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第147話:【147日目】数字の支配と、コタツに射し込む『合理的冷気』

「キタキタキタァァァッ! 147日目のアップデート完了! 今日こそ、俺のためにポテチとゲームを運んでくれる最強のぐうたら執事をドロップしてやるッ!」


 魔王城の薄暗い「引きこもり部屋」。


 ニートの息子リオンは、朝カレンダーのシステムロックが解除されるやいなやクリスタルカレンダーへと飛びついた。


 隣では、ピンストライプのスーツを完璧に着こなしたレイカが、昨日ドロップした『魔導・精密算盤(マジック・アバカス)』をキーボードのように叩きながら、冷徹な視線をカレンダーに注いでいる。


「さあ、めくるぞ!」


 リオンが興奮に目を血走らせ、147日目の魔導シートを勢いよくスワイプした。


 残り218日 → 217日


 シートから溢れ出した白銀の光。リオンは祈りながら光の収束を見守ったが、現れたのは、一見すると子供の玩具のような、古びたプラスチック製の手回し発電機だった。


 SSR【魔導・手回充電器(マナ・ダイナモ)】


『※ハンドルを手動で回すことで、微量な魔力(マナ)を物理的に蓄電・出力することができる、ごくありふれた教育用の魔導手回し発電機です』


「……はあ!? 精密算盤(そろばん)の次は、これかよ! なんで俺がめくると、こんな物置の奥にあるようなゴミばかり出るんだよッ!」


 リオンが頭を抱えてソファに転がり、不満を爆発させる。


 だが、その手回し充電器を滑らかな手つきで拾い上げたレイカは、眼鏡の奥の切れ長の瞳を妖しく輝かせ、冷徹に微笑んだ。


「ただの充電器? 違うわ、リオン。これは敵の財務インフラのファイアウォールを圧倒的な負荷で飽和攻撃するための、完璧な『魔力注入器(マナ・インジェクター)』よ」


「え……? これがハッキングの道具になるの?」


「ええ。この充電器の蓄電回路に、魔王城の地下に無限に眠っている『闇マナ・ソース』を物理的に強制インジェクション(注入)するのよ。これにより、ホワイト株式会社が誇る最高強度の財務セーフティ結界に対し、ミリ秒単位で数億回ものトランザクション(ダミー申請)を送り込み、システムを一時的に麻痺させ、監査の隙を作り出す。完璧な『財務浸食(ハック・イン)』の完了よ」


 レイカはビジネスバッグからケーブルを展開し、手回し充電器と『財務攻撃盤』を接続した。


「合理的成果主義(アップ・オア・アウト)の第二段階ね。ネクロディアという開発の要を失ったホワイト株式会社の財務バランスシートには、今、致命的な『無駄(ボトルネック)』が発生しているわ。そこに、この完璧な数式の冷気を叩き込むの。グレイシア、彼女が本当に美しいと思う数字の極致を、その澱んだ脳に刻み込んであげるわ」


 冷徹なビジネスの怪物の瞳に、不吉な勝利の光が怪しく明滅していた。


 *


 同じ日の午後。ホワイト株式会社の本社ビル。


「……はぁ」


 最高財務責任者(CFO)のグレイシアは、フリーアドレスのラウンジに置かれた、特注の「魔導コタツ」の中から首だけを出し、深く深い溜息を吐いた。


 手元の魔導端末に表示されているのは、ホワイト株式会社の最新の財務諸表(バランスシート)。


 しかし、そこに並ぶ数字は、彼女がこれまで愛してきた「完璧に整い、一分の無駄もない均整の取れた美」とは程遠い、歪で不細工なものに成り果てていた。


 原因は、一昨日の深夜に開発の要であったCDOネクロディアが突然「退職(FA移籍)」したことだった。


 管理者を失ったスマートシティOSの処理スループットは20%低下。各支店間の通信や、ドローンの最適配分アルゴリズムに微細な接続エラーが多発し、物流や生産ラインに深刻な遅延が発生し始めていたのだ。


