第156話:【156日目】魔王軍の総進撃と、破られ始める第一防衛線
「行くわよ、リオン。今日がホワイト株式会社の『楽園』を解体する、最初の一手となるわ」
魔王城の最上階。 ピンストライプのスーツを完璧に着こなしたレイカが、冷徹な美貌に凄絶な笑みを浮かべていた。
その背後には、かつてホワイト株式会社の屋台骨を支えていた三幹部――最高デジタル責任者ネクロディア、最高財務責任者グレイシア、知識豊富な最高情報責任者シオンの姿がある。 三人はそれぞれの端末を抱え、どこか影のある表情で静かに控えていた。
「へっへー! お姉様がいれば百人力だぜ! さあ、今日もカレンダーをめくって、最強のアイテムを出してやる!」
ニートの息子リオンが、ニヤニヤと笑いながらクリスタルカレンダーの画面に手をかざし、一気にスワイプした。
残り209日 → 208日
眩い光の収束とともに、空間から転がり出たのは、文房具屋の防犯コーナーに置いてあるような、小さく地味なプラスチック製の笛だった。
SSR【魔導・防犯警笛】
『※防犯用の高周波アラームを吹き鳴らし、周囲の不審者を威嚇して警報を発令する、標準的な広報・防犯ツールです』
「……ぶっ! なんだよこれ! ただのピーピー鳴る防犯笛じゃねえか! こんなんでホワイト村をどうやって倒すんだよ!?」
ソファに倒れ込んで不満を爆発させるリオン。 だが、レイカはその防犯笛を滑らかな手つきで拾い上げると、冷酷な瞳で三幹部から提出されたマスターデータプロトコルと接続した。
「ただの防犯笛? 違うわ、リオン。これは敵の防衛周波数を上書きし、我が全軍に即時突撃の統制命令を叩き込む、完璧な『進撃進軍笛』よ」
レイカは冷徹に笛を構えると、魔術的な増幅回路を通して、魔王軍全土へと響き渡る高周波の進軍信号を鳴らし響かせた。
キィィィィィン――ッ!
大気を震わせる鋭い警報音が、魔王城の地下に眠る数万の魔物兵たちの網膜と聴覚へ、逃亡不可能な「成果目標」として直接インジェクションされた。
「ネクロディアが提示した結界の脆弱性データ、グレイシアが算出した外注警備の予算空白、そしてシオンが解析した防衛配置の死角……すべては繋がったわ。全軍、ホワイト村へ総進撃を開始しなさい!」
レイカの冷酷な号令とともに、成果主義のプレッシャーで武装した魔王軍の軍勢が、地響きを立ててホワイト村へ向かって進撃を開始した。
*
同じ日の午前、ホワイト株式会社の本社ビル。
「タクト社長! 東部第3エリアの物流ドローン港で通信障害が発生しました! 手動のバックアップ回線に切り替えます!」
「こちらPMO! 北部農園エリアの防衛結界出力が、前日比で四十%低下! 自動修復プログラムが応答しません!」
本社執務室は、激しい怒号とアラート音に包まれていた。 三幹部が離脱した「三重崩壊」から一夜明け、タクトたちは手書きの工程表と手動オペレーションで必死に業務を維持しようとしていた。
しかし、三幹部という「システムそのもの」を失ったダメージは、あまりにも大きかった。
「落ち着いてくれ、みんな! 手動の工程表通り、優先度の高いインフラから順にリソースを割り振るんだ! 焦るな!」
タクトは汗を拭いながら、ホワイトボードに書かれたタスクカードを必死に組み直していた。 その隣では、秘書のシルフィが涙目になりながら、各支店からの問い合わせ魔導書を必死に整理している。
「社長……! ネクロディア様やシオン様がいらっしゃった頃は、すべて全自動で最適化されていたラインが、次々と目詰まりを起こしています……!」
「わかっている……! だが、ここで俺たちが諦めたら、現場の社員たちが混乱する。泥臭くても、一つずつ潰していくんだ!」
そこへ、ドカドカと激しい足音を立てて、見習い清掃員の黒崎と清掃局長のスーが飛び込んできた。
「おいタクト! 呑気にコンソールを叩いてる場合じゃねえぞ! 村の東側の外縁部から、とんでもねえ地響きが迫ってきてやがる!」
「黒崎さん……!? 地響きって、一体――」
タクトが言葉を失ったその瞬間。
ドドドドドドドドドッ――!!
