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第158話:【158日目】CSOの殿と、涙のホワイト村脱出

「キタキタキタァァァッ! 158日目のアップデート完了! 今日こそ、俺のためにポテチとゲームを運んでくれる最強の全自動ぐうたら執事をドロップして、この面倒な戦いを終わらせてやるッ!」


 魔王城の地下司令部。 ニートの息子リオンは、モニターに映し出されたホワイト村本社ビルの包囲映像に興奮しながら、クリスタルカレンダーへと飛びついた。 隣では、レイカが冷徹な笑みを浮かべ、昨日まで獲得した手回し充電器、集音器、虫眼鏡、南京錠、黒塗インク、封緘シール、防犯警笛、安全帽を直列制御コンソールへ連結させている。


「さあ、めくるぞ!」


 リオンが158日目の魔導シートを勢いよくスワイプした。


 残り207日 → 206日


 シートから溢れ出した白銀の光の中から現れたのは、学校の教室にあるような地味なフェルト製の黒板消しだった。


 SSR【魔導・黒板消し(マナ・イレイザー)】


『※黒板に書かれた魔導文字や概念的な記述を、一瞬で物理的・魔術的にきれいに拭き消す高品質な黒板消しです』


「……はあ!? 安全帽の次は、黒板消しぃぃぃ!? 掃除の時間かよッ!」


 リオンが頭を抱えて叫ぶが、レイカはその黒板消しを優雅に拾い上げ、眼鏡の奥の切れ長な瞳を妖しく輝かせた。


「ただの黒板消し? 違うわ、リオン。これは敵の残存システムに残されたアクセスログと通信回路を完全に消去する、完璧な『概念消去具(システム・イレイザー)』よ」


「え……? ログを拭き消すの?」


「ええ。この黒板消しの消去概念を、ハッキング回路に組み込むの。これにより、ホワイト株式会社が必死に保っている手動バックアップ回路とSOS通信を物理的に拭き消し、完全な沈黙へと追い込む。最終一斉清掃の完了よ」


 レイカは冷徹にスイッチを押し込んだ。


「タクト。あなたの『誰も傷つけない』ぬるま湯の楽園は、今日で完全に消去《デリート》されるわ」


 *


 同じ日の昼。ホワイト株式会社の本社ビル。


「くっ……! 本社ビルの予備魔力炉が停止! バックアップ通信もすべて切断されました!」


 社長室で、秘書シルフィが悲鳴のような声を上げた。 外からは、地鳴りのような魔王軍の行進音と、ドローン爆撃の重低音が響き渡っている。


 かつて笑顔と温かいスープで満たされていたホワイト村は、今や黒煙と赤点滅のアラートに包まれていた。 157日間かけて積み上げてきたスマートシティの楽園は、レイカの圧倒的な成果主義の前に、1日ごとに牙を剥かれ、ついに本社ビル周辺を残すのみとなっていた。


「タクト様……! 正門の第3防衛障壁が突破されました! 敵の先鋒隊が敷地内に侵入しています!」


「……そうか」


 タクトは青ざめた顔で、窓の外を見つめた。 過労死寸前のブラックIT企業から異世界へ転移し、1日1枚のカレンダーとともに創り上げてきた大切な村。 誰もが定時で帰り、温かい食事を食べ、笑顔で休める場所。 それが今、目の前で崩れ去ろうとしていた。


「俺の責任だ……。四天王の葛藤に気づけず、みんなを守り切れなかった……」


 タクトが悔しさに拳を固く握りしめ、血が滲むほど唇を噛み締めたその時――。


 ドスン、と重い足音が響き、社長室の扉が開いた。


 そこに立っていたのは、身の丈を超える巨大な大盾(タワー・シールド)を抱えた、最高安全責任者(CSO)のザンギュラだった。


「社長。……いや、タクト」


 ザンギュラの重厚な声が、混乱する室内に響いた。 その体には、昨日の第一防衛線での激闘による無数の傷と、焦げ跡が痛々しく残っている。だが、その巨大な瞳には、微かな迷いすら存在しなかった。


