第59話:【59日目】氷の四天王の体験入社と、コタツでの面接
「……あむっ、もぐもぐ。甘い。なんだこの橙色の果実は。甘さと酸味が絶妙すぎる」
「だから言ったでしょう、グレイシア様。この村は天国なんですよ」
59日目の朝。
村役場のラウンジに設置された魔導コタツの中で、氷の四天王グレイシアは完全に溶けていた。
俺は向かい側に座り、今朝「残り307日」の紙から引いたばかりのアイテムでお茶を淹れた。
『SSRアイテム【真実の魔導緑茶セット】を獲得しました』
『※深い旨味とリラックス効果で、飲んだ者の心の奥底にある「本音(愚痴)」を自然に引き出す魔法の茶器です。コタツと併用すると効果が倍増します』
「グレイシアさん、と言ったな。温かいお茶でもどうだ」
「ふ、ふん。人間から施しなど受けない……と言いたいところだが、このコタツの温もりには勝てない。いただくぞ」
ズズッ、と緑茶をすするグレイシア。
その瞬間、彼女の張り詰めていた肩の力が完全に抜け、美しい顔に深い哀愁が漂い始めた。
「……はぁ。本当に、温かいな。魔王城は……信じられないほど寒いんだ」
真実の緑茶の魔力が、彼女の「本音」を引き出していく。
「私は氷の魔力を持つから平気だろうと、常に北の最も冷え込む塔の警備と、膨大な事務作業を押し付けられてきた。魔王様は『お前は氷属性だから暖炉の薪は不要だろう。経費削減だ』と……!」
「氷属性だって、芯まで冷えれば寒いに決まってるだろ……」
俺が同情すると、グレイシアは悔しそうにコタツ布団をぎゅっと握りしめた。
「ザンギュラは現場の肉体労働で苦労していたようだが、私の仕事は終わりの見えない『バックオフィス(事務作業)』だ。物資の管理、兵站の計算、末端の魔物たちの給与明細の作成……毎日毎日、凍える部屋で羊皮紙と向かい合って、ペンを持つ手が凍傷になりそうだった。それなのに、あの無能な上層部どもは『明日までに計画書を出し直せ』と……!」
ドバババッと溢れ出す、ブラック企業の中間管理職(事務方)のリアルな愚痴。
前世の俺も、空調の切れた深夜のオフィスで震えながらExcelと格闘していた日々がある。彼女の辛さは痛いほどわかった。
「……グレイシア。あんた、数字や管理が得意なんだな」
「当然だ。魔王軍の複雑怪奇な兵站を、たった一人で狂いなく回してきたのは私だぞ」
「なら、うちの村に転職しないか」
俺はミカンを一つ剥きながら、彼女に提案した。
「うちの村は人口も百五十人を超えて、そろそろ事務方(経理や総務)の専門家が欲しかったところだ。あんたを『最高財務責任者(CFO)』として迎え入れたい。もちろん、事務作業はこの温かいコタツに入ったままで構わない」
「コ、コタツで仕事をしていいのか……!?」
「ああ。労働時間は1日8時間。残業なし、週休二日だ。書類作成は自動書記の羽根ペンがあるから、あんたは数字のチェックと承認をするだけでいい」
グレイシアは、手元の温かい緑茶と、山積みのミカン、そして自分の足を包み込む絶対的な温もりを交互に見つめた。
「……給与は」
「三食の極上のまかないと、毎日入れる天然温泉。それから、さっき君が着ていたような軽くて暖かい『フリース冬服』を支給する」
グレイシアは深くため息をつき、氷の杖をコタツの横にそっと置いた。
「……負けた。ザンギュラが帰ってこない理由がよくわかった。タクト村長……私の計算能力、好きに使うがいい」
こうして、魔王軍の四天王から二人目の寝返り(ヘッドハンティング)が成立した。
強大な武力と、優秀な事務方を引き抜かれた魔王軍は、いよいよ組織崩壊の危機に直面しているはずだ。
(残り306日。明日は何が出る?)




