第64話:【64日目】勇者のバーンアウト(燃え尽き症候群)と、有給休暇
勇者アーサーとその仲間たちは、食後に俺から出された真実の魔導緑茶(以前グレイシアの時に使った本音を引き出すお茶)を飲んで、すっかりリラックスしていた。
「……魔王討伐の旅、大変そうだな」
俺が労うと、勇者アーサーはテーブルに突っ伏して、深いため息をついた。
「大変なんてもんじゃありませんよ。王国からは『お前は伝説の勇者なんだから、一人で世界を救えるだろ』って、支度金として金貨百枚渡されたきり、一切のサポート(物資補給)なしです」
「なっ……百枚だと? そんな予算でパーティー四人分の旅費と武具のメンテナンスができるわけないだろう!」
CFOのグレイシアが、信じられないという顔で声を上げた。
「そうなんです! 宿代もケチって野宿ばかり。王都の貴族たちは毎晩宴会をしているのに、俺たちは吹雪の荒野で魔物と戦わなきゃならない。プレッシャーと寒さで、もう胃に穴が開きそうで……」
アーサーの目には、典型的な『バーンアウト(燃え尽き症候群)』の兆候が表れていた。
無謀なマイルストーン、削られた予算、そして「勇者」という肩書きによるやりがい搾取。
これもまた、異世界が抱えるブラック労働の闇だ。
「アーサー。あんたたち、完全に『過労』だ。このままじゃ魔王の前に、ストレスと寒さで倒れるぞ」
「でも……俺たちが立ち止まれば、世界が魔族に滅ぼされてしまう! 四天王の『氷将』や『剛斧』といった恐ろしいバケモノたちが、今も人間を狙って――」
「あ、それなら大丈夫だ」
俺は親指で、後ろのソファで魔導コタツに入ってミカンを食べている二人を指差した。
「そこのコタツで丸くなってるのが『氷将』のグレイシアで、隣でマッサージチェアで爆睡してるのが『剛斧』のザンギュラだ。二人とも、ブラックな魔王軍からうちに転職して、今は正式な社員(村人)として働いている」
「……………………は?」
勇者パーティーの四人は、完全にフリーズした。
世界を滅ぼすはずの大幹部たちが、フリースを着てコタツでミカンを剥いている光景は、彼らの常識を根底から破壊したようだ。
「ま、魔王軍は……?」
「四天王の半分が抜けて、兵站と防衛の要を失ったからな。今頃、城の暖炉の薪も足りずに凍えてるか、組織崩壊(プロジェクト頓挫)の危機だろうよ」
アーサーは剣を取り落とし、両手で顔を覆った。
「俺たちが……血反吐を吐いて目指していたものは……一体……」
「だから言ったろ。休むことが必要なんだって」
俺は64日目の朝に「残り302日」のカレンダーから引いたアイテムを、彼らに差し出した。
『SSRアイテム【魂の安らぎ・魔導安眠枕(×4)】を獲得しました』
『※頭を乗せるだけで、自律神経を整え、蓄積されたすべてのストレスを完全にリセットする極上の深い眠り(最低12時間)を提供します』
「アーサー。王国には『遭難して療養中』とでも報告しておけ。あんたたちには、長期の『有給休暇(サバティカル休暇)』が必要だ。この迎賓館のふかふかのベッドで、まずは泥のように眠れ」
「村長……っ。あ、ありがとうございますぅぅ……っ!」
勇者アーサーたちは、大粒の涙を流しながら俺の手を握りしめ、魔導安眠枕を抱えて迎賓館のベッドへと吸い込まれていった。
彼らが目を覚ますのは、丸一日後のことである。
(残り301日。明日は何が出る?)




