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第164話:【164日目】シオン視点:全知のモニターと、消せない『光』の記憶

「キタキタキタァァァッ! 164日目の日めくり完了! ついに、ついに残り200日の大節目だあぁぁッ! 今日こそ、俺のためにポテチとゲームを運んでくれる最強の全自動ぐうたら執事をドロップしてくれッ!」


 魔王城の地下司令部。 ニートの息子リオンは、クリスタルカレンダーの輝きに向かって叫びながら、大きく手を振り下ろした。 隣では、黒いストライプスーツを身に纏ったレイカが、昨日までのハッキングツールや承認強制印、即時監査盤、資産回収書を並べ、冷徹な笑みを浮かべている。


「さあ、めくるぞ!」


 リオンが164日目の魔導シートを勢いよくスワイプした。


 残り201日 → 200日


 シートから溢れ出した白銀の光の中から現れたのは、小さな卓上に置くような、手回し式の素朴な紙細断機だった。


 SSR【魔導・シュレッダー(マナ・シュレッダー)】


『※不要な機密文書や魔導紙を、手動のハンドル操作で細かく裁断・消滅させるための高品質な卓上シュレッダーです』


「……はあ!? 残り200日の記念すべきドロップが、ただの手回しシュレッダーぁぁぁ!? オフィス用品の使い回しかよッ!」


 リオンが頭を抱えて叫ぶが、レイカはそのシュレッダーを指先で愛おしそうになで、眼鏡の奥の瞳を冷ややかに光らせた。


「ただのシュレッダー? 違うわ、リオン。これは組織にとって不都合な感情、失敗の記憶、ノルマ未達者の存在ログを物理的に砕き、完全に消し去る『ログ消去機(メモリ・シュレッダー)』よ」


 レイカは流れるような手つきでシュレッダーを指令部のアレイへ接続し、莫大な演算マナを送り込んだ。


「シオン。この消去機を『広域盗聴網』へ連動させなさい。成果を出せない兵士たちのくだらない記憶や、逃亡者どもの行動ログを跡形もなく破砕し、我が魔王軍のデータ・データベースを完璧にクリーンアップするのよ」


「……御意に……レイカお姉様……」


 影の中から滑り出た最高情報責任者(CIO)のシオンは、深くフードを被ったまま、静かに頭を下げた。


 *


 占領されたホワイト村の本社ビル、旧情報統括室。


 数日前、『広域盗聴網』を手に入れたシオンは、大陸中のすべての情報が手に取るように可視化される全能感に満たされていた。 世界の動向を掌の上で転がし、情報で組織を最適化する快感。それは暗殺者として闇を生きてきたシオンにとって、至高の才能の解放に見えた。


 だが――現在のシオンの目の前に展開されているのは、息をのむほど凄惨な『データ・シュレッド』の光景だった。


『ログ消去機』が稼働を開始すると、ノルマ未達で追放された下忍魔物やオークたちの過去の貢献ログ、家族への思い、怪我の記録が、次々と紙くずのようなノイズデータへ砕かれ、消去されていく。


「い、いやだ……! 家族の記憶まで消さないでくれ……! 俺がここで働いていた証まで消されたら、俺は一体何なんだ……!?」


 モニターの向こうで、涙を流して叫ぶ魔物兵の音声ログ。 だが、レイカの設計したシステムは、容赦なくその記憶すらも「無価値なノイズ」として裁断刃へ放り込んでいく。


「……これが……僕の求めた『完全な情報管理』の結末なのか……?」


 シオンの指先が、ガタガタと激しく震えた。


 情報からノイズを削ぎ落とし、効率と成果だけで埋め尽くされた世界。 そこには、人間や魔物が生きている証である「感情」も「思い出」も存在しない。ただ冷たいただの数字と記号が並ぶだけの、荒涼とした墓場だった。


(違う……。僕が本当に欲しかったのは……こんな冷たい情報の墓場じゃない……!)


 シオンの記憶アーカイブの最深部。 決して消去プロトコルに触れさせないよう、厳重にプロテクトをかけていた『聖域データ』が、青い光を放って脳裏に蘇った。


 暗殺者として命を狙ったはずの自分を、温かい笑顔で迎え入れてくれた男。 『シオン、残業は禁止だ。一緒におでんでも食おう』と言って、湯気立つ土鍋を囲んで笑いかけてくれたタクトの姿。 『無理をするな』『君の技術は、誰かを守るために使ってくれ』と言ってくれた、あの温かい日常。


「あ……あああ……っ」


 シオンの瞳から、大粒の涙が溢れ出し、漆黒のキーボードを濡らした。


(全知の監視網を手に入れ……世界のすべてを見通せるようになった……。でも、僕が本当に欲しかったのは……あの温かい『光』だったんだ……!)


