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第179話:【179日目】わがまま姫の涙と、初めての『お仕事体験』

「……はぁ。わたくし、また失敗ばかりですわ……」


 ホワイト株式会社の本社ビル、最上階の社長室。 珍しく静かな朝の室内で、ベルゼリカ(ベル)は、ソファにぽつんと座り込み、小さな膝を抱えて溜息をついていた。


 いつもなら朝一番から兄リオンと不毛なおやつの奪い合いを繰り広げ、勝手に日めくりカレンダーを強奪スワイプして騒ぎを起こすはずの彼女が、今日はすっかりしおしおと萎れている。


「珍しいな、ベルがそんなにしおれているなんて。どうしたんだ?」


 俺――代表取締役PMのタクトは、淹れたてのコーヒーをデスクに置きながら、不思議そうに問いかけた。 横では秘書のシルフィが「何か心配事でもございますか、ベル様?」と優しく微笑み、最高投資責任者《CIO》のレイカ姉さんは手帳を開いたまま、静かに眼鏡のブリッジを押し上げる。


「当然ですわ……! わたくし、この村に来てからというもの、メガホンで大混乱を起こし、巨大スライムでビルを壊し、マイクで役員会議をカオスにし、砂時計で無限ランチ地獄を作り……何一つまともな成果を出せていませんもの!」


 ベルは小さな拳をギュッと握りしめ、悔しそうに唇を噛んだ。


「お兄様だって『広報・エンタメ事業部』でポテチの食レポ企画を立派にやっておられますのに……わたくしだけ、何の役にも立っていないどころか、迷惑ばかりかけて……」


「なんだよベル、急に素直になりやがって。調子狂うだろ……」


 壁際でポテチの袋を抱えていたリオンが、困惑気味に頭を掻く。 だが、ベルの瞳には、うっすらと透明な涙が浮かんでいた。自分を認めてほしい、誰かの役に立ちたいというプライドが高いからこそ、自分の「わがまま」が引き起こしたトラブルの連続に、密かに傷ついていたのだ。


「そんなことないぞ、ベル」


 俺はベルの前に歩み寄り、目線を合わせるようにかがみ込んだ。


「君が起こしたトラブルは、全部俺たちが最高の『成果』と『改善』に変えてきた。だから君の行動は、決して無駄なんかじゃない。――よし、今日のカレンダーをめくってみよう」


「え……? でも、わたくしがめくると、また変なアイテムが……」


「いいから、やってごらん」


 俺に背中を押され、ベルは恐る恐るクリスタルカレンダーの前に立った。 指先で、輝く画面をそっとスワイプする。


 残り186日 → 185日


 黄金色の光と共に、デスクの上に転がり出たのは、美しく装飾された一本の美しい万華鏡だった。


 SSR【成果可視化万華鏡(ビジョン・スコープ)】


『※筒内を覗き込むことで、自身の行った作業や提案が組織や他者へ与えた影響を、定量的な成果データと笑顔のホログラムとして可視化する評価魔導具です』


「成果可視化……万華鏡……?」


 ベルが不思議そうに万華鏡を持ち上げ、覗き込んだ。 すると、万華鏡のレンズの向こうに、万華鏡特有の美しい幾何学模様と共に、黄金色のホログラム映像と数字が次々と浮かび上がったのだ!


『【171日目:アピールメガホン】➔ 全社おやつ交換フェスティバル開催! 社員満足度+45%!』 『【172日目:巨大化エキス】➔ 全村高層建築の一斉清掃完了! メンテナンスコスト95%削減!』 『【174日目:1日社長バッジ】➔ 4時間超集中スプリント達成! 新商品『ホワイトスイーツ』R&D成功!』 『【175日目:重力無効ジャイロ】➔ 空中フライング建設プロジェクト! 商業ゾーンの工期3日短縮!』


「な、なんですの……これ……!? わたくしが起こした大パニックが……全部、ものすごい数字と感謝の記録になっていますわ!?」


 ベルは目を丸くして叫んだ。 レンズの向こうには、メガホンのおやつフェスタで笑顔でジュースを飲むオークの作業員たち、巨大スーちゃんに磨かれてピカピカになった街並みで喜ぶ住民たち、そして14時退勤で家族と楽しそうに笑い合う社員たちの姿が、鮮やかに映し出されていた。


「そうよ、ベル」


 レイカ姉さんが、柔らかく口元を緩めて歩み寄ってきた。


「投資の世界では『予期せぬノイズ』こそが、最大のイノベーションの種になるの。あなたが持ち込んだカオスを、タクトのPM力と現場のチームワークが完璧なプロダクトへ昇華させた。あなたはその最高のトリガー(引き金)だったのよ」


「わたくしが……引き金……?」


「それだけじゃないぞ、ベル」


 俺は棚から一枚の原稿用紙と、色鮮やかなペンを取り出し、ベルの前に置いた。


「今日は、君に『初めての正式なお仕事』を依頼したい。今週末に開催する『ホワイト村秋の感謝フェスティバル』の広報チラシの作成と、村の広場での配布、そして住民たちの生の意見聞き取りだ」


