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第151話:【151日目】全知の魔鏡と、悪魔の仕様書『データ・ドミナンス』

「キタキタキタァァァッ! 151日目のアップデート完了! 今日こそ、俺のためにポテチとゲームを運んでくれる最強の全自動ぐうたら執事をドロップしてやるッ!」


 魔王城の薄暗い「引きこもり部屋」。


 ニートの息子リオンは、朝カレンダーのシステムロックが解除されるやいなや、ソファからクリスタルカレンダーへと飛びついた。


 隣では、ピンストライプのスーツを完璧に着こなしたレイカが、昨日ドロップした『魔導・盗聴集音器(マナ・レシーバー)』と魔改造コンソールを調整しながら、冷徹な視線をカレンダーに注いでいる。


「さあ、めくるぞ!」


 リオンが興奮に目を血走らせ、151日目の魔導シートを勢いよくスワイプした。


 残り214日 → 213日


 シートから溢れ出した白銀の光。リオンは「執事! 今度こそ執事来い!」と祈りながら光の収束を見守った。


 しかし、光の霧が晴れた後に床に転がっていたのは、執事の影形すらなく、子供の文房具セットに入っているような、黒いプラスチック枠の小さな虫眼鏡だった。


 SSR【魔導・虫眼鏡(マジック・グラス)】


『※あらゆる物質や魔力回路のミクロな構造、隠された微細な歪みを拡大・視覚化する、ごくありふれた鑑定用の虫眼鏡です』


「……はあ!? 盗聴器の次は、ただの虫眼鏡かよ! なんで俺がめくると、こんな理科の実験セットみたいなガラクタばかり出るんだよッ!」


 リオンが頭を抱えてソファの上でジタバタと暴れる。


 だが、その虫眼鏡を滑らかな手つきで拾い上げたレイカは、眼鏡のブリッジを軽く押し上げ、酷薄に微笑んだ。


「ただの虫眼鏡? 違うわ、リオン。これは相手の暗号化プロトコルのバックドアを一瞬で炙り出す、完璧な『概念解析レンズ(バックドア・スキャン)』よ」


「え……? 虫眼鏡がハッキングレンズになるの?」


「ええ。このレンズの拡大アロケーションを、昨日までの集音器と財務攻撃盤の回路に組み込むの。これにより、ホワイト株式会社のセキュアな暗号化通信の隙間(バックドア)を光学的に可視化し、アクセスポートを完全に固定・秘匿するわ。完璧なハッキング基盤の完了よ」


 レイカは冷徹にコンソールを操作し、手回し充電器、集音器、そして虫眼鏡を直列で接続した。


 一瞬にして、ホワイト株式会社の情報管理室へ続く、不可視のハッキングバイパスが100%の精度で固定された。


「合理的成果主義(アップ・オア・アウト)の第四段階ね。ネクロディアという『開発』、グレイシアという『財務』を失い、完全にパニックを起こしているホワイト株式会社。その最後の目であり耳である最高情報責任者(CIO)、シオン。彼女の『情報屋としての本能』に、この完璧な全知のアーキテクチャを刻み込んであげるわ」


