第5話:【5日目】SSRの「ガラクタ」と、至福の露天風呂
異世界生活5日目。
朝の光が窓から差し込み、俺は木の香りがする新しい家で気持ちよく目を覚ました。
寝袋もない床での雑魚寝ではあるが、シルフィが昨日の夜に編んでくれた干し草のマットのおかげで、背中は痛くない。
「おはようございます、タクト様! 本日も素晴らしい朝ですね!」
「おう、村長! 今日もバンバン建てていくぜ!」
リビングに出ると、すでに気力充分な二人が待機していた。
相変わらず朝が強い。健康的なのは良いことだ。
「おはよう、二人とも。さて、今日もまずは朝のルーティンからだな」
俺は家の外に設置しておいた『日めくりカレンダー』の前に立った。
現在の表示は「残り361日」。
人材、種、万能建材と立て続けにチート級のドロップが続いている。今日は何が出るのか。
ペリッ。
めくった紙が光に包まれ、俺の手のひらにポトリと何かが落ちてきた。
それは、拳ほどの大きさの、七色に淡く発光する『石』だった。
『SSRアイテム【星屑の輝石】を獲得しました』
『※現時点では用途不明のガラクタです。ただただ美しく輝きます』
「……ガラクタ?」
アナウンスの身も蓋もない説明に、俺は思わず声に出してしまった。
「おお! なんて美しい石でしょう! 魔力は一切感じませんが、見ているだけで心が洗われるようです!」
「うーん、俺様の目利きからしても、こいつはただの『綺麗な石ころ』だな。武器の素材にもならねえ」
シルフィはうっとりとし、ガルドは首を傾げている。
SSRと銘打たれているからには何か隠された用途があるのかもしれないが、「現時点では用途不明」と明言されている以上、今はどうしようもない。
「まあ、こういう日もあるか。とりあえず、リビングの棚に飾っておくことにしよう。インテリアとしては悪くない」
俺は石をポケットにしまい、メモ帳を取り出した。
気を取り直して、今日のタスク整理だ。
「よし、今日の業務目標だが……ガルド、昨日無限箱から石材も出ると言っていたな?」
「おう! 大理石でも御影石でも、なんだって出せるぜ!」
「シルフィ。君の水魔法とお湯を沸かす程度の火魔法は、同時に使えるか?」
「はいっ! 温度の調整もお手の物です!」
俺はメモ帳にサラサラと今日のタスクを書き込み、二人に提示した。
「今日の目標は『福利厚生の拡充』だ。この家の裏手に、露天風呂を作る」
「ろてんぶろ……?」
「体を洗って、温かいお湯に浸かるための施設だ。社員(村人)の衛生管理とメンタルケアは、PMの重要な仕事だからな」
前世では「風呂に入る時間すら惜しい」とシャワーだけで済ませたり、ひどい時は会社のトイレの洗面台で頭を洗ったりしたこともあった。あんな惨めな思いは、二度と御免だ。
健全な精神は、清潔な身体から。ホワイト村に「お風呂」は絶対に欠かせないインフラである。
「なるほど! タクト様のお体を清めるための神聖な儀式場ですね!」
「いや、ただの風呂だが……まあいい。ガルド、岩風呂の設計と組み上げを頼めるか?」
「任せときな! 水漏れ一つしねえ、最高の岩風呂を半日で仕上げてやらあ!」
こうして、今日のプロジェクトがスタートした。
ガルドの作業は今日も凄まじかった。
【万能建材の無限箱】から滑らかな手触りの石材を取り出すと、ハンマーで巧みに形を整え、家の裏手のスペースにあっという間に見事な浴槽を組み上げていく。
周囲には目隠し用の竹垣風の柵まで立ててくれた。芸が細かい。
「できたぜ村長! あとは水を入れるだけだ!」
「ありがとう、ガルド。シルフィ、注水と加熱を頼む」
「はいっ! 【清流の湧き水】&【温もりの灯】!」
シルフィが杖を振ると、浴槽の底に空けられた注ぎ口から、ちょうどいい温度に温められたお湯が勢いよく流れ込み始めた。
湯気が立ち上り、真新しい石の匂いがふわりと漂う。
「……完璧だ。素晴らしい仕事ぶりだ、二人とも」
時刻はまだ午後14時。
タスクの切り分けと、職人の技術、そして魔法の力が見事に噛み合った結果だ。
「よし、今日の業務はここまで。さっそく、福利厚生(風呂)を体験しよう。まずはガルド、一番風呂に行ってこい」
「い、いいのか!? 俺様が先で!?」
「ああ。一番汗を流したのはお前だからな」
ガルドは目を輝かせて衣服を脱ぎ捨てると、勢いよく露天風呂へと飛び込んでいった。(ドワーフの裸体は特に描写しなくていいか)。
「ぷはぁぁぁぁっ! こりゃあ極楽だぜ村長!! なんだこの気持ちよさは! 疲れがゴリゴリ溶けていきやがる!」
竹垣の向こうから、ガルドの野太い歓声が聞こえてくる。
「タクト様! 私もタクト様のお背中を流しに……!」
「いや、俺は一人でゆっくり入りたいから。順番待ちで頼む」
少し残念そうなシルフィを宥めつつ、ガルドの後に俺も湯をいただいた。
青空の下、温かいお湯に肩まで浸かる。
心地よい疲労感とともに、芯から体が温まっていく。前世の張り詰めていた神経が、ようやく本当に解けていくのを感じた。
「……最高だ」
夕方。
風呂上がりの三人は、リビングで世界樹の野菜で作った食事を囲んでいた。
ガルドはすっかり上機嫌で、シルフィも肌がツヤツヤしている。
「いやぁ、驚いたぜ。こんなに明るい時間から風呂に入って、飯を食って、あとは寝るだけなんてよ」
ガルドがトマトを齧りながら、しみじみと呟いた。
「前のギルドじゃ、風呂なんて月に一回、冷たい川で水浴びするだけだったからな。こんなに休んで、本当にバチは当たらねえのか?」
「当たらないさ。むしろ、しっかり休んで心身をリセットするからこそ、明日もまた最高のパフォーマンスが出せるんだ。それが『定時退社』と『福利厚生』の力だよ」
「ていじたいしゃ……ふくりこうせい……いい言葉だな。俺様、この村がますます気に入ったぜ!」
ガルドの豪快な笑い声と、シルフィの柔らかな笑顔。
リビングの棚には、今朝カレンダーから出た「星屑の輝石」が、夕陽を浴びてキラキラと輝いている。今はまだ用途不明のガラクタだが、この平穏な空間にはよく似合っていた。
焦る必要はない。魔王が来るのはまだずっと先だ。
明日もまた、一日一歩の確実な前進を楽しもう。
(残り360日。明日は何が出る?)