「わ、わたくしに……お仕事を……!?」


「ああ。君の圧倒的なアピール力と、人を惹きつける華やかさは、広報・イベント企画部に不可欠な才能だ。これを完成させて、住民のみんなに届けてほしい」


「……! やりますわ! わたくし、絶対に完璧なお仕事をしてみせますわ!」


 ベルの瞳に、再び強い光が灯った。


 それからのベルの集中力は凄まじかった。 リオンのアドバイスを受けながら、カラフルなペンで「全員集合! 楽しい感謝祭ですわ!」と見事なキャッチコピーとイラストを描き上げ、特注のチラシを数百枚印刷。 そして、胸を張って村の広場へと繰り出したのだ。


「皆様! 今週末はホワイト村の感謝祭ですわよ! わたくし特製のチラシを、ありがたく受け取りなさいな!」


 広場でチラシを配り始めたベル。 最初はいつもの高飛車な口調だったが、チラシを受け取ったオークの作業員や、人間の子どもたちがパッと顔をほころばせるのを見て、ベルの表情が変わっていった。


「うわぁ、綺麗で楽しそうなチラシ! ベルお姉ちゃん、ありがとう!」 「がはは! ベル姫様が配るチラシなら、絶対に参加させてもらうぜ! いつも村を賑やかしてくれてありがとな!」


「あ……ありがとう……ございます、ですわ……!」


 住民たちから直接届く「ありがとう」の言葉と、温かい笑顔。 今まで魔王城で誰からも言われたことのなかった、純粋な感謝の言葉が、ベルの胸に温かく染み渡っていく。


 夕方、すべてのチラシを配り終えたベルは、夕日に染まる広場のベンチで、万華鏡をそっと覗き込んだ。


 レンズの向こうに、今日自分が配ったチラシを嬉しそうに眺める子どもたちの姿と、新たなホログラム文字が浮かび上がる。


『【179日目:初めての広報チラシ配布】➔ 感謝祭認知度100%達成! 住民エンゲージメント最高値を更新! 獲得した感謝の笑顔:324件』


「あ……っ……うっ……」


 ポロポロと、ベルの目から大きな涙が溢れ出した。 それは悔し涙でもわがままの涙でもない。自分の手でやり遂げた達成感と、誰かの役に立てたという、生まれて初めて知る【お仕事の喜び】の涙だった。


「よく頑張ったな、ベル」


 いつの間にか隣に立っていた俺は、ベルの小さな頭を優しく撫でた。


「ふ、ふんっ……! なにを言っておられますのタクト! この程度の成果、当然ですわ……! うっ……ぐすっ……!」


 顔を真っ赤にして涙を拭いながら、強がるベル。 だが、その手には、配り終えたチラシの予備と、成果を提示する万華鏡が、宝物のようにしっかりと握りしめられていた。


「明日からも、広報・イベント企画部の特別インターンとして頼むよ、ベル社長」


「……! はいですわ、タクト……っ!」


 沈む夕日の中、ベルゼリカは今までで一番飛び切りに美しく、誇らしげな笑顔を咲かせたのだった。


(残り185日。明日は何が出る?)

【179日目時点の主要キャラクター紹介】

■ タクト(ホワイト株式会社 代表取締役(兼PM)) 状況:ベルに初めての正式なお仕事を任せ、成果可視化万華鏡を通じて「働く喜び」と「貢献の価値」を実感させた。


■ ベルゼリカ(特別インターン) 状況:トラブル続きで凹んでいたが、チラシ配布の仕事と住民の笑顔を通じて働く達成感を知り、涙を流して成長を遂げた。


■ リオン(広報・エンタメ事業部見習い(元・魔王の息子)) 状況:妹の初めての仕事(チラシ作り)を陰で優しくアドバイス。涙を流す妹の姿に、兄として深い温かみを感じていた。


■ シルフィ(社長秘書) 状況:ベルのチラシ印刷と配布準備を手際よくサポート。成長したベルの姿を優しく見守った。


■ レイカ(ホワイト株式会社 最高投資責任者(元・魔王軍臨時CEO)) 状況:ベルのこれまでのトラブルを「最高のイノベーションの引き金」と評価し、彼女の自己肯定感を高めるロジックを提供した。


■ ザンギュラ(CSO(最高安全責任者)) 状況:広場でチラシを配るベルの周囲で密かに警備を担当し、住民との平和な交流を優しく見守った。


■ ネクロディア(CDO(最高デジタル責任者)) 状況:「〜ですぞ!」の技術者魂で万華鏡のホログラム表示ロジックを解析し、リアルタイムな感謝数値の可視化をサポートした。


■ グレイシア(CFO(最高財務責任者)) 状況:感謝祭の広報予算枠を即座に承認。ベルのチラシ配布による集客効果がもたらす経済波及効果を高く試算した。


■ シオン(CIO(最高情報責任者)) 状況:全知監視網で村中のチラシ認知率をトラッキングし、「認知度100%達成」のデータを万華鏡へ送信した。


■ 黒崎(見習い清掃員(元ブラックCEO)) 状況:広場でチラシを受け取り、「お姫様の配るチラシは気合が入ってるぜ!」と熱くベルを勇気づけた。


■ スー(清掃局長(スライム)) 状況:言葉は話さず「ぷるるっ! ぷるぷるっ!」と愛らしく鳴きながら、風で飛んだチラシを優しくキャッチしてベルを手助けした。

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