第8話:【8日目】出張準備と、走るホワイト空間(魔導キャンピングカー)
異世界生活8日目の朝。
今日は、ルナの一族を迎えに南の岩山へ向かう「出張」の日だ。
前世の俺にとって、出張とは「体力と精神力を削る苦行」の同義語だった。
エコノミークラスの深夜便、座れない満員電車、そして移動中も絶え間なく鳴り続ける業務連絡。現地に到着する頃にはHPがマイナスに突入しているのが常だった。
だからこそ、俺の現場では「移動の快適さ」こそが最優先事項だ。移動時間は労働時間。無駄な体力消費はPMとして許容できない。
「南の岩山までは、俺の足でも丸二日はかかります……。険しい道なので、村長には少し厳しいかも……」
申し訳なさそうに耳を伏せるルナに、俺は力強く頷いた。
「心配するな。俺たちには強力なツールがある」
俺は自信満々で『日めくりカレンダー』の前に立った。
現在の表示は「残り358日」。今の状況で俺が一番欲しいもの。カレンダーなら、必ず俺の意図を汲んで「最適化」してくれるはずだ。
「頼むぞ……交通費、経費で落とさせてくれ!」
祈りを込めて、ペリッと紙をめくる。
眩い光の粒子が収束し、ズシン、と重々しい音を立てて具現化したのは――
「……おおおっ!?」
ガルドが目玉を飛び出させて驚愕の声を上げた。
そこにあったのは、馬がいなくても走れる構造をした、流線型の巨大なキャビン付き四輪馬車だった。
『SSRアイテム【全自動・魔導キャンピングキャリッジ】を獲得しました』
『※魔力を動力とし、どんな悪路でも揺れずに自動走行する魔法の大型馬車。内部にはベッド、ソファ、ミニキッチン、空調設備が完備されています』
「よし! 完璧すぎる!」
俺はキャリッジのボディをバンバンと叩いて歓喜した。
これだ。求めていたのは、長距離移動の疲労を完全にゼロにするソリューション。まさに「走るホワイト空間」である。
「村長、こいつはとんでもねえシロモノだぞ!」
ガルドが馬車の下に潜り込み、興奮気味に叫んだ。
「サスペンションって言うのか!? この車輪のバネ構造、芸術的だ! これなら岩場を走っても、上の箱は全く揺れねえぞ!」
「タクト様! 車内はひんやりと涼しくて、お花のいい香りがします!」
シルフィはすでに車内に乗り込み、ふかふかのソファに腰を下ろしてくつろいでいる。
「すごい、すごいです村長! これなら、一族のみんなを一度にたくさん乗せて帰ってこれます!」
ルナも尻尾をちぎれんばかりに振りながら、広い車内を跳ね回っていた。
「よし、アサイン(役割分担)の発表だ」
俺はメモ帳を取り出し、今日のスケジュールを読み上げた。
「ガルドとシルフィは、氷室から数日分の食糧をこのキャリッジに積み込んでくれ。帰りの分も含めて多めでいい。ルナはナビゲーターとして助手席で道案内を頼む」
「了解だ!」「はいっ!」「お任せください!」
全員がテキパキと動き、三十分後には完璧な出張準備が整った。
「よし、全員乗ったな? シートベルトを締めろよ。それじゃあ、出発進行!」
俺が運転席の魔導クリスタルに触れ、行き先を「南の岩山」に念じると、キャリッジは滑らかに発進した。
ガルドの言った通り、悪路であるはずの荒野を走っているのに、車内には一切の振動がない。まるで雲の上を滑っているような乗り心地だ。
「ふはぁ……このソファ、人をダメにする柔らかさだぜ……」
「冷たい果実水もありますよ、ガルドさん。はい、タクト様もどうぞ」
「ありがとう、シルフィ」
窓の外には過酷な荒野の景色が流れているが、空調の効いた車内は極楽そのものだった。
俺たちは持ち込んだトマトをかじり、冷たい水を飲みながら、談笑して過ごした。
「……あの、村長」
助手席でくつろいでいたルナが、ふと不思議そうにこちらを振り返った。
「これ、本当にお仕事なんですか……? なんだかアタシ、すごく楽しいんですけど……」
「これが『正しい出張』だよ、ルナ」
俺は笑って答えた。
「プロジェクトを成功させるには、心と体の余裕が必要不可欠だ。苦労と成果は比例しない。俺たちはただ、一番効率良くて快適な方法を選んでいるだけさ」
前世のブラック上司が見たら激怒しそうなセリフだが、ここは俺のプロジェクト(領地)だ。俺のルールが絶対である。
誰も疲れない、最高にホワイトな出張は、順調に南へと進んでいった。
(残り357日。明日は何が出る?)




