第132話:【132日目】不条理な関所と、超空間物流のDX
幹部たちへの引き抜き工作を完璧な不発に終わらせ、組織の結束力を改めて証明した131日目から一夜明けた、132日目の朝。
ホワイト株式会社の本社ビル。代表取締役執務室から見える景色は、今日も変わらず平穏で、スマートシティOSの快適な管理下で活気に満ち溢れていた。
「……表の引き抜き工作でも傷一つつけられず、もはや後がないといった様子だな」
俺――タクトは、手元の魔導端末に流れる、聖王国の最新のニュースを眺めながらコーヒーを口に含んだ。
ブラックギルド連合は、人材の強奪に失敗したことで、内部の焦りが頂点に達している。彼らが次にとるべき行動は、経済的な実力行使――すなわち、物理的な嫌がらせだ。
案の定、最高情報責任者のシオンが、静かに執務室に入ってきて立体ホログラムを展開した。
「タクト様。先ほど、隣町ログウッドを含む、我が社の物流網の遮断を狙った、新たな不当行為が検知されました」
「……物流の遮断? 奴ら、何をしてきた?」
「聖王国の直轄領とログウッドを繋ぐ主要街道に、臨時の関税徴収所が設置されました。我が社へ原材料を運ぶ行商人や、ドローン配送ルートに対し、これまでの10倍に及ぶ不当な関税を課し始めています」
シオンの指し示すマップには、ログウッドの境界に置かれた「黒い関所」のシンボルが点滅していた。
「通行料を払わなければ、原材料の没収、あるいは数週間に及ぶ留置留めを行うとのことです。これにより、我が社の調達スケジュールに、微小な遅延が発生し始めています」
「なるほど。武力で勝てず、人材も奪えず、今度は『物理的な壁』で通り道を塞ぎ、兵糧攻めを狙ってきたわけか」
俺は静かに立ち上がり、窓の外を見つめた。前世のブラックな取引先もよくやっていた。価格交渉で勝てないと分かった瞬間に、嫌がらせのように納期を引き延ばしたり、手続きを煩雑にして嫌がらせをしてくるような、浅ましい手口だ。
「だが、物理的な距離に縛られていると思っている時点で、彼らの思考は古いシステムだ。俺はすでに、その先を見据えている」
俺はリビングに置かれた、進化したクリスタルUIが光る日めくりカレンダーの前に立った。指先を滑らかに滑らせ、残り「233日」の魔導シートをゆっくりとめくる。
「残り233日」から「残り232日」へ。
シートから弾け飛んだ白銀の粒子が、部屋の空気を心地よく震わせながら収束し、代表取締役執務室の中央に、二対の美しい金属製のフレームワークへと実体化した。
それは、青い魔導ルーンが刻まれた、二つの自立型アーチ状ゲートだった。
SSR【超空間物流門】
『※一対のゲート間において、物理的な距離を完全に無視し、物質や原材料を瞬時に転送する、空間湾曲型の超高性能物流インフラ。魔力消費を最小限に抑えたエコ設計で、既存のネットワークにアドオン可能です』
「キタ……! これこそ、物理的な関所を『無効化』する、物流DXの極致だ」
俺は即座に、最高デジタル責任者のネクロディアと、建築リーダーのガルドを招集した。
「ガルド、ログウッド支店の資材倉庫へ急行し、この物流門の片方を設置しろ。本社の資材ヤードに設置したもう片方と完全同期させる」
「おう! 空間を繋げる門か! これがあれば、あのクソ汚い関所を通る必要すらなくなるな!」
ガルドが分厚い胸を叩き、ゲートの片方を抱えて魔導キャンピングカーへと飛び乗った。
「ネクロディア、門の転送魔力制御プロトコルをスマートシティOSに統合してくれ」
「カタカタ……! 承知しました! 物理的な移動コストをゼロにする、究極の最適化コードですね! 腕が鳴りますぞ!」
数時間後、ログウッド支店のガルドから「設置完了」のインカムが入った。
ピキィィィン……!