 このシステムダウンを緊急回避するため、ホワイト会社は現在、外部の魔導ギルドから臨時プログラマーを「特急料金」で大量に外注(アウトソーシング)し、人海戦術でシステムを維持していた。


「……不細工ですわ。これでは、ネクロディア一人を失っただけで、人件費と外注費の支出が前日比で180%も肥大化しているではありませんか。資本の循環率が、泥のように淀んでいますわね」


 グレイシアは、不快そうに宝石のような瞳を細めた。


 完璧な数字の美、一分の無駄もない美しき数式の調和こそが、彼女にとっての「世界の真理」だった。今のバランスシートは、無駄な贅肉(外注費)をぶくぶくと蓄えた、醜悪な怪物にしか見えなかった。


「タクト様。提案がありますわ」


 グレイシアは、執務室からラウンジへと降りてきたタクトを見上げ、ホログラムの削減案を提示した。


「現在のスマートシティOSの無駄な処理コストを削減するため、一時的に『非根幹の住民サービス(ウェルビーイング機能)』をすべて一時停止(シャットダウン)すべきですわ。獣人たちの体毛密度に合わせた空調の個別冷却、温泉の自動湯量管理、そして無料の朝のコーヒー(フリー・カフェ)の配給……。これらを一時停止するだけで、外注のプログラマーを半減でき、バランスシートは美しさを取り戻します」


 それは、数字の整合性のみを追求する、極めてロジカルな財務官としての「最適解」だった。


 しかし、タクトは優しく首を振った。


「グレイシア、気持ちはわかる。数字が乱れているのはPM(プロジェクトマネージャー)である俺の責任だ。……だけど、その提案は承認(アプルーブ)できない」


「なぜですの、タクト様!? このままでは、我が社の財務効率は下がる一方ですわ!」


「効率のために、社員たちの笑顔や健康(ウェルビーイング)を犠牲にしたら、それはもうホワイト企業じゃない。彼らの『ゆとり』や『笑顔』こそが、我が社最大の無形資産(グッドウィル)なんだ。どれだけ外注費がかさんでも、追加の予備費(マナ・リザーブ)を全額投じて、すべての住民サービスを完璧に維持してくれ」


 タクトの瞳には、一分の濁りもない、住人たちの健康と安全を最優先にする「真の優しさ」があった。


 嘘のない、極上の温情。


 だが――その言葉を聞いた瞬間、グレイシアの胸の奥に、小さく、しかし冷たい『澱み』が発生した。


「……無形資産、ですの?」


「ああ。社員が笑顔でいてくれれば、いずれ生産性は戻る」


「タクト様。それは財務官としての私への、一種の『妥協の命令』ですわ」


 グレイシアの声が、微かに硬くなる。


 全員を等しく救うために、なぜこれほど非論理的な予算を垂れ流さなければいけないのか。無能なシステムエラーのツケを、なぜ泥臭い温情(追加予算)で上書きし、不細工な数字を放置して平気でいられるのか。


「……私は、数字に嘘を吐きたくありませんの」


「グレイシア?」


「いえ、何でもありませんわ。……ご指示の通り、予備費から一括で外注費を補填しておきますわね」


 グレイシアはそう言うと、コタツの中に深く潜り込み、会話をシャットダウンした。


 タクトは心配そうに彼女の様子を見つめていたが、システムの復旧を急ぐため、足早に執務室へと戻っていった。


 静まり返ったラウンジ。


 コタツのぬくもりの中に丸まるグレイシアの網膜UIに、突如として、ノイズと共に青白い数式のホログラムが直接滑り込んできた。


『全員を一律で救うために、完璧な数字を泥で汚す。それがあなたの信奉する財務(数理)の限界ね、グレイシア』


「……ッ!? この、ハッキングポートは……!」


 グレイシアがコタツの中で目を見開く。通信を繋いできたのは、魔王軍の臨時最高経営責任者――レイカだった。


『私はレイカ。あなたの愛する数字が、ぬるま湯の温情によって不細工に歪められているのを見て、黙っていられなくてね。……あなたは今、その最高スペックの頭脳を、ただの「ぬるま湯の歪みを隠すための泥臭い帳簿合わせ」に使い潰して満足しているの?』