「ザンギュラ……! 傷がまだ癒えていないんだ、休んでくれ!」


 タクトが慌てて駆け寄ろうとしたが、ザンギュラは丸太のような腕で静かにタクトを制した。


「タクト。俺がこの会社に入った時、あんたが最初に言った言葉を覚えているか?」


「え……?」


「『安全第一だ』。……そう言ったんだよ」


 ザンギュラは不器用な笑みを浮かべ、巨大な大盾を力強く叩いた。


「かつて俺たち魔物は、強い奴が弱い奴を使い捨て、死ぬまで戦わされるのが当たり前だった。だが、あんたは違った。『怪我をするな』『無理をするな』『命より重いタスクなんて存在しない』……そう言って、俺たちに『安全』と『温かい飯』をくれた」


「ザンギュラ……」


「俺のジョブはCSO――最高安全責任者だ。社員の安全、そして社長の命を守ること以上に優先される安全タスクなんて、この世にねえんだよ」


 ザンギュラは静かに背を向け、本社ビルの大階段へと歩み出した。


「黒崎! スー! 社長とシルフィを頼む! スライムの地下水路を通って、村の外へ脱出しろ!」


「待て、ザンギュラ! 一人で何をする気だ! 死ぬ気か!?」


 タクトが叫ぶ。しかし、ザンギュラの背中は揺るがなかった。


「死にやしねえよ。俺の防衛値は世界一だ。……それに、社員を一人も死なせないのが、あんたのホワイト経営だろうがッ!」


 ザンギュラは大階段の真ん中に立ち、巨大な大盾を大理石の床へ深々と突き刺した。


「ここは俺が食い止める! 社長……必ず、生きてこの村を取り戻しに来いッ!」


「ザンギュラァァァッ!」


 タクトが叫び、駆け出そうとした瞬間、その腕を強い力で引き留める者があった。 見習い清掃員の黒崎だった。


「行くな、タクト! ザンギュラの覚悟を無駄にする気かッ!」


 元ブラックCEOの鋭い瞳には、涙が溢れていた。だが、その手はしっかりとタクトを掴んでいた。


「あいつは自分の命と誇りを懸けて、時間を稼ごうとしてるんだ! 今ここで俺たちが捕まったら、ホワイト株式会社は本当に終わりなんだぞッ!」


「ですが、黒崎さん……! ザンギュラさんを置いて逃げるなんて……!」


 シルフィも涙を流しながら叫ぶ。 だが、スー局長がスライムの体をポンポンと強く弾ませ、隠し地下水路のハッチをその体で叩いて開けてみせた。言葉こそ話さないが、「ぷるるっ!」と必死に声を上げながら水色の触手を伸ばし、抜け道へ入るよう全身のジェスチャーで訴えている。ザンギュラの思いを無駄にするなと、その身体全体で叫んでいるようだった。


「……くっ……! くそっ……!」


 タクトは涙で視界を濡らしながら、もう一度だけザンギュラの背中に向かって叫んだ。


「ザンギュラ! 絶対に死ぬな! 必ず……必ず奪還しに来る! これは社長命令だッ!」


 大階段に立つザンギュラは、背中越しに力強く拳を突き上げた。


「――了解だ、社長ッ!!」


 タクトたちは断腸の思いで、地下水路の暗闇へと飛び込んだ。


 *


 ドォォォォォンッ!!


 本社ビルの大扉が粉砕され、黒い鎧を纏った魔王軍の兵士たちと、乗っ取られたセキュリティドローンが雪崩のように流れ込んできた。


「ハハハッ! 逃げ場はないぞ、ホワイト会社の残党ども! 降伏しろッ!」


 怒号とともに迫り来る数百の敵。 その猛攻の前に、ザンギュラはたった一人で立ち塞がった。


「最高安全責任者(CSO)・ザンギュラ! ここから先は、許可なき立ち入りを一切禁止するッ!」


「ウオォォォォッ!」


 ザンギュラは大盾に全魔力を注ぎ込み、鉄壁の魔導障壁を展開した。


 ドカァァァン! バキバキバキッ!


