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第157話:【157日目】段階的崩壊と、迫られる決断

「よしッ! 157日目のアップデート完了だ! 昨日めくった防犯警笛のおかげでお姉様が総進撃の合図を鳴らしてくれたし、今日こそ俺のためにポテチと炭酸水を無限に運んでくる最強の自動給仕ドローンをドロップさせてやるッ!」


 157日目の朝。魔王城の「引きこもり部屋」。 ニートの息子リオンは、クリスタルカレンダーの前に立ち、興奮で鼻息を荒くしながら画面をスワイプした。 横では、ピンストライプのスーツに身を包んだレイカが、昨日までに集めたハッキング装置群――手回し充電器、集音器、虫眼鏡、南京錠、黒塗インク、シール、そして進撃警笛を完璧に配線し、冷徹な笑みを浮かべてコンソールを操作している。


「さあ、めくるぞ!」


 リオンが勢いよく画面を押し込む。


 残り208日 → 207日


 画面から放たれた淡い黄金の光。光が収まると、そこに現れたのは黄色いプラスチック製の無骨な工事用ヘルメットだった。


 SSR【魔導・安全帽(マナ・ヘルメット)】


『※落下物や衝撃から作業者の頭部を物理的・魔術的に保護し、現場での安全意識を高める高品質な魔導安全帽です』


「……はあ!? 安全帽ぉぉぉ!? なんで俺がめくると、工事現場のダサいヘルメットなんかが出るんだよッ! 俺は作業員じゃねえ、引きこもりだッ!」


 リオンが床を転げ回って不満を爆発させる。 だが、そのヘルメットを滑らかな指先で拾い上げたレイカは、眼鏡の奥の瞳を冷たく光らせ、満足げに口元を歪めた。


「ただの安全帽? 違うわ、リオン。これは兵士たちの『恐怖心』と『疲労感』の脳波を物理的に遮断し、提示されたノルマを達成するまで強制的に戦場へ突撃させる、完璧な『突撃強制帽(ノルマ・ヘルメット)』よ」


「え……? 恐怖を感じなくなるの?」


「ええ。我が社の成果主義《アップ・オア・アウト》において、兵士の躊躇や迷いはただのコスト。このヘルメットの安全保護論理を逆転させ、脳内の危機察知信号をマスク《黒塗り》するの。これで魔王軍の歩兵部隊は、どれほど苛烈な防衛線であろうと死を恐れずに突き進む『完璧な兵隊』へと変わるわ」


 レイカは冷徹にコマンドを叩き込んだ。


「さあ、ホワイト株式会社の崩壊の第2段階よ。タクト、あなたの自慢だった『快適なスマートライフ』が、今日一日でどこまで無残に瓦解していくか……特等席で見せてあげるわ」


 *


 157日目の昼下がり。ホワイト株式会社の本社周辺。


「社長! 各エリアからの障害アラートが止まりません! 大浴場の源泉加熱魔導炉が緊急停止! 居住エリアの全自動空調システムおよび、給湯ラインが完全に沈黙しました!」


 秘書室で、シルフィが青ざめた顔でホログラムモニターの赤点滅を報告する。


「原因は……!?」


 タクトが机に両手を突き、血走った目で画面を注視する。


「昨夜離脱した最高デジタル責任者(CDO)ネクロディアさんの開発者バックドアです……! システムの基幹OSに組み込まれていた『安全維持コード』が、魔王軍側からのリモートアクセスによって書き換えられました! 物理的な破壊ではなく、OSの根本から『安全基準を満たしていない』としてシステムが自己停止させられています!」


「くっ……ネクロディアの知識が、そのまま僕たちの便利さを破壊する刃になっているのか……!」


 タクトは苦しく拳を握りしめた。 それだけではない。モニターの別のウィンドウでは、最高財務責任者(CFO)グレイシアの手による資金凍結のアラートが赤く点滅していた。


「さらに、外注の魔導プログラマーや外部ギルドへの報酬支払口座が、財務ハックによって完全フリーズしました! 『未払い』を理由に、外部の保守要員が次々と撤退を開始しています!」


 そして、頭上を旋回するドローンの映像。最高情報責任者(CIO)シオンが構築した広域監視網は、今や完全に魔王軍の『世界全知監視網』にジャックされ、ホワイト村の防衛配置、避難経路、手動オペレーションの隙間まで、全てがリアルタイムでレイカの陣営へ筒抜けになっていた。


