19話 兵魔級ダンジョン『富士山』(2)——————「覚醒」
今回の『富士山』に参加するハンターは100人ほど。
前回の『国会議事堂』よりも合計人数は少ないものの、その大半がA級ハンターとなっている。内2人はS級ハンター。
『富士山』は規模が大きいため、五合目を起点として2つの班に分かれることに。
上方向の班のリーダは、『ヘパイストス』の副ギルド長が務め、マグマだまりのある下方向には、『炎帝』の名を持つ夜神 水の班が向かうことに。
こうして俺たちは、複雑に入り組んだ360°岩に囲まれた山の内部を進み続けている。
「それにしても本当にすげぇな、女王様は。まだ若いのに俺たちが手を出す隙もないときた」
副ギルド長は、湧いて出るモンスターをことごとく妖精の力で殲滅している。俺たちA級ハンターの出る幕がない。
妖精と言われても俺たちにはその姿は見えないけど、その異常さは十分に感じられる。
あまりジョブについては詳しくはないけど、四大元素と呼ばれる地・水・火・風の力を複数操るジョブはいくつか見たことはある。それでも、2つが限界だと思ってた。
まさに今目の前で行われた芸当は、四大元素を最も容易く華麗に操り、兵魔級ダンジョンのモンスターたちが赤子の如く散っていく様。
まだまだ本気を出していない所を見ると、更に多くの属性を扱えても不思議じゃない。
「さて、どうしようかな・・・・・」
ダンジョンに入ってから、『記憶の道標』が示しているのは頭上。つまり、これから俺たちが向かおうとしている場所。けど、正確な位置までは分からない。それに、『剣聖の記憶』に入っている間は、俺自身が現実世界でどうなっているかも分からないし、念の為一人で行動した方がいいと思う。
いくら高速で抜け出しても、周りを囲まれているこの状況だと、確実にいなくなったことがバレる。特に、隣にいるゴードンさんには。さっきからやたらと話しかけてくるし、間違いなく気付かれるな。
「ごめんなさいっ」
俺は小声で謝りを入れ、瞬時にゴードンさんの首元へと手刀を入れる。
「ウッ––––––––––––」
「ゴードンさん? 大丈夫ですか? もしかしてどっか具合が––––––––––––」
突然意識を失ったゴードンさんへと、周囲は驚きと不審な視線を向けるが、俺は原因が体調不良であると大きな声で発信する。
すると案の定列の歩みが止まり、先頭にいた副ギルド長が姿を見せる。
「どうしたんですか?」
「それが、急に意識を失って倒れたんです。多分、貧血だと思います。なので、この人と一緒に一回ダンジョンを出ようかと––––––––––––」
「皆さん、一回休憩しましょう。もしかしたら彼も、休憩すれば動けるようになるかもしれませんし」
まさかの即決に俺は言葉を失う。
本来なら、ゴードンさんをスタート地点へと送り届けた後、一人で別行動をしようと思ってたはずが、予想しなかった優しさに、浅はかな計画は無惨に散っていった。
仕方がないため、ゴードンさんを横に寝かせて、その隣に腰を下ろす。
「はぁ」
「ねぇ、貴方––––––––––––」
唐突に近くで聞こえた誰かを呼ぶ声に、俺は咄嗟に反応を見せる。
すぐ近くに、副ギルド長が腰を下ろしていた。
「はい」
「実力を隠してますよね?」
意味深な言葉に、俺の心臓が跳ねたような感覚に陥る。
「いや・・・・・どうしてそう思ったんですか?」
「さっきの腕相撲・・・・・」
「えっ、見てたんですか?」
「ええ。貴方が初めて見る顔だったのでつい気になったんです。私にはどうしても、貴方の方が弱いとは思えないんです」
流石はS級ハンターだ。
表面上に感じられる魔力だけじゃない何かを感じ取ったってことか。
「感じる魔力だけじゃありません。あの時、私の目には、貴方がわざと力を抜いて負けたように見えたんですけど、間違ってますか?」
彼女の発言を否定するのは簡単だけど、周囲からの嫉妬の視線があまりにも痛い。
下手に否定して余計に詰められても面倒だ。
「よく分かりましたね」
「やっぱり。どうしてそんな真似を?」
「・・・・・なるべく、目立ちたくなかったので・・・・・」
そう言い、俺は周囲に一度視線を向ける。
副ギルド長も俺の視線を追って周囲に視線を向けると、慌てた様子で軽く頭を下げてきた。
「すみません、気が利かなくて」
「いえ、お話できてよかったです」
久しぶりに話せてよかったよ。
あの頃とは違うけど、少しだけ昔に戻ったような気がした。
「それじゃあ、目を覚さないようなので、ゴードンさんをダンジョンの外に連れて行こうと思います」
「そうですね。それなら、念の為に私の妖精を一体連れて行ってください」
「そこまでしてもらわなくても大丈夫ですよ」
「私のジョブは、『妖精使い(フェアリアル)』という妖精を自由自在に操れるものです。きっと役に立つはずなので」
以前も、こんな君の優しさを俺は嫉妬の感情で無碍にしてしまった。
そして今回も、自分のためだけに差し伸べられた君の優しさを拒むことになる。
「お気持ちだけで本当に大丈夫です。当分はモンスターも復活はしないでしょうし、すぐに皆さんと合流します」
副ギルド長は悩んだ末、俺の要望を受け入れてくれた。
「分かりました。必ず無事に合流してください」
「はい」
そうして、俺はゴードンさんを抱えダンジョンの元来た道を戻り始める。
死んだモンスターは、本来ダンジョン内の魔力に還元される仕組みがあるが、まだ死んでからそれほど時間が経っていないため、そこら中にモンスターの死骸が転がっている。
今回は採掘班がいないため、モンスターから得られる素材などは、ハンター各自で採取・管理することになっている。
「こうしてみると随分と慣れたな」
荷物持ちをしていた頃は、毎日のように鼻を刺す獣臭と血の匂いに吐き気を催していた。
それが今では臭いとすら思わない。
しばらくして、再び五合目の休憩所へと辿り着き、ゴードンさんを施設の人に預けると、ダンジョンへとすぐに戻る。
「道のりに沿って行くと鉢合わせる可能性があるな」
多少強引にでも道を切り開くか。
上の層がどうなっているのかは全く分からない。ただ、真っ赤な道標のみが真っ直ぐ上に伸びていることだけはなぜか分かってしまう。
俺は隠し持っていたペティナイフを取り出し、直径1メートルほどに天井を切り裂いていく。
道中視界に映るモンスターをことごとく無視してただひたすらに登る。
数百の天井は切り裂いただろう頃、『記憶の道標』が発する赤い光がより濃いものとなっていく。
「この階か・・・・・」
さっきまで頭上を示していた道標は、突然前方を示す。
薄暗く、周囲の状況さえまともに掴めない。
ただ、ここは驚くほど静寂に包み込まれ、冷たい風が突き抜ける。
加えて、モンスターの気配が全くしてこない。
「あれは?」
前方に薄らと、扉のようなモノが見えてきた。
「なんだこれ・・・・・どうして山の中にこんなモノがあるんだ?」
錆びれたドアノブに手をかけ軽く力を加えた瞬間、「バタンッ」と大きな音を立てて扉が倒れる。
視界に映るのは、目の前で途切れた道標。
つまり、この部屋は「剣聖」と何かしら縁のある場所だということ。
俺は息を呑み込み喉を鳴らすと、ゆっくりと部屋の中に足を踏み入れる。
直後、視界が360°回転し、耳元には「キンッキンッ」という金属音が響く。