 魔法弾、矢、槍、ドローン爆撃が容赦なくザンギュラを襲う。 大理石の床が砕け、肉が裂け、血が吹き飛ぶ。 だが、ザンギュラの一歩も退かない仁王立ちは、崩れなかった。


「なぜだ!? なぜそこまでして抗う!? たかが経営者のために命を捨てる気か!?」


 敵の将校が困惑して叫ぶ。 ザンギュラは血に染まった顔で、ニィと猛々しく笑った。


「たかが経営者……? ふざけるな……。あの男はな……俺たちに『人間らしく生きる権利』をくれた、最高のボスなんだよッ!」


 ザンギュラは仁王立ちのまま、無数の攻撃をその身一つで受け止め続けた。 10分、20分、30分――。 タクトたちが地下水路を通って村の外縁部へ完全に脱出するまでの時間を、たった一人で稼ぎ切った。


「……フッ。これで……全員、無事に逃げ切れたな……」


 膝が折れ、視界が赤く染まっていく。 満身創痍となったザンギュラの大盾が崩れ落ち、無数の魔物たちが群がった。


「捕獲しろ! レイカCEOへの手土産だ!」


 ザンギュラは拘束の鎖に繋がれながらも、血に濡れた顔を上げ、不敵に笑った。


「……タクト……頼んだぞ……」


 こうして、ホワイト株式会社の本社ビルは崩落し、楽園だったホワイト村は、魔王軍によって完全占領・支配された。


 *


 同日の夕刻。 ホワイト村から数キロ離れた、荒野の丘の上。


 地下水路を抜け出してきたタクト、シルフィ、黒崎、スーたちは、冷たい風が吹き抜ける荒野に突伏していた。


「ハァ……ハァ……っ!」


 タクトが振り向くと、遠くに見えるホワイト村は、黒い煙と魔王軍の旗によって塗り潰されていた。


「あ……ああ……」


 シルフィが膝をつき、口元を覆って泣き崩れた。 あの温かいスープの香り、笑い声に満ちた大浴場、社員たちが未来を語り合ったオフィス。そのすべてが、魔王軍の手に落ちてしまったのだ。


「……チクショウッ……!」


 黒崎が地面を力いっぱい殴りつけた。


「俺が……俺がもっと早く現場の防衛を固めていれば……!」


 タクトは静かに立ち上がり、遠く占領されたホワイト村を見つめた。 涙は乾き、その瞳には冷たくも激しい、漆黒の決意の炎が宿っていた。


「悲しむのは、ここまでだ」


「タクト様……?」


 タクトは服についた泥を払い、社員たちに向かってはっきりと告げた。


「ホワイト株式会社は、ビルが壊れたくらいじゃ倒れない。社員が生きている限り、俺たちの経営は続いている」


 タクトは握りしめた拳を、胸の上に固く当てた。


「ザンギュラを救い出し、村を取り戻す。……泥を啜ってでも、絶対に奪還するぞ!」


「……応よッ!」


 黒崎が涙を拭い、力強く叫んだ。 シルフィもスーも、溢れる涙を拭い、社長の言葉に力強く頷いた。


 荒野に吹き荒れる風の中、ホワイト株式会社の本当の反撃が、静かに産声を上げた。


(残り206日。明日は何が出る?)

【158日目時点の主要キャラクター紹介】


■ タクト(ホワイト株式会社 代表取締役(兼PM))

状況:本社陥落とホワイト村占領という最大の悲劇に直面するが、ザンギュラの犠牲と現場組の絆に支えられ、荒野で「必ず奪還する」と硬い決意を固めた。


■ シルフィ(社長秘書)

状況:本社崩壊とザンギュラ捕縛に涙を流すが、タクトの決意に応え、荒野からの再起を支えることを誓う。


■ ザンギュラ(CSO(最高安全責任者))

状況:「安全第一」の誇りを胸に、一人本社前の大階段で仁王立ちとなって魔王軍を食い止め、タクトたちの脱出時間を稼ぎ切って捕縛された。


■ 黒崎(見習い清掃員(元ブラックCEO))

状況:ザンギュラの覚悟を受け止め、絶望するタクトを引き留めて地下水路からの脱出を成功させた。


■ スー(清掃局長(スライム))

状況:スライム隊の隠し地下水路を案内し、全員を村の外へ無事に脱出させた。


■ レイカ(魔王軍 臨時最高経営責任者(元外資系金融MD))

状況:黒板消しを『概念消去具』へ魔改造し、ホワイト社のSOS通信を遮断。ホワイト村を完全占領・支配下に置いた。

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