第72話:【72日目】ネクロディアの襲来と、アンデッドの足湯ストライキ
床暖房の導入から一夜明けた、72日目の朝。
CIO(最高情報責任者)のシオンから、かつてないほど緊迫したエスカレーションが上がってきた。
「タクト様! 北の雪原から、大規模な軍勢がこちらに向かっています! その数、およそ五百! 先頭にいるのは……魔王軍四天王の一人、大魔導士『リッチ・ネクロディア』です!」
空中に投影されたドローンの映像には、吹雪の中を無言で行進する、おびただしい数の「動く骸骨」や「腐肉の歩兵」たちの姿が映し出されていた。
「アンデッド(不死者)の軍団か……」
「はい。ネクロディアの恐ろしいところは、配下の兵士が『疲労も寒さも感じない死体』であることです。睡眠も食事も必要とせず、ただ命令に従って動き続ける……文字通りの『死の軍団』です!」
シオンが青ざめた顔で報告する。
横で見ていたCSO(最高防衛責任者)のザンギュラも、腕を組んで忌々しげに舌打ちした。
「ちっ。あの骨野郎、自ら出てきやがったか。あいつのアンデッドどもは、壊しても壊しても魔力で再生しやがる。厄介な相手だぜ」
疲労を感じず、食事も睡眠もとらず、文句も言わずに24時間365日働き続ける。
それは、ブラック企業が夢見る「究極の社畜」の姿そのものではないか。
「……死んだ後まで強制労働させるなんて、コンプライアンス(倫理)違反も甚だしいな」
「こんぷらいあんす?」
「いいか、シオン、ザンギュラ。彼らは『敵』じゃない。過酷な労働環境で使い潰されている『被害者(労働者)』だ。あんな冷たい雪の中で無理やり歩かされて、休むことも許されないなんて、あんまりじゃないか」
「む、村長……? 相手は魔物(死体)ですよ?」
俺は日めくりカレンダーの前に立ち、「残り294日」の紙をめくった。
俺が今、彼ら(アンデッド)に与えるべきは、物理的な破壊(攻撃)ではない。魂の救済(福利厚生)だ。
『SSRアイテム【極楽浄土・魔導足湯セット&お清めの癒やし塩】を獲得しました』
『※冷え切った足元と魂を芯から温める魔法の足湯です。お清めの塩を入れることで、あらゆる呪縛や負の感情を浄化し、対象に「永久の安らぎ」を与えます』
「よし、完璧だ。彼らを迎撃するのではなく、温かく迎え入れよう」
俺はガルドの建築部隊を呼び出し、村を覆う【絶対平和の聖域結界石】の「すぐ外側」の雪原に、巨大なヒノキの長椅子と、お湯が流れる溝(足湯スペース)を急造させた。
そして午後。
地響きと共に、ネクロディア率いる五百のアンデッド軍団が村の目の前に到着した。
「カッカッカ! ここがザンギュラとグレイシアを寝返らせたという忌々しい村か!」
豪華なローブを纏った骸骨が、杖を振りかざして高笑いする。
「見よ、我がアンデッド軍団は疲労を知らぬ! 貴様らの結界を、24時間不眠不休で攻撃し続け、必ずや破ってみせよう! 行け、死の奴隷どもよ!」
ネクロディアの号令と共に、五百の骸骨やゾンビたちが、一斉に結界へと突撃を開始した。
……だが、彼らが結界に触れる前に、その足は雪原に設置された「温かいお湯の流れる溝(魔導足湯)」へと踏み込んでしまったのだ。
お湯には、今朝カレンダーから引いた【お清めの癒やし塩】がたっぷりと溶け込んでいる。
「ギギッ……?」
「ウゥゥ……?」
氷点下の雪原を素足で歩かされていたアンデッドたちが、ヒノキの香りが漂う約40度の絶妙な温水に足を入れた瞬間。
彼らの動きが、ピタリと止まった。
「ふぁぁぁ……。あったかい……」
「冷え切った骨の髄まで……染み渡るぅぅ……」
なんと、ゾンビやスケルトンたちが一斉にヒノキのベンチに腰掛け、ズボン(あるいは布切れ)の裾をまくり上げ、はぁ〜っと極上の吐息を漏らし始めたのだ。
彼らの周囲からは、ネクロディアの強制労働の呪縛(黒いモヤ)が、お清めの塩の効果によってしゅるしゅると浄化されて消えていく。
「な、何をしている貴様ら! 攻撃しろ! 結界を壊すのだ!」
ネクロディアが杖を振り回して怒鳴り散らすが、アンデッドたちは足湯から一歩も動こうとしない。
「いやっす。もう無理っす。雪の中を徹夜で行軍とか、ブラックすぎるっす」
「俺たち、死んでるんすよ? 死後くらいゆっくり休ませてくださいよ。この足湯、最高っす……」
「タクト様、どうしますか?」
シオンが呆れたように聞いてくる。
「今は17時、定時だ。彼らも疲れているようだし、今夜はあのまま浸からせておいてやろう。俺たちも帰って夕飯にするぞ」
こうして、魔王軍の恐るべきアンデッド軍団は、村の目の前で「足湯ストライキ」に突入したまま夜を明かすことになった。
(残り293日。明日は何が出る?)




