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第142話:【142日目】自己増殖する鉄壁と、届いた侵略のアラート

「……何だ、この異常な市場侵略(テイクオーバー)は」


 142日目の朝、ホワイト株式会社の本社ビル。代表取締役執務室のデスクで、俺――タクトは、手元の魔導端末に表示される周辺市場のシェアグラフを見て、凍りつくような衝撃を覚えていた。


 我が社が完全週休二日と充実した福利厚生、そして徹底的な安全管理によって100%のホワイト化を成し遂げた完璧なはずの経済圏。その外縁部が、昨日からわずか一日のうちに、恐るべきスピードで黒く塗り潰されていたのだ。


 原因は、魔王軍が市場に投入(デプロイ)した『限界突破炭酸(マナ・ブースター)』という謎のエナジードリンクだった。俺は、偵察隊が何とか手に入れてきた、その実物の缶をデスクの上に置いた。


 無駄を極限まで削ぎ落とした、洗練された漆黒のアルミ缶。そこには、我が社のシンボルである「白い盾」を皮肉るように白黒反転させた、「黒い盾」のスマートなブランドロゴがデザインされていた。


「この、一切の無駄を排除し、他組織のインフラの脆弱性をピンポイントで突いてくる冷徹な資本の論理……。それに、このロゴマークの異次元の美しさは……」


 額から、冷たい汗が伝う。人を物として使い潰し、そのマナを全自動で回収する最悪の還流構造(スキーム)。この、息の根を止めに来るような「強者のビジネス」の匂いを、俺は前世の過酷な戦場で嫌というほど知っていた。


「まさか……お姉ちゃん、なのか……!?」


 俺の脳裏に、前世のビジネス界で自分を何度も完璧にひれ伏せさせた、あの実の姉レイカの姿が強く浮かび上がっていた。


 同じ頃、魔王城の薄暗い引きこもり部屋。


「キタキタァァァッ! 142日目の朝! 今日こそ、俺のためにポテチとゲームを運んでくれる最強のぐうたら執事をドロップしてやるぞッ!」


 リオンは、カレンダーが青い輝きを取り戻した瞬間、142日目の魔導シートを勢いよくスワイプした。


 残り223日 → 222日


 シートから弾け飛んだ白銀の粒子。光の霧が晴れた後、ソファの上に転がっていたのは、小さな、子供用のプラスチック製のブロックだった。


 SSR【玩具のブロック(トイ・ブロック)】


『※様々な形状に自由に組み合わせることができる、何のエフェクトもないごくありふれた子供用のブロック玩具です』


「……はぁ!? おもちゃのブロックぅぅぅ!? 炭酸水の次は、子供のおもちゃかよ! なんで俺がめくると、こんなゴミしか出ないんだッ!」


 リオンが再び絶望して床を転げ回る。


 しかし、そのブロックを拾い上げたレイカは、眼鏡のブリッジを軽く押し上げ、冷たく微笑んだ。


「おもちゃのブロック? 違うわ、リオン。これは完璧な『環境型防御(セキュリティ)』のアセットよ」


「お、おもちゃが防衛になるの……?」


「ええ。このブロックに、魔王軍の自動防衛陣を組み込んで、境界線に配置(デプロイ)しなさい。おもちゃの大きさと形状ゆえに、敵のスキャンにはただの雑草や障害物としか検知されない。けれど――」


 レイカは冷徹に、ブロックの構造を仮想展開した。


「侵入者が防衛ラインを越えた瞬間、空間を埋め尽くす鉄壁の防護壁として自己増殖(セルラー)するわ。侵入検知システム(IDS)を組み合わせた、超強固な防衛ブロックの完成よ。ホワイト株式会社の偵察ドローンや、生温い視察部隊は、これで一歩もこの魔王城に近づけなくなるわ」


「す、すげえ……! おもちゃのブロックが、一瞬で鉄壁のハッキング防御壁に……!」


「合理的成果主義(アップ・オア・アウト)の真髄を見せてあげるわ。甘ったるいホワイト株式会社は、人を甘やかす檻。私たちは、徹底的に市場を支配する最強の駆動論理を回し続けるのよ」


 レイカの眼鏡の奥で、冷徹な勝利の光が怪しく明滅していた。


 夕暮れ時。ホワイト株式会社の本社。


 静まり返った代表取締役執務室に、けたたましいアラートが鳴り響いた。


「タクト様! 第二の警戒網遮断(システムエラー)を検知しました!」


 シルフィが、青ざめた顔で絶叫する。


「エリア・ダークの周辺に飛ばしていた、我が社の最新鋭の偵察ドローンと警戒部隊が、何もない空間から突如出現した『自己増殖型の防衛ブロック』に阻まれ、すべての情報網をシャットアウトされました! 現在、魔王城の様子が一切スキャンできません!」


「自己増殖型の、防衛ブロック……!?」


 俺は手元の端末を凝視した。ドローンが最後に捉えた映像。そこには、完璧な幾何学的な立方体が、バグのように空間を埋め尽くして壁を形成していく、驚異的な防衛システムが映し出されていた。


 市場を塗り潰す『限界突破炭酸』。そして、情報網を完璧に塞ぐ『自己増殖型防衛ブロック』。これらが、わずかこの二日の間に完璧な連動性(シナジー)を持って配置(デプロイ)された。


 これほど一切の無駄を排除した、完璧にして容赦のない「強者のビジネス」。


「お姉ちゃん……。やっぱり、お姉ちゃんが、魔王軍の裏にいるんだな……!」


 確信が、冷たい戦慄となって俺の全身を突き抜けた。俺の手から、温かいコーヒーカップが滑り落ち、床に鋭い音を立てて粉々に砕け散った。


 ホワイト株式会社が初めて直面する、これまでの敵とは一線を画す、合理的成果主義の最大の怪物の影。


(残り222日。明日は何が出る?)

【人物紹介】


■ タクト(代表取締役兼PM)

状況:周辺の完全ホワイト化を達成した矢先、魔王軍の『限界突破炭酸』による市場侵食と、謎の『自己増殖型防衛ブロック』による情報遮断(ダブルインシデント)を検知。その完璧なビジネススキームから、前世の最大のトラウマである姉「レイカ」の降臨を確信し、戦慄している。


■ シルフィ(社長秘書)

状況:突如発生した、市場シェアの急落とドローンの全滅というダブルインシデントの対応に奔走。動揺するタクトを必死に支えようと、気丈に振る舞っている。


■ グレイシア(CFO)

状況:魔王軍が市場に放った『限界突破炭酸』の完璧な還流構造(スキーム)を分析中。「完全に我が社の財務の隙をピンポイントで突いてきていますわ……」と、コタツの中で本気の警戒態勢に入っている。


■ リオン(魔王の息子/共同経営者)

状況:142日目の朝に「おもちゃのブロック」を引き当てるが、レイカのコンサルと超魔改造によって最強の防衛ブロックへと変貌したことに感動。不労所得の甘い夢に浸りつつ、お姉様に忠誠を誓っている。


■ レイカ(魔王軍 臨時最高経営責任者)

状況:タクトの実の姉(元外資系金融MD)。142日目のドロップ『玩具のブロック』を、侵入者を自動検知して自己増殖する『自己増殖型防衛ブロック』へと魔改造。ホワイト株式会社の市場と偵察網を完璧に侵食し、タクトを精神的に追い詰める冷徹無比なビジネスの怪物。

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