第162話:【162日目】ネクロディア視点:バグとされた命と、血の通わぬ仕様書
「キタキタキタァァァッ! 162日目のアップデート完了! 今日こそ、俺のためにポテチとゲームを運んでくれる最強の全自動ぐうたら執事をドロップして、この面倒な戦いを終わらせてやるッ!」
魔王城の地下司令部。 ニートの息子リオンは、成果主義のノルマで統制されたホワイト村の監視モニターを背景に、クリスタルカレンダーへと飛びついた。 隣では、レイカが冷徹な笑みを浮かべ、昨日まで獲得した通信水晶や伝票台帳、承認強制印を直列制御コンソールへ接続している。
「さあ、めくるぞ!」
リオンが162日目の魔導シートを勢いよくスワイプした。
残り203日 → 202日
シートから溢れ出した白銀の光の中から現れたのは、DIYの作業現場にあるような、樹脂製のケースに収納された小さな手巻き式の測定用メジャーだった。
SSR【魔導・メジャー】
『※建築資材の寸法やマナ回路の物理的な長さを、ミリメートル単位で精確に測定するための高品質な測定用メジャーです』
「……はあ!? 通信水晶の次は、メジャーぁぁぁ!? 日曜大工でもしろってのかよッ!」
リオンが頭を抱えて叫ぶが、レイカはそのメジャーを優雅に引き出し、眼鏡の奥の切れ長な瞳を妖しく光らせた。
「ただのメジャー? 違うわ、リオン。これは開発者や作業員の処理速度をミリ秒単位で厳密に測定し、遅延を1ビットも許さない『性能測定器』よ」
レイカは冷徹に操作を行い、ハッキングシステムと開発環境に接続した。
「ネクロディア。あなたの管轄する開発ラインに、この測定器をデプロイしなさい。コード記述速度、バグ発生率、キー打鍵のラグをリアルタイムで計測し、基準値を12ミリ秒でも下回る低パフォーマンスな要員は、即座に欠陥デバイスとしてシステムから強制排除するのよ」
「……承知いたしました、レイカお姉様……」
司令部の影に立つ、元ホワイト株式会社最高デジタル責任者のネクロディアは、黒いローブの袖から骨の手を強く握りしめ、静かに深く頭を下げた。
*
占領されたホワイト村の地下、極限開発室。
昨日まで「1秒間に100万行の爆速コーディング」を誇り、自分の技術が解き放たれる快感に酔いしれていたネクロディア。 しかし今、彼の目の前にあるホログラムモニターには、恐ろしい「パフォーマンス計測グラフ」が赤く点滅していた。
『警告:下忍魔物プログラマーNo.42。キー打鍵レイテンシー、基準値より14ミリ秒遅延。性能測定器のプロトコルに基づき、欠陥デバイスとして即時解雇・強制ログアウトを実行します』
無機質なシステム音声とともに、開発室の端で必死にキーボードを叩いていた小柄なゴブリンのプログラマーが、光の粒子となって開発ラインから物理的に弾き出された。
「あ……私のバグ修正コードが、あと数行で終わるのに……っ! たすけて、ネクロディア様ぁぁぁ……っ!」
悲鳴を残してセキュリティドローンに引っ立てられていくゴブリンの姿を、ネクロディアは言葉を失って見つめた。
(……待ってください……! あの子は、私がホワイト会社で一からプログラミングを教えた、一番熱心な弟子……! 昨夜から不眠不休でコードを書き続けて、疲労で手がほんの少し震えただけですぞ……っ!)
ネクロディアは慌ててレイカのシステムコンソールへ介入し、解雇プロセスのキャンセルを試みた。 だが、昨日レイカが打ち込んだ『承認強制印』が固い壁となって立ちふさがり、一切のエラー例外処理を弾き返した。
『エラー:人間的感情および疲労によるパフォーマンス低下は「仕様外のバグ」と定義されます。例外処理は承認されません』
「そんな……! 12ミリ秒の遅延くらい、コンパイラの最適化やバッファの調整でいくらでも吸収できますぞ! なぜそれを……『欠陥』として切り捨てるのですか!?」
ネクロディアの声が、無人の開発室に虚しく響いた。
*
開発ラインの稼働率は、表面上は100%を維持していた。 レイカの求めた「無駄ゼロ、遅延ゼロの極限アーキテクチャ」。 だが、その裏側にある実態は、悲惨極まりない崩壊だった。
打鍵速度のノルマに追われた魔物プログラマーたちは、エラーが出ないことだけを最優先し、拡張性も美しさもない「ハリボテの突貫コード」をコピペで量産。 疲労で集中力を欠いた作業員が次々と弾き飛ばされ、残された少数にさらなる過重負荷がかかる悪循環。
コードの美しさは損なわれ、拡張性は死に絶え、システム全体が「いつ大爆発を起こしてもおかしくないハリボテの城」へと成り下がっていた。
「……これが……私の求めていた『極限の開発環境』なのですか……?」
ネクロディアは膝を折り、冷たい床に骨の手をついた。 その眼窩の奥から、大粒の涙が溢れ出した。