「大浴場の温もりも、快適な空調も、安定した給与保証も……僕たちがこの157日間で積み上げてきた『ホワイトな暮らし』が、1日ごとに奪われていく……!」


 タクトの背中に、冷や汗が伝う。 街からは、快適なスマートライフを失った住人たちの戸惑いと悲鳴が風に乗って聞こえてきた。


「タクト! 落ち込んでいる暇はねえぞッ!」


 ドタドタと勢いよく執務室の扉を開けて飛び込んできたのは、黄色い腕章を巻き、モップを背負った見習い清掃員の黒崎だった。


「黒崎さん……!」


「システムが止まったなら、手動で水を運び、手動で湯を沸かせばいい! スー局長のスライム隊が地下水路を使って、高齢者や子供たちの家へ温かいスープと毛布を配り歩いている! 泥臭い現場の底力を舐めるなッ!」


 清掃局長のスーも、バケツを両手に抱えて入ってくると、「ぷるるっ! ぷるぷるっ!」と力強く体を揺らした。言葉こそ話さないが、機械が止まっても自分たちが現場を支えるのだと誇らしげに胸を張っている。住人たちも『タクト様がくれた優しさは、お湯が出なくなったくらいで消えたりしない』と、手分けして薪を集め始めていた。


「みんな……」


 タクトの胸に、温かい熱がこみ上げてくる。 幹部たちが去り、スマートインフラが死に絶えても、この村で育まれた「人と人との絆」だけは、レイカのハッキングであっても破壊できていなかった。


 だが――現実の脅威は、容赦なく迫っていた。


「タクト社長ォォォッ!!」


 そこへ、全身傷だらけになった最高安全責任者(CSO)ザンギュラが、ボロボロになった大盾を引きずりながら駆け込んできた。


「ザンギュラ!? その怪我は……!」


「魔王軍の第2波だ……! 奴ら、レイカの『突撃強制帽(ノルマ・ヘルメット)』で恐怖心を完全に麻痺させてやがる! 矢が刺さろうが、魔法で焼けようが、目もくらむような怒涛の勢いで防衛線を突っ込んできやがるんだ!」


 ザンギュラが吐血しながら、悲壮な面持ちで叫んだ。


「第一防衛線は完全に破られた……! 避難誘導は黒崎たちのおかげで何とか完了したが、敵の包囲網は日没までに、この本社ビル周辺を完全に埋め尽くすぞ! 明日の朝には……この本拠地すら陥落する……!」


「そんな……!」


 シルフィが口元を覆い、絶句した。


 スマートシティの完全停止。資金の凍結。監視網の流出。そして、恐怖を忘れた魔王軍による完全包囲。 157日目の夕陽が、赤く染まったホワイト村を寂しく照らす。 かつて誰もが笑い合っていた楽園は今、明日には完全に崩壊するという絶体絶命の淵に立たされていた。


 タクトは、静かに自分の手のひらを見つめた。 (みんなを守るために……PMとして、社長として、僕はどうすればいい……!?)


 決断の時が、刻一刻と迫っていた。


(残り207日。明日は何が出る?)

【157日目時点の主要キャラクター紹介】


■ タクト(ホワイト株式会社 代表取締役(兼PM))

状況:三幹部のハックによるスマートインフラの段階的崩壊に直面。苦痛に耐えながらも、泥臭く手動で助け合う住人たちの絆に支えられ、苦渋の決断を迫られている。


■ シルフィ(社長秘書)

状況:次々と赤点滅するシステム障害アラートの処理に追われながら、タクトを懸命にサポート。迫りくる陥落の危機に悲壮な覚悟を固めている。


■ ザンギュラ(CSO(最高安全責任者))

状況:恐怖心を麻痺させた魔王軍の突撃を受け、第一防衛線で重傷を負う。本社ビルが完全包囲され、明朝の陥落が確実であることをタクトへ報告した。


■ 黒崎(見習い清掃員(元ブラックCEO))

状況:インフラが停止した村で、スーと共に手動での避難誘導と生活支援を指揮。絶望するタクトを現場の熱い魂で励まし続ける。


■ スー(清掃局長(スライム))

状況:スライム隊を率いて地下水路から住人へスープや毛布を手動配送。機械が止まっても消えない「村の温もり」を証明している。


■ レイカ(魔王軍 臨時最高経営責任者(元外資系金融MD))

状況:ドロップ品の安全帽を『突撃強制帽』へ魔改造し、兵士の恐怖心を消して総突撃を敢行。ホワイト村のスマートインフラを1日で段階的に沈黙させ、完全包囲を完了した。

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