第66話:【66日目】勇者の有給休暇と、魔導マインドフルネス
勇者一行が村に加わり、長きにわたる過酷な旅から解放されて数日が経った。
彼らには「長期の有給休暇(サバティカル休暇)」を与え、迎賓館のふかふかなベッドと大浴場、そしてセシルの極上まかないで心身を癒やしてもらっている。
しかし、66日目の朝。
俺が村役場(PMO)で温かいコーヒーを飲んでいると、勇者アーサーがひどく落ち着かない様子でウロウロと歩き回っているのが見えた。
「どうしたアーサー。有給中なんだから、コタツで寝ていればいいのに」
「タ、タクト村長……! その、休めと言っていただいたのは本当にありがたいのですが……俺たち、ずっと『世界を救え』と急かされてきたせいで、何もせずに休んでいると『罰が当たるんじゃないか』『誰かに怒られるんじゃないか』って、逆に落ち着かなくて……」
アーサーの目の下には、少しクマができていた。
典型的な「社畜の休日」の症状だ。長期間ブラックな環境でやりがい搾取され続けると、いざ休養を与えられても脳がオフモードに切り替わらず、焦燥感に駆られてしまうのだ。
「なるほど。ただ体を休めるだけじゃ、染み付いた『過労の呪縛』は解けないか」
俺は日めくりカレンダーの前に立ち、「残り300日」の紙をめくった。
光の粒子が収束し、現れたのは、美しい木目調の丸いお香立てと、ふかふかの座布団のセットだった。
『SSRアイテム【至高の魔導マインドフルネス・セット】を獲得しました』
『※特殊なアロマの香りと癒やしの周波数で、脳内の雑念や強迫観念を完全にデトックスする魔法の瞑想キットです』
「よし。アーサー、君たちパーティー全員で『マインドフルネス(瞑想)研修』をやろう」
「めいそう……ですか?」
俺は迎賓館の静かなテラスに座布団を敷き、勇者アーサー、魔法使いのマリア、騎士のガウェイン、弓使いのロビンの四人を座らせた。
そして、魔導お香立てに火を灯す。
――ほわぁん……。
白檀とラベンダーを合わせたような、深く甘い香りが広がる。
同時に、どこからともなく「小川のせせらぎ」と「小鳥のさえずり」のような癒やしの環境音が響き始めた。
「目を閉じて、ゆっくりと深呼吸をしてくれ。王国からのプレッシャーも、魔王の脅威も、今はすべて手放すんだ。君たちは、ただここに存在しているだけでいい」
「……はい……。すぅぅ……はぁぁ……」
俺の誘導と魔導アイテムの相乗効果により、彼らのこわばっていた肩の力が徐々に抜けていく。
魔法使いのマリアの目から、ぽろりと涙がこぼれた。
「私……ずっと、失敗したら死ぬって……怖かった……」
「俺もだ……。王都の期待に応えなきゃって、そればかりで……」
心の底に溜まっていた重圧と恐怖が、アロマの煙と共に溶け出していく。
一時間の瞑想が終わる頃には、四人の顔つきは憑き物が落ちたように穏やかで、晴れやかなものに変わっていた。
「タクト村長。俺、なんだか心がすーっと軽くなりました。自分たちがどれだけ異常なプレッシャーを背負わされていたか、客観的に見えた気がします」
「それが『認知の歪み』の修正だ。さあ、今日はもう何も考えずに、コタツでジェラートでも食べてくれ」
勇者たちは、ようやく本当の意味での「休日」を満喫できるようになった。
メンタルヘルスのケアは、PMの重要な責務の一つである。
(残り299日。明日は何が出る?)




