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第181話:【181日目】極上『魔導温泉リゾート』と、乱入される湯上がり決算

 朝日がホワイト株式会社の本社ビルを優しく包み込み、爽やかな風が社長室のカーテンを揺らしていた。デスクに向かった俺は、深く息を吐き出すと、感無量といった心境で卓上の日めくりカレンダーを見つめた。


「ついに……180日目の大攻防戦を乗り越え、折り返しの181日目か」


 1日1回のドロップに振り回され、黒崎のブラック敵対的買収、レイカ姉さんの成果主義の嵐、四天王の離反危機、そして魔王城からのわがまま姫の乱入とトラブルシューティング……。怒涛の日々を駆け抜け、我がホワイト株式会社の組織基盤は今や盤石のものとなっていた。デスクの傍らで温かいお茶を淹れてくれた秘書のシルフィが、花が咲くような笑みを向けた。


「ふふ、タクト様。社員の皆様も『前半戦完走』と『特別イベント企画部』の発足で、とても晴れやかな表情をなさっていますよ」


「ああ。だが、ここまでの怒涛のプロジェクトで全員の疲労度(メンタル・ストレス)も限界近くまで溜まっているはずだ。組織の持続可能性(サステナビリティ)を維持するためには、適切なタイミングでの『完全オフ』が必要不可欠だからな」


 俺はニヤリと笑うと、181日目の日めくりカレンダーへと手を伸ばした。金色に輝くクリスタルUIを、人差し指で軽やかにスワイプする!


 ──『残り184日 → 183日』!


 パァァァァァンッ!!


 空間が眩い黄金の粒子で満たされ、カレンダーの底からほんのり湯気を立ち上らせる重厚な『温泉リゾートの水晶模型』がドロップした!


 SSR【魔導温浴空間(スパ・パラダイス)】


『※異世界のあらゆる絶景地に接続可能な、超巨大魔導温泉リゾートです。天然鉱物温泉、サウナ、極上個室スパ、巨大宴会場を完全完備し、疲労回復とストレス低減の効率を極限まで高めます』


「よし……! 狙い通りの完璧な福利厚生ドロップだ!」


「ま、まあ……っ!? 温泉リゾートですか!?」


「ああ! ホワイト株式会社・前半戦完走記念! 全社員参加の『二泊三日・極上温泉慰労合宿』を開催するぞッ!」


 ◆


 半日後──。俺たちが足を踏み入れたのは、霧立つ渓谷と豊かな森林に囲まれた、夢のような温泉リゾートだった。


「ひゃ〜〜っ! お湯がとっても温かくて気持ちいいですわ〜〜っ♪」


「おいおい、泳ぐなよ……って、俺も言えた義理じゃねぇか。くぁ〜、骨身に染みるぜ……」


 広大な天然岩風呂からは雄大な山々が一望でき、清掃局長のスーちゃんはスライムの体をプカプカと浮かせて「ぷるる〜〜ん♪」と気持ちよさそうに波を立てている。見習い清掃員の黒崎は「くぁ〜〜っ! 染み渡るぜ……! かつて俺が作ってた地下労働施設なんて、お湯どころか水風呂すら泥水同然だったからなぁ……!」と自嘲気味に肩まで浸かっていた。


「〜ですぞ! これぞ極上のリフレッシュ! 開発魂が沸々と滾ってきますぞーっ!」


 頭に手ぬぐいを乗せたネクロディアCDOが大はしゃぎで湯を掛け合い、ザンギュラCSOは静かに湯船の端で巨体を沈めて目を細めている。さらには、シオンCIOが湯船の中でも「リアルタイム水温・混雑度トラッキング」を実施して完璧な環境保全に貢献していた。


「ふう……全員、想像以上に羽を伸ばしてくれていて良かった」


 露天風呂から上がり、夕食の大宴会が一段落した夜半のこと。俺は火照った身体を冷ますため、静かな中庭に面した木造の回廊を一人で歩いていた。竹林を揺らす夜風が心地よく、澄んだ月光が回廊の床を柔らかく照らしている。


「……タクト様?」


 不意に、透き通るような美しい声に呼び止められた。振り返ると、そこには湯上がりの濡れた髪を軽く束ね、しっとりとした薄紫色の浴衣を身にまとった最高財務責任者(CFO)のグレイシアが立っていた。普段のキリッとした軍服風スーツ姿とは打って変わり、湯上がりの白皙の肌はほんのりと桃色に紅潮している。


「グレイシア……。君も夜風を浴びに?」


「ええ……。宴会場が少々賑やかすぎましたので。……お隣、よろしいですか?」


 グレイシアは恥ずかしそうに視線を泳がせながら、俺の隣へとそっと腰を下ろした。ふわりと、湯上がりのアロマと彼女自身の甘い香りが夜風に乗って漂ってくる。


「……素晴らしいリゾートですわね、タクト様。今回の合宿による福利厚生費の計上は、社員のエンゲージメント向上と今後の生産性向上分で、およそ三百五十%の投資対効果(ROI)を生み出すと試算できます」


