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第172話:【172日目】巨大化の秘薬と、全自動巨大化スライムの暴走

「ちょっと愚兄! 邪魔だから退きなさいな! 今日のカレンダーはわたくしが引きますの!」


「蹴飛ばすなよベル! 今日くらい俺にめくらせろって……痛っ!?」


 ホワイト株式会社の本社ビル、最上階の社長室。 朝の清らかな日差しが差し込む室内で、ニートの兄リオンと、昨日から「広報・イベント企画部」の特別インターンとして着任した魔王城のわがまま姫ベルゼリカ(ベル)が、朝一番から不毛な取っ組み合いを繰り広げていた。


「朝から元気がいいな、二人とも……」


 俺――代表取締役PMのタクトは、苦笑しながら淹れたてのコーヒーを口に運んだ。 デスクの傍らに鎮座するクリスタルカレンダーの横では、秘書のシルフィが「あ、あはは……お二人とも、仲がよろしいですね」と苦笑いを浮かべ、新たに最高投資責任者《CIO》となったレイカ姉さんは手帳を開きながら冷徹な視線を注いでいる。


「仲が良いわけないでしょう愚兄と! わたくしは面白くて派手なアイテムを出したいだけですわ!」 「言い訳すんな! 自分が目立ちたいだけだろ!」 リオンを押し倒すと、ベルはドヤ顔でクリスタルカレンダーの前へ踊り出て、画面を力強くスワイプした。


 残り193日 → 192日


 カレンダーの画面から、妖しくも鮮やかな紫色の光が噴き出し、デスクの上にコロンと一瓶の小さなガラス小瓶が転がり出た。 中には、シュワシュワと紫色の泡を立てる怪しい液体が入っている。


 SSR【魔導怪獣化エキス(メガ・リリス)】


『※対象の生物や構造物の質量・容積を一時的に数百倍へ膨張・巨大化させる魔導試薬です。※一定時間経過または代謝活性化により安全に元に戻ります』


「……はあ!? 巨大化のエキスぅぅぅ!? なんだよその超危険そうな試薬はッ!?」


 床でスネを押さえていたリオンが飛び起き、悲鳴を上げた。 レイカ姉さんも眼鏡のブリッジを押し上げ、鋭い分析眼で小瓶を見つめる。


「質量の保存則を歪め、容積を拡大させる試薬ね。物流コンテナ確保などに転用できるわ」とレイカ姉さん。 「そんな地味な作業に使うなんて勿体ないですわ!」とベルは目を輝かせる。


 ベルは小瓶を手に取り、目を輝かせた。


「これさえあれば、わたくしの手で超巨大で愛くるしいマスコット魔獣を作り出し、村のイベントのシンボルにできますわ! さて、何を大きくしてあげましょうかしら……?」


「待てベル! 適当なものに振りかけるな! それは化学兵器みたいなもんだぞ!?」


 リオンが止めようと手を伸ばした、まさにその瞬間だった。


「ぷるる〜ん♪」


 社長室のドアがすっと開き、バケツとモップを持った清掃局長のスー(スライム)が、愛らしく身を揺らしながら入ってきた。毎朝日課にしている社長室のピカピカ清掃のためだ。


「あら? 可愛らしいスライムではありませんの! ちょうどいいわ、あなたをこの村の巨大マスコットにして差し上げますわッ!」


「あっ、バカ! スーちゃんに何しようとしてんだ――!?」


 タクトとリオンの制止の声も虚しく、ベルは無邪気な笑みを浮かべながら、小瓶のコルク栓をポーンと抜いて、スーのゼリー状の頭上にドバドバと全量を注ぎ込んでしまった!


「ぷ……? ぷる……!?」 液体を浴びたスーの透明な体が紫色に輝き、地響きのような重低音が本社ビル全体を揺らし始めた。


「ぷるっ……! ぷるるるるるるっ……!!」


 スーの体が、風船のように一瞬で膨らみ始める! 一畳サイズ、畳十畳サイズ、大型トラックサイズ、そして一階分を埋め尽くす巨大サイズへ――!


「きゃああああああっ!? なにこれ!? 止まらないんですけどぉぉぉっ!?」


「だから言ったろバカ妹ぉぉぉっ!! スーちゃんは高密度の魔導水を含んだ特級スライムなんだぞっ! 膨張率が普通の生物の十倍以上になっちまうんだぁぁっ!」


「ぷるる〜〜〜〜んっ!!」


 ドカーーンッ!!