 タクトがくれた優しさと信頼。それこそが、暗殺者だったシオンに「生きている実感」を与えてくれた唯一の光だったのだ。 その光を、自分のくだらない全能感と自尊心のために裏切ってしまった後悔と激痛が、シオンの胸を強く締め付けた。


(タクト様……! 僕は……なんて取り返しのつかないバカだったんだ……!)


 シオンは涙を拭い、目の前のホログラムモニターを強く見つめた。 広域盗聴網のモニターの最隅。 ノイズと寒風が吹き荒れる荒野の隠れ家で、傷つきながらも一杯の温かいスープを分かち合い、笑い合うタクトやシルフィ、黒崎たちの姿が、かすかに捉えられていた。


「……タクト様……生きておられた……!」


 その時、レイカからの緊急アラートが鳴り響いた。


『シオン! 荒野の特定座標に微弱な生命反応を検知したわ! すぐに全知監視網の最大出力で座標を特定し、追撃部隊を差し向けなさい!』


 レイカの冷酷な命令。 だが、シオンの瞳には、もう微かな迷いすら存在しなかった。


「……了解しました、レイカお姉様。直ちに該当ログを精査し……『最適化』します」


 シオンは手回しシュレッダーの概念操作機能を、情報アクセス権限の基幹部分へ向けて逆展開させた。


 彼が実行したのは、自身の最高峰のハッキング技術を注ぎ込んだ【情報遮断封印(アクセス・ブロック)】。


 シオンは、モニターに映るタクトたちの潜伏データ、生体反応、通信波長を、『ログ消去機』の裁断刃へ自ら放り込んだ。


 ズババババッ!


 タクトたちの位置情報は、レイカの監視システム上で物理的に細かく破砕され、無価値な「紙くずノイズデータ」へと変換されて消滅した。


『あら……? 座標の反応が途絶えたわね。ただの地磁気ノイズだったかしら?』


『はい、レイカお姉様。ただの風のノイズです。心配には及びません』


 シオンは静かに応答を終えると、画面の隅で点滅する隠しログを見つめた。


 ネクロディアがシステム深層に密かに組み込んだ【隠し緊急安全装置】。 グレイシアが軍需予算から迂回させて荒野へ送った【特別予備費】。 そして、シオンが全知の目をあえて潰して生み出した【情報の死角】。


 三幹部がそれぞれの専門スキルを駆使して仕掛けた裏工作が、今、完璧な一本の線となって繋がった。


(ネクロディア……グレイシア……。二人も、僕と同じだったんだね……)


 シオンは暗闇の中で、静かに微笑んだ。


(タクト様……。僕たちの作ったこの『隙』を通って……どうか、僕たちを救いに来てください……! 今度こそ、あなたの『社員』として、命を懸けてお仕えします……!)


『全知の影』となったシオンの決意の祈りが、荒野へ向けて静かに解き放たれた。


(残り200日。明日は何が出る?)

【164日目時点の主要キャラクター紹介】

■ タクト(ホワイト株式会社 代表取締役(兼PM)) 状況:荒野の隠れ家で再起を図る。三幹部喪失の悲劇を乗り越え、現場組と共に村の奪還とザンギュラ救出を決意する。


■ シルフィ(社長秘書) 状況:荒野でタクトを懸命に支える。崩壊の絶望を乗り越え、社長と共に村へ帰還する日を信じ抜いている。


■ シオン(魔王軍 最高情報責任者(元・ホワイト会社CIO)) 状況:全知の監視網の冷酷さに反発し覚醒。タクトたちの位置データをシュレッダーで紙くずノイズへと物理破砕し、完全秘匿に成功した。


■ ネクロディア(魔王軍 最高技術責任者(元・ホワイト会社CDO)) 状況:成果主義による弟子たちの切り捨てに激怒・覚醒。レイカのシステム深層にタクトだけが起動できる『隠しバックドア』を極密裏に構築した。


■ グレイシア(魔王軍 最高財務責任者(元・ホワイト会社CFO)) 状況:成果主義の惨痛な現場に涙し覚醒。高度な決算トリックで魔王軍の裏予算をタクト側へ秘密送金し、裏からの支援を開始した。


■ ザンギュラ(CSO(最高安全責任者)) 状況:一人で魔王軍を食い止め捕縛される。魔王城の牢獄に繋がれながらも、持ち前の『安全第一』で看守の魔物兵たちを感化させつつある。


■ 黒崎(見習い清掃員(元ブラックCEO)) 状況:荒野の隠れ家でタクトをサポート。元ブラックCEOとしての勝負勘を生かし、逆襲のゲリラ作戦を計画中。


■ スー(清掃局長(スライム)) 状況:スライム隊を率いて荒野の隠れ家と村をつなぐ地下ルートを維持し、反撃の機会を伺っている。


■ レイカ(魔王軍 臨時最高経営責任者(元外資系金融MD)) 状況:シュレッダーを『ログ消去機』へ魔改造し、不必要な記憶・感情の抹消を指示。圧倒的成果主義による完全支配を目指す。

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