100話 向き合う覚悟
王城の地下は、剣王が創ったダンジョンとなっており、剣王と黒陽以外の者たちは皆、空魔先導の下ダンジョンへの避難を完了していた。
しかしダンジョンと言っても、魔力が溜まる特性は付与されていないため、モンスターは存在していない。
迷宮の如く入り組んだ地形故に、地下ダンジョンと呼称されているだけのこと。
「––––––祖父様が戦っていた相手って、もしかして万里の長城で出会った彼?」
「確かに、攻略直前に見せた姿に似ていたようにも見えた・・・」
「私たちのせい、かしら?」
飛と美はみんなが恐怖に陥る中、その原因が自分達にある可能性を思考するが、あの時言葉を交わした流星は、怒り任せで暴力を振るうような人物には見えなかった。
「それはないんじゃない?」
案の定、空魔によってあっさりと否定される。
「それを言ったら、彼の連れを攫った僕なんかどうなっちゃうわけ?」
「其方、あの者の仲間を攫ったのか!」
命にとって、佐々木 神威は今や特別な存在。
一度否定されたからと言って、命の確信に揺らぎはない。
故に、神威の仲間に危害を加える行為は、到底見過ごすことなどできない。例えそれが仲間であったとしても。
「違う違う」
「何が違うのだ?」
「何でそんな怖い顔するわけ? 僕はただ景に命令されたことをしたまでさ」
「舞王景が?」
「祖父様がどうしてそんなことを?」
「万里の長城を攻略した者の実力を確かめたかったんだとさ。もちろん連れの子には一切危害を加えてないし、実力を確かめたかった理由も、友達になるに相応しいか確認するためだったらしいしね」
さぞおかしそうに話す空魔の反応とは異なり、度肝を抜かれる3人。
「まさか、祖父様が!?」
「とてもじゃないけど信じられない・・・」
飛と美が信じられないのも無理はない。
剣王は家臣であれ、家族であれ誰にも笑顔を見せることはない。
馴れ合いを嫌い、実子である2人にも親としての愛情を注ぐことはせず、幼い頃から己の力のみで駆け上がる環境を強いられてきた。
そんな剣王が心の拠り所とする存在を欲することなど、夢以外の何ものでもない。
「ならばなぜ、あのようなことになっているのだ?」
「それは僕にもさっぱり。盃を交わすために儀式の間に向かった直後にあれさ」
今も尚響き渡る振動と凄まじい威圧感が伝わってきているが、空魔は涼しげな表情で肩をすくめる。
「儀式の間・・・」
そこは、命が妙の名を授かっていた頃、肉体の意識が途絶えた場所。
天魔の手によって無惨に命を奪われた場所。
時代を経たと言えど、あの場所には命になった今も近づくことを恐れている。
もしも佐々木 神威が命の考えている存在だったならば、剣王と天魔、妙の死の記憶が関係し、感情が昂ってしまった可能性も考えられるのではないのか?
万里の長城で見た時––––––先ほど見た時––––––その2回とも、命の視線は握られる聖剣に向けられていた。
もしも・・・ではない。
そうなのだ。
妙が愛した存在。
「どうしてあの時否定したのだ・・・・・」
一人己の世界に浸り込む命へと冷たい視線を向ける空魔。
「今のどういう意味? ていうかなんか知ってんじゃないの?」
命の様子は側から見ていて明らかにおかしい。
空魔の知る黒川 命という人物は、とても凛々しい性格。更に、輪廻する存在であり、初代剣王とも知人ということもあって舞王家の特別な来客扱いされている存在。
しかし、万里の長城に赴いて以降、心ここに在らずといった腑抜けた状態が続いている。
そしてその原因は、今の話と反応からして明らか。
それらが示すことは、黒川 命という人物は、万里の長城を攻略した存在について、空魔たちでは知らないような情報を握っているということ。
「ぶっちゃけあの状態は普通じゃない。まるで理性をなくしてるみたいって言えばいいのか? まぁとにかく、なんか知ってんなら教えてくれよ。止めるための手掛かりになるかも知れないからさ」
「––––––––––––その必要はありません」
突如響いた声の主は、先ほど剣王とともに暴走する流星に立ち向かっていた黒陽。
「其方がここにいるということは、舞王景たった一人で相手をしているということか!?」
空魔や飛たちも同様に、ヒシヒシと伝わって来るとてつもない力の奔流を感じているはずだが、剣王が万が一にも敗北するなど信じてはいない様子。
確かに流星の力も桁違いではあるが、剣王も負けないほどに規格外であることをここにいる誰もが知っている。
しかし、流星に宿る力の正体とその凄まじさを真に理解しているのは、この場で唯一命のみ。
「いや・・・正直私たちがどう足掻いたところで、あやつを止めることは不可能だ」
今地下ダンジョンに身を潜めている状況も、結局は何の解決にもなりはしない。
剣王が倒れれば、一気に蹂躙されて終わり。
「はぁ・・・ったく、自信なさすぎてこっちまで鬱になってくんねぇ。とりあえず避難は済んだし、僕は先に向かうよ」
そう言って空魔は颯爽と地下ダンジョンから姿を消した。
「貴方と暴走しているあの者が一体どういう関係なのかは知りませんが、この機に鬱憤を晴らしてみてはどうです?」
「・・・そうではない・・・そうではないのだ」
「私も不死の身ですが、貴方に比べたら赤子にも満たない時しか生きていません。私たちなどでは想像もつかない経験を数多くされたことでしょう」
黒陽は、『ジョブ』を得る前も到底普通の人間ではなく、どんなに死に直結するような傷を負ったとしても、瞬く間に再生してしまう不死の呪いを授かった存在。
生まれて間もなく呪いをかけられた黒陽は、忌み嫌われ、迫害される存在だった・・・それは『ジョブ』を得てからより一層ひどいものとなり、世界の全てを憎んでいた。
そんな時に出会ったのが現代剣王。
黒陽という名を与え、一人の人間として接してくれた初めての存在。
世界で一番尊敬し、信頼する人。
そんな存在に出会えたからこそ、過去へと立ち向かえた経験がある。
生きた長さが異なれど、生きているだけ克服しなければならない過去ができてしまうことを黒陽は理解してあげられる。
「景様が命様をお呼びです。あの者を止めるためには貴方が鍵なのだと」
「・・・妾が?」
一度の否定・・・されど一度の否定である。
もしかしたら自分と過ごした日々を忘れられてしまっているかも知れない・・・そう考えると、怖くて仕方がない。
凪星とは北海道で離れ離れになったっきり会うことはできなかった。
剣王の話から天魔を倒したのは凪星とのことだが、それはつまり、助けに来てくれていたということ。
万里の長城で気がついた時は、心臓が飛び出してしまうほどに嬉しかった。
だからこそ、あの時の否定は心に深い傷跡として刻まれてしまった。
しかし、もう一度勇気を出す時。
過去と向き合う時なのだ。
黒陽の発言から、過去のあの日の妙が死んでしまった出来事が暴走に繋がっているのは疑いようがない。
忘れているのならば、思い出させてやるまでだ。
そして伝えよう––––––感謝と謝罪––––––そして、今度こそ側にいると。
「行くぞ」
「はい」
黒陽は、強き表情を取り戻した命の後に、満足気な笑みを浮かべて続くのだった。
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