第159話:【159日目】ネクロディア視点:解放された開発魂と、極限のアーキテクチャ
「キタキタキタァァァッ! 159日目のアップデート完了! 今日こそ、俺のためにポテチとゲームを運んでくれる最強の全自動ぐうたら執事をドロップして、この面倒な戦いを終わらせてやるッ!」
魔王城の地下司令部。 ニートの息子リオンは、成果主義のノルマで制圧されたホワイト村の監視モニターを横目で見ながら、クリスタルカレンダーへと飛びついた。 隣では、ピンストライプのスーツを完璧に着こなしたレイカが、昨日まで獲得したハッキング具や防衛ツールを並べ、冷徹な視線をカレンダーに注いでいる。
「さあ、めくるぞ!」
リオンが159日目の魔導シートを勢いよくスワイプした。
残り206日 → 205日
シートから溢れ出した白銀の光の中から現れたのは、小さな朱肉付き木柄の印鑑だった。
SSR【魔導・印鑑】
『※公式文書や契約書、システム仕様書に絶対的な承認の魔力を付与する高品質な魔導印鑑です』
「……はあ!? 黒板消しの次は、ハンコぉぉぉ!? 書類仕事でもしろってのかよッ!」
リオンが頭を抱えて叫ぶが、レイカはその印鑑を優雅に手に取り、眼鏡の奥の切れ長な瞳を冷たく光らせた。
「ただのハンコ? 違うわ、リオン。これは新デプロイする運用仕様書をシステムへ絶対命令として一秒で強制焼き付けする、完璧な『承認強制印』よ」
レイカは手元で流れるような操作を行い、ハッキングシステムに組み込んだ。
「ネクロディア。あなたの愛するシステムアーキテクチャと、この承認強制印を同期させなさい。エラー報告や例外処理などの無駄なバッファをすべて削ぎ落とし、我が魔王軍の基幹システムを極限の処理速度へと昇華させるのよ」
「……ククッ……畏まりました、レイカお姉様……!」
司令部の大型モニター前に立つ、元ホワイト株式会社最高デジタル責任者のネクロディアは、妖しい瞳を爛々と輝かせ、薄紫色の唇を吊り上げた。
*
占領されたホワイト村の本社ビル、旧開発局長室。
かつて「定時退社」を促す温かいアラートが鳴り響いていたその部屋は、今や巨大な魔導サーバーラックが壁一面を埋め尽くし、青白い魔力光とすさまじい排熱を冷却する冷気が渦巻く「極限開発室」へと変貌していた。
「素晴らしい……! ああ、なんという圧倒的な演算リソースでしょう……ッ!」
ネクロディアは、目の前に浮かぶ数百の魔法ホログラムウィンドウに狂喜の笑みを浮かべていた。
かつてホワイト株式会社にいた頃、タクト社長のもとでの開発環境も決して悪くはなかった。 しかし、タクトの基本方針は常に「安全第一」と「定時退社」。 どれほど革新的なアルゴリズムを思いついても、システムの安全率や負荷テスト、開発スタッフのメンタルヘルスや睡眠時間の確保という「制約」によって、開発スピードは意図的に抑え込まれていたのだ。
「『定時退社』という名の檻から解放された今、私の開発者魂は真の自由を得たのですぞ……!」
ネクロディアの細い指が、空中に浮かぶキーボードの上を残像が残るほどの速度で舞う。
レイカが提供した魔王軍のメインフレームは、ホワイト村の旧サーバーの百倍以上の演算能力を誇っていた。 そこには「ユーザーの安全確認」も「過負荷による自動シャットダウン」も存在しない。 ただ純粋に、与えられたタスクを100%の効率で、極限のスピードで処理することだけが求められている。
「ご覧くだされ! この限界を超えた並列処理の美しさを……! わずかコンマ数秒で大陸全域のロジスティクス計算が完了していきますぞ!」
ネクロディアの脳内に、快楽物質が奔流となって駆け巡る。
