22話 兵魔級ダンジョン『富士山』(5)
夜神が下層のボスモンスターと対峙している頃。
上層を任されている副ギルド長こと東条 香たちは、転移陣を経てボスモンスターの目前へとやってきていた。
10メートル以上はありそうな巨大な門がハンターたちの前へと聳え立ち、多くの者が緊張で喉を鳴らす。
「私がついている限り、誰一人として死なせません」
香のたった一言で、影が差していた皆の表情に希望の光が灯る。
「ですがこの先、どんなモンスターが待ち受けてるのかは、私にも分かりません」
これまで辿って来たルートは、『ヘパイストス』のギルド長である夜神が事前に調べていたモノ。
初回時は、ボスモンスターが2体以上存在する事実を知り撤退したため、門に閉ざされている部屋の様子を知る者はいない。
「なので、危険を感じたらすぐに部屋の外へと退避してください」
振り返った香の瞳に映ったのは、覚悟の決まったハンターたちの眼差し。
その様子に若干の安心感を覚えつつ、一人のハンターの姿が見えないことに気が付く。
「結局、戻っては来ないですか」
途中で体調不良者を連れて班から離脱したA級ハンターの存在がずっと気になっていた。
言葉を交わしていると、根拠のない懐かしさを覚える感覚。
しかし、彼の姿はここにはない。他者の調子を理由に攻略自体から離脱してしまったのか、それともまだ追いついていないだけなのかは、本人にしか分からない。
「名前だけでも聞いておけばよかった––––––––––––」
ボソッとこぼれた本音に多少の驚きを感じつつ、今は目の前のことだけに意識を切り変える。
「行きましょう」
香は、腰に携えている剣を本日初めて抜刀する。
その剣のデザインは特徴的で、刀身の側面に用途不明の小さな穴が縦に3つほど開けられている。
香の抜刀を合図に、そこら中から響く武器を手に取る金属音。
「「「せーのっ」」」
体格の大きな男性たちが力を込めて巨大な門を徐々に開いていく。
「貴方方はここにいてください」
「了解です」
万が一、このボス部屋が内部の者を閉じ込める仕掛けとなっていた場合のため、門を押さえておく人が必要。
一歩部屋の中へと足を踏み入れた瞬間、青・紫・オレンジ・黄色の炎が順々に部屋の側面へと灯される。
そうして明らかとなる中央で安らかに眠っているボスの姿。
「あれは・・・・・ユニコーンでしょうか」
「確かに似てますが、両足の形がおかしくありません?」
「そうですね・・・・・」
白い毛並みに、額には光輝く金色の鋭い角を有している。パッと見、ユニコーンのような姿をしているが、よく見ると、両足の爪はワシのような婉曲の形をしており、背中に生える翼の表面には薄らと透明な膜のようなモノが存在している。
「グルルルゥ」
小さな鼻息を立て、ゆっくりと瞼の先にある銀色の瞳で目の前の人間の姿を観察している。
爪を地面へと突き立てて立ち上がった大きさは、通常の馬と同程度のサイズ。
しかし、感じられる圧迫感が、香ですらこれまで経験したことのないほど。
無意識に剣を握る手のひらに力が込められる。
更に翼を広げた姿は凄まじく、白い翼を中心に上下大きく開かれた透明な翼が部屋の光を透過させ、虹色の様子を醸し出す。
「副ギルド長大丈夫ですか?」
「はい––––––と言いたいところですが、少々荷が重そうです」
初めて見るボスモンスターを前に香が抱いた感情は––––––––––––恐怖。
これまで夜神に同行してもらい、何度か兵魔級ダンジョンに挑んできたが、今回のダンジョンボスは、そのどれよりも鋭い魔力を持ち、静かな恐怖心を植え付けてくる。
しかしここで動揺した姿を少しでも見せてしまえば、ハンターたちの心は簡単に折れてしまう。
恐れる心を胸の奥底に閉じ込め、優美な視線を目の前の脅威へと向けた瞬間––––––––––––
「えっ––––––––––––」
天から落ちてきた煌めく直線が、ボスモンスターを一刀両断に切り裂いた。
「何!?––––––––––––ッ!?」
斬撃はそのまま下層へと直進していき、次第にダンジョンは巨大な振動とともに真っ二つに割れ始める。
「信じられない・・・・・一体誰が––––––––––––」
次第に揺れは収まり、香は唖然とした状態で日が差す天井の割れ目に視線を向ける。
「炎帝では、ないですよね・・・・・」
「はい。それはありません。あの人の『ジョブ』では、こんなマネできませんから。いいえ、私ですらこれほどまで並外れた芸当はできません」
炎帝が一撃で崩壊させた『大坂城天守閣』ダンジョンは、同じ兵魔級と言えど、今回とは明らかに規模が違った。
同等級のダンジョンだとしても、全ての難易度が同じという訳ではない。
今回のように、S級一人ではクリアできない難易度であったとしても、上魔級の条件を限りなく満たしていない場合は、兵魔級であると見做されてしまう。
「日本で最も大きいとされる山を割るなんて芸当をできるのは・・・・・私の知る限り、あの方達だけです」
それが一体誰を指す言葉なのか、この場にいる全員が理解していた。
「一先ず脱出しましょう。私は核を探して来ますので、皆さんは先にダンジョンの外に出ていてください」
「副ギルド長・・・・・気をつけてくださいね」
「ありがとうございます」
香は、脱出するハンターたちに数体の妖精を同行させ、一人上層を目指す。
「慎重に行くべきですね」
まだ斬撃を放った何者かがいてくれている保証はないが、慎重かつ素早く断面の足場を使って登っていく。
すると、頂上にかなり近くなって来たところで、一際異彩を放つ錆びれた一室に辿り着いた。
「富士山にこんな場所が––––––––––––ッ!?」
ふと空を見上げて絶句する。
「嘘、でしょ––––––––––––」
天にあったのは、綺麗にバッサリ切り裂かれた分厚い雲の景色。
切り裂かれた隙間から太陽の光が差しているが、徐々にその切れ目は塞がれつつある。
天にすら剣戟を届かせるほどの実力者。
しかし、剣を扱う『神託者』は、日本にはいない。
香が全身に鳥肌を立たせていた頃、ハンターたち全員の脱出の知らせが妖精を通して知らされる。
「一先ず合流した方が良さそうですね」
その後、香がダンジョン核を破壊したことで富士山からは魔力が全て消失した。