 本社ビルの壁を押し破り、スーのモチモチとした巨大体が空へと広がり始めた! わずか十秒足らずで、スーの体長は本社ビルを超え、村の広場全体を覆い尽くすほどの【超巨大ビル級スライム】へと化してしまったのだ!


「ビルよりでかいスライムが現れたぞぉぉぉっ!?」 「街がゼリーに押し潰されるぅぅぅっ!」 広場は大騒ぎになりかけていた。


「な、なんてことですの……! わたくし、ただ可愛いマスコットにしようとしただけですのに……っ!」


 崩れた社長室の床で、ベルが青ざめた顔でガタガタと震え出した。


「どうしよう……! 村が……村が潰れてしまいますわぁぁぁっ!」


「落ち着け、ベル!」


 俺は即座に立ち上がり、パニックになりかけるリオンとベルの肩を強く掴んだ。 そして、崩れた壁の外にそびえ立つ、超巨大なスーちゃんの姿を観察する。


 スーちゃんは暴れているわけではない。むしろ、あまりに巨大化してしまった自分の体に困惑し、「ぷ、ぷるるん……?(どうしよう、大きくなっちゃった……)」と申し訳なさそうに身を縮めようとしては、プルプルと波打っているだけだ。


「大丈夫だ。スーちゃんには敵意も悪気もない。それに、巨大化してもスーちゃんの『清掃局長としての本能』と『モチモチの柔軟性』は失われていない!」


 俺は即座にインカムを起動し、全社緊急通信ラインを開いた。


「全幹部、ならびに全社員へ通達! PMのタクトだ! 現在、清掃局長のスーちゃんが『可逆的な一時的巨大化現象』を起こしている! 危険性はないが、放置すれば村の物流が麻痺する! ただちに【巨大スーちゃん超快適マッサージ&全村ピカピカ大掃除プロジェクト】を開始する!」


 インカムから、幹部たちの声が次々と跳ね返ってくる。


『了解ですぞタクト殿! スー殿の体組織は安定状態! 吸着力も十倍に強化されていますぞ!』とネクロディアCDO。 『現場の安全ライン展開完了! 怪我人ゼロだ!』とザンギュラCSO。 『ふふ。巨大スーちゃんの吸着力で高層階の汚れを一斉清掃すれば、清掃コスト95%削減のチャンスね』とレイカ姉さんもノリノリだ。


「よし! 黒崎さん、スー隊の指揮をお願いします! セシルさんは大浴場特製の『巨大マッサージ用・芳香アロマオイル』を準備してください!」


『おうよ社長! 任せときな! スー局長の手足となって、村中を綺麗にしてやるぜ!』 モップを担いだ見習い清掃員の黒崎が、元ブラックCEOの熱い現場魂で声を張り上げた。


「さあ、いくぞ!」


 俺はベルとリオンを連れて、ザンギュラが展開した安全ステージへと駆け下りた。


 広場の中央で困惑していた巨大スーちゃんに対し、黒崎率いる清掃隊とスライム隊が、巨大なブラシとアロマオイルを持って一斉にアプローチを開始する。


「スー局長ーっ! いつも村をピカピカにしてくれてありがとうございます! 今日は俺たちが、局長の巨大な体を極上マッサージして差し上げますぜーっ!」


 黒崎たちが、特製アロマオイルを塗りながら、巨大スーちゃんのモチモチとした側目を心地よくマッサージし始めた。


「ぷ……ぷる……? ぷるる〜〜〜〜んっ♪」


 極上の芳香アロマと心地よいマッサージを受けたスーちゃんは、あまりの気持ちよさに「うっとり」とした表情を浮かべた!


 そして、気持ちよくなったスーちゃんは、巨体をプルプルと滑らせながら、村中の高層ビルや屋根の上を優しく撫で回し始めたのだ!


 ズズズズ……ッ!


「おおっ!? 屋根の枯れ葉やビルの窓汚れが、スーちゃんの体にくっついて一瞬で消えていくぞ!?」 スーちゃんの巨体は、村中のあらゆる高所の汚れを磁石のように吸い寄せ、一瞬でピカピカに磨き上げていく!


