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第173話:【173日目】感情逆転マイクと、大混乱の役員会議

「ちょっと愚兄! 本日の朝食のプリン、わたくしの分まで勝手に食べましたわね!?」


「知るかよ! 冷蔵庫に『リオン用』ってでかく書いておいたろ! ベルが勝手に俺のポテチ食った腹いせだ!」


 ホワイト株式会社の本社ビル、最上階の社長室。 今朝も朝一番から、ニートの兄リオンと「広報・イベント企画部」特別インターンのベルゼリカ(ベル)が、プリンの所有権を巡って不毛な言い争いを繰り広げていた。


「ハハ……毎朝賑やかでいいな。二人とも、そろそろ朝の役員会議が始まるから席に着いてくれ」


 代表取締役PMの俺――タクトは苦笑しながら、デスクの傍らに戻ってきたクリスタルカレンダーへと視線を向けた。 横では秘書のシルフィが「ふふ、お二人とも本当に仲が良ろしいですね」と温かいお茶を配り、最高投資責任者《CIO》のレイカ姉さんは手帳に目を落としたまま冷徹に告げる。


「無駄な不毛な口論は時間の浪費よ、リオン、ベル。投資効率の観点から言えば、1分の遅延は会社全体の生産性を削ぐわ。さっさとカレンダーの更新を終わらせなさい」


「げぇっ、レイカ姉さんは今朝も厳しいな……。よし、今日も俺がビシッと更新を――」


 俺が手を伸ばしかけた瞬間、ベルがサッと割り込み、クリスタルカレンダーの輝く画面を強引にスワイプした。


「させませんわ愚兄! 今日のドロップもわたくしがいただきますわ!」


 残り192日 → 191日


 カレンダーの画面から、ピンク色と漆黒の怪しい光が混ざり合って溢れ出し、デスクの上に一本のド派手なマイクが転がり出た。 カラフルな装飾が施されているが、先端の網目部分からは微かに怪しい音波が漏れ出している。


 SSR【感情反転マイク(インバート・ボイス)】


『※吹き込んだ音声の感情位相を正反対に変換し、話者の抑圧された心理や本音、裏腹な感情を強制的に真逆の表現で周囲へ拡散する試作型魔導音響機器です』


「……はあ!? 感情反転マイクぅぅぅ!?」


 床に転がっていたリオンが飛び起き、悲鳴を上げた。


「また地味で厄介そうなアイテム出しやがったなベル! 絶対触るなよ! ろくなことにならんからな!」


「ふん! 愚兄に言われたくありませんわ! 感情を反転させる? フフン、これを使えばイベントの司会で盛り上がりを演出できるかもしれませんわ!」


 ベルは面白がってマイクをひょいと拾い上げると、スイッチをポチッと押し込んでしまった。


 キィィィィィン……ッ!


「あ、バカッ! やめ――」


 微かなハウリング音とともに、マイクから不可視の音波リングが部屋中に広がった。


 ちょうどその時、役員会議のために続々と入室してきた幹部たち――最高財務責任者《CFO》のグレイシア、最高デジタル責任者《CDO》のネクロディア、最高情報責任者《CIO》のシオン、最高安全責任者《CSO》のザンギュラ、見習い清掃員の黒崎、そして清掃局長のスー。


「おはようございます、タクト様。本日の財務ポートフォリオの報告ですが……」


 グレイシアが書類を開こうとした、まさにその瞬間だった。 マイクから発せられた波動が、部屋にいた全員の精神波へと干渉した。


「……あら?」


 レイカ姉さんがふと手帳を閉じ、眼鏡の奥の瞳を潤ませながら、俺の方へと滑らかな足取りで歩み寄ってきた。


「タクト……。私、本当はあなたに厳しく指導するたびに、胸が締め付けられるように痛むの……。あなたのその優しさと温かい笑顔が、私、もう好きで好きでたまらないのよ……っ! ずっと抱きしめて『よしよし』してあげたいの……っ!」


「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!???」」」


 社長室に、雷が落ちたような絶叫が轟いた! あの冷徹無比で「アップ・オア・アウト」を体現していた外資系最高幹部のレイカ姉さんが、顔を真っ赤にして俺の手に両手を重ね、乙女のようにウルウルとした瞳で見つめてきたのだ!