タクトのもとでは「安全バッファ」として意図的に挟まれていた0.1秒のレスポンス遅延。それがすべて削ぎ落とされ、入力したコードが即座に世界の現実を書き換えていく。
「ククッ……クハハハハッ! そうです! これこそが、私たちが求めていた技術の極致! 『極限のアーキテクチャ』ですぞッ!」
ネクロディアの叫びに応えるかのように、魔導サーバー群が重低音を響かせて駆動する。
レイカが授けた『承認強制印』により、ネクロディアが書き上げた超並列処理プログラムは、一切の例外エラーを受け付けることなく、魔王軍の全システムへと一瞬で反映されていく。
「見事だわ、ネクロディア」
通信ホログラム越しに、レイカの冷徹な賞賛の声が届く。
「あなたの構築した新アーキテクチャにより、魔王軍の軍需物資の輸送効率は従来の300%へ跳ね上がったわ。『定時退社』などという甘えを捨てたプロフェッショナルの技術……これこそが、我が魔王軍の求める成果よ」
「……感謝いたします、レイカお姉様。私の才能をここまで解き放ってくださったこと、心よりお礼申し上げますぞ!」
ネクロディアは胸に手を当て、深々と一礼した。
タクト社長の優しさは温かかった。だが、技術者としての成長欲求、極限のシステムを組み上げたいという本能を極限まで満たしてくれるのは、レイカの掲げる合理的成果主義であった。
「私は間違っていなかった……。あのぬるま湯を飛び出し、この場所へ来たことは、正しかったのですぞ……!」
ネクロディアは、圧倒的な成果と処理速度の数字が躍るモニターを見つめ、満ち足りた恍惚の笑みを浮かべた。
自分が組み上げた「完璧なコード」が、世界を支配していく。 定時も、安全制約も、過剰な優しさも存在しない、純粋な技術だけの理想郷。 ネクロディアは今、技術者としての人生で最高の充実感の中に浸っていた。
(残り205日。明日は何が出る?)
【159日目時点の主要キャラクター紹介】
■ タクト(ホワイト株式会社 代表取締役(兼PM)) 状況:ホワイト村を追われ荒野へ脱出。三幹部喪失の悲劇を乗り越え、現場組と共に村の奪還とザンギュラ救出を決意する。
■ シルフィ(社長秘書) 状況:タクトと共に荒野の隠れ家へ潜伏。悲しみを乗り越え、社長を信じて再起のサポートに全力を尽くす。
■ ネクロディア(魔王軍 最高技術責任者(元・ホワイト会社CDO)) 状況:レイカから与えられた圧倒的な演算リソースと成果主義の環境で極限の開発に没頭。技術者としての理想郷を見出したと歓喜している。
■ グレイシア(魔王軍 最高財務責任者(元・ホワイト会社CFO)) 状況:魔王軍の財務監査を担当。一分の隙もない決算を作り上げるため、レイカのもとで完璧な数理モデルの運用を開始する。
■ シオン(魔王軍 最高情報責任者(元・ホワイト会社CIO)) 状況:『世界全知監視網』で大陸全域を完全監視。『全知の影』として解き放たれた情報支配力を発揮している。
■ ザンギュラ(CSO(最高安全責任者)) 状況:一人で魔王軍を食い止め捕縛される。魔王城の牢獄に繋がれながらも、持ち前の『安全第一』で看守の魔物兵たちを感化させつつある。
■ 黒崎(見習い清掃員(元ブラックCEO)) 状況:荒野の隠れ家でタクトをサポート。元ブラックCEOとしての勝負勘を生かし、逆襲のゲリラ作戦を計画中。
■ スー(清掃局長) 状況:スライム隊を率いて荒野の隠れ家と村をつなぐ地下ルートを維持し、反撃の機会を伺っている。
■ レイカ(魔王軍 臨時最高経営責任者(元外資系金融MD)) 状況:印鑑を『承認強制印』へ魔改造し、ネクロディアの開発力をフル活用。成果主義による組織改革を急速に進めている。




