18話 兵魔級ダンジョン『富士山』(1)
兵魔級ダンジョン『富士山』五合目。
早朝。
霧が薄らと視界を遮り、冷たい空気が眠気漂う空気感を徐々に溶かしていく。
休憩所などが存在しているこの場所では、ちらほらと集まり始めたハンターたちが、緊張する素振りもなく会話に花を咲かせている。
俺は、そんな周囲の様子を眺めながら、無料提供されているお味噌汁を紙コップによそり、近くの空いている席に腰を下ろす。
「はぁ〜」
温かい味噌汁が体の芯まで温めてくれる。
「兄ちゃん、装備は何も持たなくていいのか?」
「大丈夫です。俺のジョブ『格闘家』なんです。下手に慣れない防具とか身に付けると動きずらくなっちゃうんで」
「なるほどな、男なら拳一つってか。若いのに逞しいねぇ〜」
人と話すことがあまり得意じゃない俺にとって、気さくに話しかけてくれるこういう人はありがたいけど、今はあまり誰かの記憶に残らないように意識した方がいい。
俺は席を立とうとする。
「俺のジョブは『狩人』だ。つっても、武器は斧しか使えないんだけどな。ジョブを授かった時から手足のように斧を扱えたんだ、不思議だよな・・・・・で、馴染み深い斧ほど力が増すんで今日はほれっ、特別にこいつを持ってきたってわけよ」
俺の隣に座る力士のような体格の中年男性は、自慢げに全長一メートルほどある斧を背中から取り出す。
「まぁ、普段の筋トレの成果で素の状態でも握力100kgはいってるけどな。おっそうだ、まだ時間もあるし、腕相撲でもしないか?」
いや、何でそうなるんだよ。
たまたま座った席だけど、完全に失敗したな。
「いや、流石に勝てないですよ。俺のジョブはどちらかというと、力よりも技術って感じで」
「けど、『格闘家』ならそこそこ腕力もあるはずだろ?」
「いや・・・・・ちょっ––––––––––––えっ」
俺は無理やり肩を組まれた状態で、空いているテーブル席へと連れて行かれる。
ここでこの人の腕を振り払うことは簡単だけど、キレられでもしたら余計騒ぎになりそうだしな。
ここはいい感じに負けてみよう。
「えっと・・・・・これは?」
なぜか、俺たちが席について向かい合うなりかなりのギャラリーができてしまう。
「またゴードンのやつが腕相撲するらしいぞ」
「今んとこ負けなしなんだろ?」
「そりゃ、相手見てみろよ。毎回勝てそうな相手しか選んでないんだって」
「おい、バカ! 聞こえるぞ」
十分過ぎるほど聞こえてる。
だけど、このゴードンって人はそんな言葉に耳を貸していない。
ただ純粋に腕相撲がしたいだけなんだろうか?
「一回きりの勝負だ。負けても勝っても何もない、ただ純粋な男同士の勝負だ」
ここまで言われると申し訳なさを感じるけど、こんなに人だかりができては、全力で負けに行く必要がある。
俺とゴードンさんは手を握り合うと、いつの間にか進行役に立候補していた一人のハンターが俺たちの拳に手を添える。
「レディ––––––––––––ゴッ!」
開始の合図と同時に少し力を込める。
簡単に負け過ぎても不自然だからだ。
「グッ––––––––––––」
ゴードンさんの顔が強張る。
どうやら力を入れ過ぎたみたいだ。
後は少しずつ抜く力を調整していき、逆に顔には力を込めて赤くしておこうか。
「クッ––––––––––––」
少し漏らした吐息も相まって、善戦していたが惜しくも負けてしまった人に見えるはず。
「勝者––––––––––––ゴードン!」
「よっしゃ!」
「あー、あの若いのもいい線行ってたけど、負けちまったか」
これで、ここから先の印象はかなり抑えられるだろう。
「なかなかやるじゃないか。俺はA級ハンターのゴードンだ。お前は?」
「––––––––––––境 真琴です」
「今日はよろしくな。何かあったら、いつでも俺を頼ってくれていいからな」
本当に熱い人だな。
俺は思わず笑みをこぼした。
「––––––––––––何をやっているんですか?」
高らかな透き通る女性の声が休憩所内に響き渡り、空気が一瞬にしてヒリつく。
肩ほどの金髪に、真っ赤な瞳。潤ったぷるんとした唇。そして俺とよく似た白い肌。
真っ白い服を着こなし、男性を魅了する圧倒的美人。
すっかり大人の女性になっちゃったけど、幼い頃の面影はそのまんまみたいだ。
無意識にその女性のことを目で追っていると、視線が重なる。
いや、重なった気がしたけれど、すぐに違う方向へと視線を向けていた。
「これから私たちが挑むのは兵魔級ダンジョンです。気を紛らわせるのは構いませんが、先ほどの空気感はいただけません。S級が同行するとはいえ、決して気は抜かないようにお願いします」
最後に彼女と会ったのは、俺たちが10歳の時。
普通なら久しぶりの再会に喜ぶところなんだけど、今の偽りの姿にホッとしてしまっている自分がいる。
会うかもとは覚悟していたけど、あまりにも急すぎた。
「もうすぐ夜神さんもこちらに来られますので、それまで静かに待機していてください」
そう言い残し、休憩所を後にする。
「あの、彼女はもしかして・・・・・」
「うちの副ギルド長だ。美人な人だけど、いつも厳しんだなこれが。でも、今日はギルド長だけが参加するって聞いてたんだけどな」
天音さんも、夜神 水に目を付けられないように言ってたし、彼女の参戦は予定外ってことか。
「妖精を操るジョブらしいが、ギルド長以上の火力持ちって噂もある。能力の幅もかなり広くてS級になれるほどの実力。ああいう人を「天才」っていうんだろうな」
「天才」か・・・・・。
幼い頃の俺にとっては、その言葉を聞くたびに地獄でしかなかった。
「俺たち団員の中には、副ギルド長のことを「女王様」って呼んでる奴もいる。だけどお前はダメだぞ。まぁ、ギルドに入るなら別だけどな」
もう、俺の知ってる彼女はいないってことか・・・・・
どこか寂しい気持ちになりながらも、静かにその後の待ち時間を過ごした。