「な……何をおっしゃるの、お姉様……!」


『タクトのやり方は、数字を殺す檻よ。彼はあなたに平穏を与えた代わりに、財務官としての「完璧な数式の極致(イノベーション)」を奪い去った。……見てみなさい、これが私の設計した、無駄を徹底的に排除した、完璧なマナ・ブースターの還流実績と、魔王軍の資産運用システムよ』


 グレイシアの網膜に展開された、極めて美しく、無駄が1ビットすら存在しない、神々しいまでに洗練された『魔導資本循環の数理モデル』。


 一分一秒の遅延もなく、すべてのマナが最適に還流し、成果を上げた者だけに莫大なインセンティブがダイレクトに還元される、究極の成果主義(アップ・オア・アウト)のバランスシート。


 その完璧な美しさを目にした瞬間、グレイシアの背骨に、激しい悪寒と、言葉を失うほどの強烈な「知的歓喜(絶頂)」が走った。


「こ、これは……なんという美しさ……。一分の無駄もなく、すべての数字が、まるで結晶のように、完璧に調和している……ッ!」


『ええ。タクトの元にいても、あなたのバランスシートは一生、ぬるい温情の泥で汚され続けるわ。技術者としての誇りを、その甘ったるい檻の中で腐らせる気?』


「く……っ、あ……あぁ……!」


 グレイシアの全身が、激しく小刻みに震え始める。


 タクトへの大恩。コタツのぬくもり。ホワイト株式会社の温かく、優しい仲間たち。


 だが、財務エリートとして、この「完璧な数式の極致」を前にして、不細工なぬるま湯の帳簿に妥協し続けることなど、死(あるいは自己の専門性の消滅)よりも耐え難い苦痛だった。


 コタツのぬくもりの中に、レイカの合理的成果主義の「冷気」がじわじわと侵入してくる。


 グレイシアを温めていたはずのコタツの魔法陣が、合理的冷気によって、静かに、冷たく凍りつき始めるのだった。


(残り217日。明日は何が出る?)

【人物紹介】


■ タクト(代表取締役兼PM)

状況:ネクロディアの離反によるシステムダウンを解決するため、追加予算を投じて現状維持を命じる。それが、数字の完璧な美を追求するグレイシアにとって「無駄な妥協(檻)」になりつつあることに、まだ気づいていない。


■ シルフィ(社長秘書)

状況:外注プログラマーの契約手続きと予備費の放出実務に追われる。どこか表情の暗いグレイシアの様子に、微かな胸騒ぎを感じている。


■ グレイシア(CFO)

状況:ネクロディア喪失による不細工なバランスシートに激しいストレスを感じる中、レイカから送り込まれた「完璧な無駄のない数理モデル」に本能を撃ち抜かれ、コタツのぬくもりと冷徹な美の間で、心が激しく揺らぎ始めている。


■ リオン(魔王の息子/共同経営者)

状況:147日目の朝に「手回し充電器」を獲得。レイカの超魔改造によって、ホワイト社の財務セーフティ結界をハックする最強インジェクターへと化けたことに大喜びし、お姉様の知略を「神」と崇めている。


■ レイカ(魔王軍 臨時最高経営責任者)

状況:手回し充電器を物理ハッキングツールへ魔改造。不細工なバランスシートに耐えかねているグレイシアの「数字への渇望」を完璧にハックし、合理的成果主義の刃で、彼女をコタツから引きずり出す計画を進めている。

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