた様子で夜神の一言を聞き流す。
「国会議事堂のニュースは見ただろ」
「ええ。遠征中に見ました」
A級認定されていたダンジョンが兵魔級へと進化したことが大きな話題を呼んでいた。
「あのダンジョンを攻略したやつなんだよ、俺がスカウトして欲しいのは」
すると、夜神は難しげな表情を浮かべる。
「実は、僕も国会議事堂の件が気になって調べてみたんですが、少なくともあの日あのダンジョンに参加していたA級ハンターの中では、貴方ほどの実力の持ち主はいませんでした」
「まだ調べていないB級ハンターの中に不正登録した者がいるのでは」と、夜神は呟いているが、シャルマンは自分の目で確かに見たのだ。
言葉を交わし、自分が認めた男がダンジョンボスどころかダンジョンごと一刀両断する様を。
「ジョブまでは分からないが、剣を使う「アレン」という容姿が整ったハンターが参加していたはずなんだ」
「本当にその人物はA級だったんですか?」
「A級––––––––––––いいや、あの一撃は、間違いなくS級に届き得るモノだった」
「それほどですか・・・・・・」
夜神は実際に見たわけではないため、ネットの記事の真偽を個人では確かめようもない。しかし、自分が信用しているシャルマンの必死の表情を見ていたら、一度湧いた疑念が再び燃え上がってきた。
「もう一度調べてみましょうか」
それからしばらくの間、夜神とシャルマンはパソコンと向き合う。
S級ハンターに与えられた権限を行使し、魔塔連が管理しているダンジョン記録をもう一度よく調べてみるも、「アレン」という人物の記録はどのサーバーの記録からも見当たらない。
「似ていますね」
「何がだ?」
「1年ほど前まで流行っていた犯罪の手口にですよ」
『天才ハッカー』と呼ばれる存在が、様々なハンターたちの身分と姿を偽らせ、犯罪行為を繰り返させていた、警察も魔塔連も手を焼いていた事件。
「ですが不可解ですね。確かに身分を偽ってハンター活動するのは犯罪ですが、それだけです。他に目立った事件が起きたという話もありません」
「例え身分を偽っていたんだとしても、あいつの実力は本物だ。俺が保証する」
「はぁ、魔塔連はいずれ気が付くでしょうし、本当に天才ハッカーと呼ばれた人物が関与しているのだとしたら、探す手段がありません––––––––––––ちょっと待ってください・・・・・・ハハッ、してやられましたよ」
夜神が驚愕の事実に身を震わせた瞬間、部屋の扉が数回ノックされる。
「––––––––––––はい」
「東条 香です。少しお話ししたいことがあります」
「入ってください」
夜神は、崩れていた姿勢を整えて香を迎え入れる。
「クレインさんもいらしていたんですか」
「はい。少しお願いしたいことがあって」
年齢的にはシャルマンの方が香よりも上だが、シャルマンはA級、一方、香はS級であり、副ギルド長。副社長の立場であるため、夜神と仲のいいシャルマンと言えど、香には敬語を使わなくてはならない。
「丁度いい時に来ましたね」
「はい?」
「先日、『富士山』ダンジョンが真っ二つに割られたことは、貴方にとっても衝撃的だったことでしょう」
「はい。実はその件で気になることがあり、本日は夜神さんの元を訪ねさせていただきました」
「ほぉ、気になること? 聞きましょうか」
「ダンジョン攻略後にハンターたちの生存確認を行なった際、たった一人のハンターの姿が消えていたのです。その後もできる限り探してはみたのですが、死体すらなく、まるで最初からその場に存在していなかったかのような・・・・・」
夜神とシャルマンは、ほぼ同時に互いの顔を見合う。
「なるほど、あの時貴方の姿が見えなかったのはそういうことでしたか。一言くらい声をかけて欲しかったですね」
「申し訳ありません。状況が状況で、自分でも信じられないほどに焦っていました」
「珍しい、と言いたいところですが、あの状況では無理もないでしょう。ところで、その消えていた人物のことを詳しく聞かせていただけますか」
「はい。攻略に参加していたハンターによると、名前は「境 真琴」。ジョブは『格闘家』と言っていたそうです」
夜神は、真剣な表情で自身の記憶を猛スピードで探っていく。
「境 真琴・・・・・A級ハンターであるにも関わらず、聞いたことのない名前ですね」
その後、魔塔連のサーバーにアクセスして探ってみるも、やはり各当者なし。
「続けてください」
「うちのギルド員が体調不良を起こしてしまったため、相談の結果、彼に任せることにしたんです」
「つまり、その後は合流することができず、それっきり彼の姿は見ていないと?」
「はい。その通りです」
「東条さん。実は、今回と似たような件が『国会議事堂』でも起こっているんですよ」
夜神は、香へとシャルマンと話し合った内容を事細かく正確に伝えた。
次第に香の表情は曇っていき、最終的には不機嫌に近い表情を浮かべていた。
「正義感の強い貴方からすれば、例え迷惑を被っていなくとも許せた話ではないでしょう」
香はグッと拳を握りしめる。
「––––––––––––世の中には、ハンターになりなくても、どんなに力を手にしたくてもできない人がいます。力を持っているのに、それをあえて犯罪に使用することなんて絶対に許せません!」
香は、境 真琴と話して知っている。彼が、ゴードンとの腕相撲で手を抜いていたことを。
境 真琴と偽った者の実力は、少なくとも怪力を有するA級ハンターの腕力を軽々とねじ伏せるほどのもの。
もしも本当に不正に手を染めハンターの身分を偽っていたのだとしたら、見方は全て変わる。
「そのような行為は、私の愛する存在を侮辱しているに等しい行為ですから。失礼します––––––––––––」
感情的になった香は、社長室の扉を「バンッ」と音を立てて閉めていった。
「女性は怒るとモンスターよりも怖いな」
「フッ、それほど思われている男性が羨ましい限りですね」
夜神は、爽やかに嫉妬の笑みを浮かべる。
「シャルマンさん。スカウトの件、こちらでも動いてみますが、そちらでもお願いできますか」
「それじゃあ!」
「はい。その人物を仮に「リーサル・ウェポン」––––––––––––『L』と呼称しましょう。全てが謎に包まれた危険人物ですが、兵魔級ダンジョンと日本最大級の山をたった一太刀で鎮める素晴らしさ。彼女には申し訳ありませんが、虜になってしまいそうですねぇ」