「な、姉さん……!? 一体どうしたんだ急に!?」


「違うわ! 私はただ、あなたに投資の厳しさを教えているだけで……ううん、本当はあなたの膝枕で甘えたいのぉぉぉっ!」


 本心と抑圧された感情が真逆(デレ)になって大暴走している!


 さらに被害はレイカ姉さんだけに留まらなかった。


「フフフ……! 予算管理? 健全経営? そんなものクソ喰らえですわぁぁっ!」 いつもは一銅貨の無駄遣いも許さないグレイシアが、扇子を投げ捨てて高笑いを始めた。 「今日の予算は全額競馬と無駄遣いにぶち込みますわ! 散財最高! 赤字バンザイですのよーーっ!」


「カタカタ……! コードなんてどうでもいいですぞーっ!」 超絶技術者のネクロディアが、骨の手でキーボードを叩き割らんばかりの勢いで叫ぶ。 「バグ万歳! 仕様書なんてゴミ箱へポイですぞ! 明日から全員不眠不休の100時間デスマーチを開始しますぞーっ!」


「安全第一……? ハッ、甘い甘い!」 鉄壁のザンギュラが胸を張り、大盾を放り投げた。 「全員ヘルメットを脱げ! 命綱なしで高層ビルからジャンプだ! 危険こそが男の浪漫だぁぁっ!」


「ぷるる〜〜〜んっ……!!」 いつもは健気なスーちゃんまで、奇声を上げながらバケツをひっくり返し、部屋中に水をぶち撒け始めた!


「ギャァァァァッ!? 社長室がカオスに包まれたぞぉぉぉっ!?」


 リオンが頭を抱えて狂乱する。 マイクを握っていたベルも、青ざめてガタガタと震え出した。


「わ、わたくしのせい……!? みんなの頭がおかしくなってしまいましたわぁぁぁっ!」


「落ち着け! これは『感情反転マイク』の抑圧心理の強制反転効果だ!」


 俺は必死に頭を回転させた。 幹部たちが言っている暴言やデレは、日頃「プロフェッショナルとして抑え込んでいるプレッシャーや感情」が、マイクの周波数によって真逆に増幅されて表出しているのだ!


(放置すれば会社の意思決定ラインが完全に崩壊する! だが、力ずくでマイクを奪っても音波干渉は消えない……!)


「シオン! ネクロディア! 正気に戻ってくれ!」


 俺は二人の優秀な技術者に声を張り上げた。


「シオン、君の『全知監視網』の通信遮断ドメインを展開して音波を隔離しろ! ネクロディア、君のデバッグ技術でマイクの周波数を逆位相で相殺するんだ!」


「……っ!? タクト様……!」


 シオンが真っ赤になった顔を押さえ、「……はい! ぼ、僕……タクト様のこと本当は頼りに……ううん、大嫌い……じゃなくて、プログラム起動します!」と叫び、ホログラムモニターを展開。


 ネクロディアも骨の指を激しく打ち鳴らした。 「カタカタッ! 了解ですぞタクト殿! 『バグなんて大嫌い』という私の真の魂で、逆位相ノイズコードを生成しますぞーっ!」


 シオンが部屋全体に『音波隔離ドメイン』を展開し、逃げ場を失ったマイクの波動を一点に凝縮させる。 そこへ、ネクロディアが生成した【音声逆位相プログラム(ノイズ・キャンセラー)】が叩き込まれた!


 バチバチバチッ……!!


「「「ぐわぁぁぁぁぁっ!?」」」


 マイクから発せられていたピンク色の波動が、青いデバッグ光線と衝突し、空中ではじけて消滅した。


 ポロッ……。


 ベルの手から離れたマイクが床に落ち、静かに消灯する。


「ハッ……!?」


 次の瞬間、部屋を包んでいた怪しい熱気がスッと引いていった。


「あ、あら……? 私、一体何を……?」 手帳を握りしめたまま、俺の目の前で固まっていたレイカ姉さんが、ハッと正気に戻った。 自分が言った「膝枕で甘えたい」「好きで好きでたまらない」というセリフを思い出した瞬間、彼女の顔が耳まで真っ赤に染まった。