地表を揺らす凄まじい衝撃とともに、本社の窓ガラスがガタガタと激しく振動した。 つづいて、空を切り裂くような甲高き「進軍の警笛音」が、村全体に鳴り響いた。
「な、なんだこの音は……!?」
タクトたちが慌ててバルコニーへ駆け出すと、そこには信じられない光景が広がっていた。
ホワイト村を包み込んでいた美しい光の防衛結界――スマートシティOSが誇る『環境型防御』のバリアが、東部外縁部からガラスのように脆く粉々に砕け散っていく。
その割れ目から雪雪崩のように押し寄せてくるのは、黒い甲冑を身に纏い、目を赤く光らせた数千の魔王軍兵士たちだった。
「防衛結界が……破られた……!? そんな、自動修復システムは!?」
「無駄だ、タクト!」
重厚な大鎧を鳴らし、巨大な大盾を背負った最高安全責任者のザンギュラが、険しい表情でバルコニーへ駆け込んできた。
「ネクロディアが残したシステムの『裏口』を突かれた! さらにシオンの防衛データとグレイシアの資金ルート遮断によって、外部の応援結界すら起動しねえ! 敵は俺たちの弱点を完璧に把握して攻めてきてやがる!」
「お姉ちゃん……! 三人の知識を全部使って、本気でホワイト村を潰しにきたのか……!」
タクトは唇を強く噛み締め、拳を固く握りしめた。
「タクト社長、指示を! 現場の住人たちや、外縁部の農園の社員たちがパニックになっています!」
シルフィが震える声で叫ぶ。 タクトは深呼吸をし、かつて過労死寸前のPMだった頃に培った、極限状態での優先順位判断を脳内に展開した。
「全社員に通達! 戦闘ではなく、まずは『住民と社員の避難』を最優先に動いてくれ! 設備や建物は壊されても後で再建できる! 人命第一、安全第一だ!」
「了解だッ!」
ザンギュラが巨大な大盾をドスンと床に打ち鳴らし、野獣のような咆哮を上げた。
「ここは俺の担当区域だ! 社員の安全を守るのが、CSOたる俺の仕事だ! 現場の戦闘要員を集めて、第一防衛線で奴らの足を止める!」
「ザンギュラさん、無理はしないでください!」
「ハッ、無理をするのが現場の責任者の仕事だろうが! 黒崎、スー! お前たちはタクト社長とシルフィについて、住民の避難誘導を仕切れ!」
「任せとけ、ザンギュラ! 死ぬんじゃねえぞ!」
黒崎が叫び、ザンギュラは大盾を掲げて怒涛の勢いで階段を駆け下りていった。
*
ホワイト村・東部外縁エリア。
かつて穏やかな風が吹き抜け、綺麗な作物が実っていた農園地帯は、いまや黒い煙と魔王軍の怒号に包まれていた。
「進めぇぇぇ! 成果を出せ! ノルマを達成できぬ者は即時解雇だぞッ!」
魔王軍の幹部兵が『進撃進軍笛』を吹き鳴らし、成果主義のプレッシャーで恐怖を麻痺させた兵士たちを次々と前線へ投入してくる。
「ぬおおおおおおッ! ここから先は、一歩も通さんッ!」
第一防衛線の最前線。 ザンギュラは全魔力を巨大な大盾に込め、押し寄せる魔物の波を力任せに押し返していた。
「安全第一! 安全第一だッ! 社員の平和な暮らしを、お前たちのような血も涙もないノルマ主義に踏みにじらせてまるかぁぁぁッ!」
ドガァァァァンッ!!
ザンギュラの放つ衝撃波が魔物たちの第一波を吹き飛ばす。 しかし、後ろからは絶え間なく第二波、第三波が押し寄せてくる。さらに上空からは、ネクロディアのハックによって制御を奪われた元・ホワイト会社の物流ドローンが、爆撃のように攻撃を加えてくる。
「くっ……! システムが完全に敵に回ってやがる……! だが……!」
ザンギュラは脚から血を流しながらも、大地に深く足を踏み込み、仁王立ちで立ち塞がり続けた。
「タクト社長……早く住民たちを安全な場所へ……! 俺がここに立っている限り、一人たりとも本社には行かせねえ……ッ!」
しかし、どれほどザンギュラが奮闘しようとも、三幹部のデータを完備したレイカの冷徹な侵略は止まらない。 第一防衛線は徐々に削り取られ、ホワイト村の外縁部は次々と魔王軍の手に落ちていく。
かつて誰もが笑顔で暮らしていた「楽園」が、静かに、そして確実に崩壊の歩みを進めていた。
(残り208日。明日は何が出る?)
【156日目時点の主要キャラクター紹介】
■ タクト(ホワイト株式会社 代表取締役(兼PM))
状況:三重崩壊の直後、魔王軍の総進撃に直面。三幹部の知識を突いた完璧な攻勢に対し、「人命優先・安全第一」を掲げて住民の避難指揮を執る。
■ シルフィ(社長秘書)
状況:手動オペレーションで混乱する本社でタクトを必死にサポート。破れていく防衛線に恐怖しながらも、秘書としての職務を全うしようとする。
■ ザンギュラ(CSO(最高安全責任者))
状況:第一防衛線の最前線に立ちはだかり、大盾一つで魔王軍の第一波を食い止める。「安全第一」の誇りを胸に、身を粉にして現場を守り続ける。
■ 黒崎(見習い清掃員)
状況:現場の混沌の中、かつてのブラックCEOとしての場踏みと冷静な判断力で、スーと共に住民の避難誘導を迅速に指揮する。
■ レイカ(魔王軍 臨時最高経営責任者(元外資系金融MD))
状況:ドロップ品の防犯警笛を『進撃進軍笛』へ魔改造。引き抜いた三幹部のデータを完璧に駆使し、ホワイト村への総進撃を冷徹に指揮する。