タクトのもとにいた頃。 『定時退社』を守らされ、どんなに忙しくても『メンタルヘルス休暇』を取らされた日々。 当時はそれを「開発者の魂を縛るぬるま湯の檻」だと思っていた。
だが違ったのだ。 タクトが配慮していたのは、単なる休養ではない。 開発者が心のゆとりを持ち、コードに愛情を注ぎ、仲間と笑顔で議論しながら「本当に美しいシステム」を作り上げるための、最も重要な『安全バッファ』だったのだ。
『ネクロディア、遅くまで残業しちゃダメだぞ。根詰めて書いたコードは、後で絶対にバグを生むからな。今日はもう上がって、みんなで大浴場に行こう』
かつてタクトが温かい缶コーヒーを差し出しながら言ってくれた言葉。
「タクト様……! 私……私はなんて愚かなものに目が眩んでいたのでしょう……ッ! 人の心も、笑顔も、温もりも切り捨てたコードに……『技術の美しさ』なんて存在するはずがありませんぞぉぉぉッ!」
ネクロディアは胸の骨を抱え、声を上げて号泣した。 過ちの大きさと悔恨が、彼の胸を激しく打ちのめした。
*
「……泣いている暇はありませんぞ、ネクロディア」
涙を拭い、立ち上がったネクロディアの瞳に、かつてない技術者としての『狂気』と『誇り』の光が宿った。
「レイカお姉様……。あなたの完璧に見える成果主義システムには、最大の『脆弱性』が存在しますぞ」
ネクロディアはデスクに向かうと、手元に届いていたSSR【魔導・メジャー】を取り出した。
レイカはこのメジャーを『ミリ秒単位で人間を監視・切り捨てる測定器』として定義した。 だが、ネクロディアは魔王軍最高の技術者だ。
「この測定器のミリ秒計測スロット……。デバッグモードの超極小クロックバッファとして逆利用させていただきますぞ……!」
ネクロディアの細い指が、鍵盤の上で光の束となって躍動した。
レイカのシステムは、ミリ秒単位の処理を厳密に監視している。 だが、ネクロディアはその「ミリ秒の隙間」――監視プログラムが一瞬だけスキャンをパスする毎秒1/1000秒の超極小スキマ時間の中に、自作の暗号化プログラムを何層にも重ねて流し込んでいった。
それは、レイカの監視ログには単なる「12ミリ秒の微小なノイズ」としか映らない。 だがその正体は、システム全体の最高管理者権限を瞬時に上書きし、全機能を一斉停止・強制再起動させる超強力な緊急プログラム。
【隠し緊急安全装置】
ネクロディアはこのバックドアの解除キーを、タクトの個人端末ID『PM-TAKT-001』だけに紐付けた。
「タクト様……! 私が犯した過ちの償いにはなりませんが……このシステムを内側から崩壊させる『鍵』は、私が必ずシステム深層に埋め込んでみせますぞ!」
ネクロディアは涙を拭い、決意に満ちた笑みを浮かべた。
「待っていてください、タクト様……! 私たちの本当のホーム……『ホワイト株式会社』を取り戻すその日まで、私は開発者の誇りをかけて、戦い抜きますぞッ!」
(残り202日。明日は何が出る?)
【162日目時点の主要キャラクター紹介】
■ タクト(ホワイト株式会社 代表取締役(兼PM)) 状況:荒野の隠れ家で再起を図る。三幹部喪失の悲劇を乗り越え、泥臭き現場の絆と共にホワイト村奪還を誓う。
■ シルフィ(社長秘書) 状況:荒野でタクトを懸命に支える。崩壊の絶望を乗り越え、社長と共に村へ帰還する日を信じ抜いている。
■ ネクロディア(魔王軍 最高技術責任者(元・ホワイト会社CDO)) 状況:成果主義による下心弟子たちの切り捨てに激怒・覚醒。レイカのシステム深層にタクトだけが起動できる『隠しバックドア』を極密裏に構築した。
■ グレイシア(魔王軍 最高財務責任者(元・ホワイト会社CFO)) 状況:レイカのもとで完璧な数理モデルとポートフォリオを構築。ぬるま湯の予算管理から解放され、プロとしての自尊心と高揚感に満たされている。
■ シオン(魔王軍 最高情報責任者(元・ホワイト会社CIO)) 状況:『世界全知監視網』で大陸全域を完全監視。『全知の影』として解き放たれた情報支配力を発揮している。
■ ザンギュラ(CSO(最高安全責任者)) 状況:一人で魔王軍を食い止め捕縛される。魔王城の牢獄に繋がれながらも、持ち前の『安全第一』で看守の魔物兵たちを感化させつつある。
■ 黒崎(見習い清掃員(元ブラックCEO)) 状況:荒野の隠れ家でタクトをサポート。元ブラックCEOとしての勝負勘を生かし、逆襲のゲリラ作戦を計画中。
■ スー(清掃局長) 状況:スライム隊を率いて荒野の隠れ家と村をつなぐ地下ルートを維持し、反撃の機会を伺っている。
■ レイカ(魔王軍 臨時最高経営責任者(元外資系金融MD)) 状況:メジャーを『性能測定器』へ魔改造し、開発現場から遅延を完全排除。成果主義による効率化を推し進めている。