「な……なんでもないわタクト! 今のは魔導兵器による精神汚染の事故よ! 忘れなさい、いいわね!?」


「ふぅ……わ、わたくしも、散財なんて……一銅貨も許しませんわよ……っ!」 グレイシアも扇子で真っ赤な顔を隠しながら、コホンと咳払いをした。


 ザンギュラも慌てて大盾を拾い上げ、「あ、安全第一! やはり安全が一番ですぞ!」と汗を拭い、スーちゃんも申し訳なさそうに「ぷるるん……! ぷるぷるっ!」と健気に床を掃除し直した。


「ふぅ……全員、無事でよかった」


 俺は安堵の息を吐き、呆然としていたベルの元へ歩み寄った。


「ベル。怪我はなかったか?」


「た、タクト……。わたくし……また皆さんに大変なご迷惑を……っ」


 ベルは半泣きになりながら、申し訳なさそうに下唇を噛んだ。


 俺はベルの頭を優しく撫で、ニッコリと微笑んだ。


「気にすることはないよ。おかげで、みんなが日頃どれだけ責任感を持って本音を抑え、会社のために頑張ってくれているかがよく分かった。それに――」


 俺は赤くなっている幹部たちを見渡した。


「恥ずかしがる必要はないよ、みんな。たまには本音や甘えたい気持ちを出してくれた方が、俺だって嬉しい。うちの会社は、弱音も本音も受け止める『ホワイト企業』なんだからな」


「タクト……」


 レイカ姉さんは恥ずかしそうに胸の手帳を強く抱きしめ、グレイシアや他の幹部たちも温かい笑みを浮かべた。


「……たく、甘い社長ね。でも……悪くないわ」


 レイカ姉さんがボソッと呟いた言葉に、社長室全体が温かい笑い声に包まれたのだった。


(残り191日。明日は何が出る?)

【173日目時点の主要キャラクター紹介】

■ タクト(ホワイト株式会社 代表取締役(兼PM)) 状況:感情反転マイクによる大パニックを、技術陣との連携によるノイズキャンセリングで鎮圧。幹部たちの絆と本音を受け止め、チームのエンゲージメントを高めた。


■ ベルゼリカ(特別インターン) 状況:マイクを起動して役員会議をカオスに陥れるも、タクトの優しいフォローに感謝し、少しずつ素直になりつつある。


■ レイカ(ホワイト株式会社 最高投資責任者(元・魔王軍臨時CEO)) 状況:マイクの影響でタクトへの抑圧された弟愛と甘えたい本音が大爆発。正気に戻った後は顔を真っ赤にして照れ隠しに必死。


■ グレイシア(CFO(最高財務責任者)) 状況:マイクの影響で「散財最高!」と叫ぶも無事正気へ帰還。財務管理の重圧を再認識しつつ、タクトの温かさに感謝した。


■ ネクロディア(CDO(最高デジタル責任者)) 状況:「〜ですぞ!」の技術者魂で逆位相ノイズコードを即座に生成。マイクの音波相殺に大貢献した。


■ シオン(CIO(最高情報責任者)) 状況:全知の領域で音波を空間隔離し、二次被害を防止。照れながらもタクトへの信頼を証明した。


■ ザンギュラ(CSO(最高安全責任者)) 状況:マイクの影響で一時危険野郎になるも即座に改心。『安全第一』の誓いを新たに固めた。


■ リオン(広報・エンタメ事業部見習い(元・魔王の息子)) 状況:妹の引き起こした地獄絵図にツッコミを入れ続け、事態の解決に胸を撫で下ろした。


■ シルフィ(社長秘書) 状況:レイカの超絶デレ発言に驚きつつも、温かいお茶の準備と部屋の片付けを手際よくこなした。


■ スー(清掃局長(スライム)) 状況:マイクの影響で一時水をぶち撒けるも、正気に戻った後は健気にピカピカお掃除に励んだ。


■ 黒崎(見習い清掃員(元ブラックCEO)) 状況:幹部たちの本音暴走を温かい目で見守り、清掃隊と共に部屋の復旧作業に汗を流した。

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