 冷徹なビジネスの怪物の瞳に、不吉な勝利の光が深く明滅していた。


 *


 同じ日の午後。ホワイト株式会社の本社ビル。


「……ハァ」


 最高情報責任者(CIO)のシオンは、情報管理室のホログラムコンソールに囲まれ、不眠不休でキーボードを叩き続けていた。


 室内に明滅するのは、無数の警告アラート。


 一昨日のCDOネクロディアの離反によるシステムダウン、そして昨日のCFOグレイシアの離反による外注費口座と予備費の承認フリーズ。


 開発と財務という巨大な二大主柱を同時に失ったホワイト株式会社のパニックは、いまやピークに達していた。


「……各支店からの問い合わせログ、3,400件。システムエラー報告、8,200件。……全て、私が処理しますの」


 シオンの涼しげな額から、大粒の冷や汗が伝い落ちる。


 彼女のパッシブスキルや元暗殺者としての高い処理能力をもってしても、二幹部を失った穴を一人で埋めるのは、物理的な限界を超えつつあった。


「タクト様は……今、絶望の淵にいらっしゃいますの。私が……私がこの情報を全てソートし、会社を守らなければ……っ!」


 シオンは、自分を「刺客(暗殺者)」という泥沼から救い出し、温かい光の世界と役割を与えてくれたタクトへの深い恩義を感じていた。


 だからこそ、倒れそうな身体に鞭を打ち、画面から溢れ出るパニックログを一人で処理し続けていたのだ。


 その時だった。


 シオンの網膜UIに、突如として不可視の青いノイズが走り、スマートシティOSのセキュリティを完全にバイパスした、極めて緻密な通信プロトコルが直接滑り込んできた。


『頑張っているわね、最高情報責任者シオン。けれど、あなたのその必死な努力は、穴の開いたバケツで海水を汲み出しているようなものよ』


「……っ!? この通信は……魔王軍臨時CEO、レイカ……!」


 シオンの瞳が暗殺者の冷酷な光を放ち、即座にハッキング回線の遮断コードを打ち込もうとした。


 しかし、レイカの冷徹な声は、シオンの指先よりも早く、彼女の脳内UIへ極秘の仕様書データをダイレクトに展開した。


『無駄な抵抗はやめなさい。私があなたに見せたいのは、ハッキングではなく「真実」よ。……見てみなさい、これが私の設計した、魔王軍の隠密ネットワークと外資メガバンクの金融インフラを完全統合した、極秘のシステム仕様書よ』


 シオンの網膜に展開されたのは、見たこともない壮大で神々しいシステムアーキテクチャだった。


【世界全知監視網(データ・ドミナンス)】


 そこには、世界中の全国家、全企業、全個人の資金移動、物流ログ、行動パターン、さらには感情の波長変化までを、ミリ秒単位でリアルタイムで完全監視・予測する、究極の「全知」の監視アーキテクチャが記述されていた。


「これ、は……!? 世界中の……すべてのログを、リアルタイムで一元監視するシステム……!?」


 シオンの呼吸が止まった。


 元暗殺者であり、影から情報を収集することに人生を捧げてきた「情報屋」としての本能が、その神々しいまでの全知のアーキテクチャに、強烈な衝撃を受けたのだ。


『そうよ。一企業の小さな監視ドローンを飛ばして満足しているの? あなたのその高いスペックと「情報屋としての魂」は、世界のすべてを見通し、未曾有の危機を事前に察知・コントロールする『全知の影』になりたいと、叫んでいるはずよ』


「く……っ! 私は……私はタクト様の情報屋ですの! そんな危険な監視網など……!」


『タクト? ふふ……哀れね、シオン。タクトがあなたに与えたのは、光ではなく「優しい目隠し」よ。彼は「プライバシー保護」や「社員の安心」という甘ったるいお題目で、あなたに『見たい情報しか見せない檻』を強いているわ。……あなたは一生、そのぬるま湯の檻の中で、小さなログのゴミ拾いをして満足する気?』


 レイカの冷酷な、しかし真実を突く言葉が、シオンの心の奥底に封印されていた「全知への欲求」を、鋭く、深く抉るのだった。


(残り213日。明日は何が出る?)

【人物紹介】


■ タクト(代表取締役兼PM)

状況:ネクロディアとグレイシアの二重離反に激しく落ち込みながらも、会社の再建に向けて必死に前を向こうとしている。しかし、シオンに迫る「全知の誘惑」にはまだ気づいていない。


■ シルフィ(社長秘書)

状況:二幹部離脱によるパニックの一次対応に追われつつ、悲しみに暮れるタクトを健気に支えている。


■ シオン(CIO)

状況:パニックログを一人で処理する中、レイカから提示された『世界全知監視網』の美しさと、「優しい目隠し」という指摘に、情報屋としての本能が激しく揺らぎ始めている。


■ リオン(魔王の息子/共同経営者)

状況:151日目の朝に「虫眼鏡」を獲得。お姉様の手でそれがバックドアスキャナーへと魔改造され、シオンへの直接ハッキングが成功したことに大興奮している。


■ レイカ(魔王軍 臨時最高経営責任者)

状況:虫眼鏡をハッキングレンズへ魔改造。CIOシオンに対し『世界全知監視網』の仕様書を提示し、「見やすい檻(プライバシー保護)」の脆さを突いて精神的攻略を進めている。

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