「ハハ、こんな時まで財務分析か? 流石は優秀なCFOだな」


「……違います」


 グレイシアがぽつりと呟き、首を振った。彼女の深紅の瞳が、少し潤みを帯びてまっすぐに俺を見つめてくる。


「……数字の計算など、どうでもよいのです。今の私は……どれだけ高度な数理モデルを構築しても、自分の胸の収支(バランス)だけが絶対に計算できないのですから」


「え……? 収支……?」


「そうです。あなたの隣にいると……心拍数が通常の百四十%まで跳ね上がり、呼吸のアルゴリズムが乱れ……胸の奥が熱くて、締め付けられるような感覚になるのです」


 グレイシアは耳まで真っ赤に染め上げながら、意を決したように俺の手へ自身の華奢な手を重ねてきた。


「これは……決算書には絶対に書けない項目です。タクト様……私のこの『異常な感情の赤字』……どう責任を取ってくださるのですか……?」


 重なり合う手と手。急上昇する彼女の体温。俺は──PMとしての危機感を一気に募らせ、思わず目を見開いた!


「……なるほど、そういうことか! 察せなくてすまなかった、グレイシア!」


「え……? わ、分かってくださったのですか……?」


「ああ! 心拍数140%に胸の締め付け、呼吸障害……これは過酷な財務監査と四天王脱出劇による『急性ストレス障害(バーンアウト前兆)』の典型的な症状だ! 自律神経が完全にパニックを起こしている!」


「……は、はい……!?」


 俺はグレイシアの両手をガシッと力強く握り返すと、真摯な眼差しで力説した。


「CFOである君に財務負荷を集中させすぎた俺のマネジメントミスだ! 安心してくれ、明日から君の全タスクを三十%削減し、強制有給消化プロトコルを適用する! 俺が責任を持って、君のヘルスケア指標を正常値(黒字)に戻してみせる!」


「そ、そうじゃないのです……っ! 私は病気でもタスクオーバーでもなくて……っ!(〜〜〜〜っ!)」


 真っ赤になったグレイシアが、あまりの頓珍漢ぶりに言葉を詰まらせ、涙目で俺の胸をポカポカと叩こうとした──その時だった!!


「社長ーーーーーーッ!! 宴会場でテキーラ樽の一気飲み対決が始まりましたぞーーーーーッ!!」


「ガハハハ! タクト様もグレイシア様も一緒に飲むぞーーーーッ!!」


 回廊の障子扉が爆音と共にドカンと叩き割られ、完全に泥酔したネクロディア、黒崎、さらには酒樽の上で跳ね回るスーちゃんが大乱入してきたのだ!


「ぷるる〜〜ん♪(一気! 一気!)」


「な、なななっ……!? 業務時間外の真剣な訴え(?)に大乱入とは、なんという無作法……! 減給処置を下しますわよーーーッ!!」


 甘い雰囲気(とタクトの頓珍漢な勘違い)は、大騒ぎの泥酔組によって爆爆と共に綺麗に吹き飛ぶのだった。


(残り183日。明日は何が出る?)

【181日目時点の主要キャラクター紹介】

■ タクト(ホワイト株式会社 代表取締役(兼PM)) 状況:180日突破を記念し、全社員への福利厚生として2泊3日の温泉慰労旅行を開催。グレイシアの命がけのアプローチを急性バーンアウト症状と本気で勘違いし、CFOのタスク削減を誓った超絶鈍感PM。


■ グレイシア(ホワイト株式会社 最高財務責任者(CFO)) 状況:湯上がりの浴衣姿でタクトに決死の恋の告白を試みるも、タクトの超絶勘違いPM脳と泥酔宴会組の大乱入によって完全不発に終わり、真っ赤になって憤砕した。


■ シルフィ(社長秘書) 状況:全社温泉合宿の段取りと手配を完璧にこなし、タクトと共に温泉で羽を伸ばす社員たちの笑顔を温かく見守っている。


■ 黒崎(見習い清掃員(元ブラックCEO)) 状況:かつて自身が作っていた劣悪な地下労働施設を自嘲しつつ、泥酔状態で一気飲み対決のノリのままグレイシアとタクトの回廊へ大乱入。甘い雰囲気を爆破した。


■ ネクロディア(CDO(最高デジタル責任者)) 状況:「〜ですぞ!」の熱い温泉魂で手ぬぐいを頭に乗せて温泉を堪能。泥酔してテキーラ樽を持ち出し宴会を大盛り上げした。


■ シオン(CIO(最高情報責任者)) 状況:湯船の中でリアルタイム水温・混雑度トラッキングを実施。完璧なデータ管理で温泉の快適性を支えた。


■ ザンギュラ(CSO(最高安全責任者)) 状況:日頃の警備疲れを絶景の天然温泉で癒やし、巨体を湯船に沈めてゆったりとリラックスした。


■ スー(清掃局長(スライム)) 状況:言葉は話さず「ぷるる〜〜ん♪」と愛らしく鳴きながら湯船にプカプカ浮かび、宴会でも酒樽の上で賑やかに跳ね回った。

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