「すごいですわ……! パニックになるどころか、みんなで笑顔でマッサージして、村中の掃除に変えてしまうなんて……!?」


 ベルは、目を丸くしてその光景を見つめていた。


「これが、俺たちのやり方さ」


 俺はベルの隣に立ち、温かい笑みを向けた。


「どんなに突飛なトラブルが起きても、現場の強みを見極めて、みんなが笑顔になれる『タスク』に組み替える。それがPM(プロジェクトマネージャー)の仕事なんだ」


「タクト……」


 やがて、村全体を隅々まで磨き上げたスーちゃんは、体内の代謝が最高潮に達したことで、エキスのアロマ成分が完全に分解された。


「ぷるる〜〜〜んっ♪」


 シュうぅぅぅぅ……っ!


 気持ちよさそうに最後のため息をつくと、超巨大だったスーちゃんの体は、みるみるうちに縮んでいき――コロンと、いつもの愛らしい一畳サイズのスーちゃんへと元通りに戻ったのだ!


 村中には、まるで新築のように光り輝く街並みと、大歓声が響き渡った。


「「「うおおおおっ! スー局長ありがとーっ! 街が新築みたいにピカピカだぁぁっ!」」」


「ぷるるっ! ぷるぷるっ!」


 スーちゃんは誇らしげに胸を張り、元気に跳ねてみせた。


「ふぅ……一件落着だな」


 俺が息を吐くと、ベルは自分の小さな手を見つめ、少し恥ずかしそうに下唇を噛んだ。


「……身勝手なことをしてごめんなさいですわ、タクト。大変なことをしてしまいましたのに……」 「いいんだよ、ベル。反省できたなら十分だ」 俺はベルの頭を優しく撫でた。 「君の情熱は素晴らしいアセットだ。次はみんなが笑顔になれるイベントを一緒に企画しよう」


「……! はいですわ、タクト……っ!」


 ベルはパッと顔を輝かせ、小さく頷いた。


(残り192日。明日は何が出る?)

【172日目時点の主要キャラクター紹介】

■ タクト(ホワイト株式会社 代表取締役(兼PM)) 状況:ベルが引き起こした巨大スライム騒動を、即座の全社マッサージ&ピカピカ清掃プロジェクトへと転換。トラブルを笑顔で解決してみせた。


■ ベルゼリカ(特別インターン) 状況:カレンダーを強奪して巨大化エキスをスーに使用し大パニックを起こすも、タクトたちの神対応と村人の笑顔に感銘を受け、素直に反省した。


■ スー(清掃局長(スライム)) 状況:エキスでビル級に巨大化するも、社員たちの極上アロママッサージで癒やされ、村中を高所清掃してピカピカに磨き上げた。


■ リオン(広報・エンタメ事業部見習い(元・魔王の息子)) 状況:妹ベルの暴走に振り回されつつも、兄として必死に止めようと奮闘。事態の解決後に胸を撫で下ろした。


■ シルフィ(社長秘書) 状況:社長室の壁が崩壊する事態にも慌てず、全社アナウンスと幹部連絡の手配を完璧にこなした。


■ レイカ(ホワイト株式会社 最高投資責任者(元・魔王軍臨時CEO)) 状況:巨大スライムによる全高層建築の一斉清掃効果を試算し、「清掃コスト前日比95%削減」と高い投資効果を認めた。


■ ザンギュラ(CSO(最高安全責任者)) 状況:巨大スーちゃんの周囲に鉄壁の安全ラインを展開し、住民や作業員の怪我人ゼロを完璧に達成した。


■ ネクロディア(CDO(最高デジタル責任者)) 状況:「〜ですぞ!」の熱い技術者魂でスーの体組織パラメータを即座に解析し、安全性を立証して現場をサポートした。


■ グレイシア(CFO(最高財務責任者)) 状況:イベント後の清掃費用の浮いた予算を、全社員への特製ランチ還元手当として即座に組み替えた。


■ シオン(CIO(最高情報責任者)) 状況:全知監視網で村中の清掃ポイントをリアルタイムマッピングし、巨大スーちゃんの効率的な清掃ルートをナビゲートした。


■ 黒崎(見習い清掃員(元ブラックCEO)) 状況:特製アロマオイルでの巨大スーちゃんマッサージ隊を陣頭指揮し、現場労働の熱い誇りを遺憾なく発揮した。

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