本社とログウッド支店のゲートが、同時に淡いブルーの魔力膜を張り巡らせ、完全に接続された。俺が試しに、手元のリンゴを本社のゲートに放り込むと、一瞬のラグもなくログウッドのガルドの手元へとリンゴが転移した。
「実験成功だな。これで、ログウッドからの原材料はすべて、関所を介さず『瞬時』に本社へと搬入される」
その頃、ログウッドの境界に新設された「黒い関所」。
ブラックギルド連合から派遣された役人たちが、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべながら、街道を塞いでいた。
「ハハハ! これでホワイト株式会社も干上がるぞ! 原材料が届かなければ、自慢の生産ラインも停止する!」
「通行したければ、積載物の価値の9割を関税として置いていけ!」
彼らの前に、何台ものホワイト株式会社の自動ドローンが飛来してきた。役人たちは「ひっかかったぞ!」と大喜びで網を構えた。
しかし、ドローンたちは関所の手前、ログウッド支店の境界内にある新しい倉庫へと、次々と着陸していく。
「あん? なんだ、諦めて引き返したのか?」
不審に思った役人が、倉庫の様子を盗み見ると、そこでは職人たちが運び込んだ希少鉱石や鋼材が、次々と青く光る『門』へと投げ込まれ、次の瞬間には跡形もなく消え去っていた。
「な、何だ、あれは!? 荷物が消えているぞ!?」
役人たちが慌ててログウッド支店の倉庫へと押し入ろうとしたが、門の前に立っていたのは、真新しいビルド【重歩兵・安全監査員】を適用されたザンギュラだった。
「おい、そこ。ここはホワイト株式会社の管理区域だ。不法侵入は、社内安全基準違反で即座に強制排除となるが、異議はあるか?」
ザンギュラがその巨体と大盾を揺らし、恐ろしい威圧感を放つ。
「ひ、ひぃぃっ! だが、お前たち、なぜ荷物を運ばない! 関所を通らなければ、本社に資材が届かないはずだ!」
「ハッ、何の話だ? 荷物なら、すでに1秒前に本社に届いて、今頃は加工が始まっているぞ」
ザンギュラが鼻で笑う。
関所の役人たちは、自分たちが設置した「高い壁」が、ただの無意味な『飾り物』に成り下がったことを理解し、愕然と立ち尽くした。
物理的な壁による嫌がらせは、超空間物流という名の圧倒的なイノベーションの前に、完全に無力化されたのだ。
その様子を、関所の近くの街道を黙々と清掃していた見習い清掃員の黒崎が、モップを握りしめて眺めていた。
「……フン。相変わらず、ブラックギルドの奴らは、物流のボトルネックを力任せに制御できると信じているな」
黒崎は、関所の役人たちの呆然とした顔を見て、吐き捨てるように呟いた。
「今のホワイト株式会社は、物理的な距離すらもシステムで抽象化しているのだ。関所を置いて悦に浸っているなど、前時代の非効率極まりないな嫌がらせだな。……そんな無駄な壁を建てる暇があるなら、街道のゴミを拾い、導線を美化することに脳を使うべきだ」
黒崎はそう言うと、役人たちの足元に溜まった砂埃を力強く掃き退け、再び歩を進めた。彼の中には、この革新的な組織を構成する一員としての、確かな『効率の美学』が育ちつつあった。
夕暮れ時。代表取締役執務室。
「タクト様! 関所の役人たち、通行料が全く稼げず、さらに設置コストと維持費だけがかさんで、完全に資金不足に陥っているそうですわ」
シルフィが、端末のレポートを見せながら楽しそうに報告した。
「自業自得だな。人を困らせるためだけに作ったインフラなど、維持するだけで組織の体力を削る不良債権だ」
俺はコーヒーカップを置き、窓の外の美しい夕焼けを眺めた。
物理的な壁を越え、俺たちの物流網はさらに強固になった。ブラックギルド連合は、これで完全に打つ手を失い、自らが招いた経済的損失によって自滅のロードマップを歩み始めている。
「残り232日。魔王が目覚める前に、この世界のすべての壁を取り払い、ホワイトな物流を完成させてやる」
俺は次なる実行計画に「周辺都市の関所無効化と、物流網の完全接続」のタスクをピン留めした。
(残り232日。明日は何が出る?)
【人物紹介】
■ タクト(代表取締役兼PM)
状況:【超空間物流門】を獲得し、物理的な関所による封鎖を完全に無効化。敵の嫌がらせを逆手に取り、超空間物流によるDXを完遂した。
■ シルフィ(社長秘書)
状況:超空間物流門による、本社とログウッド支店間の資材流動データを一元管理。配送遅延が「ゼロ」になったことに、心から感動している。
■ グレイシア(CFO)
状況:関所設置による敵ギルドの維持コストを算出。「あの関所を維持するだけで、毎月莫大な魔力を消費しますわ。あと10日もすれば、彼らの資金繰りは破綻しますわね」と、コタツの中で紅茶を優雅に楽しんでいる。
■ ネクロディア(CDO)
状況:超空間転送プロトコルの魔導ネットワーク同期を完了。物理的な移動という「バグ」を完全に解消した、美しい転送ログに恍惚としている。
■ ザンギュラ(CSO)
状況:【重歩兵・安全監査員】として、ログウッド支店のゲート防衛を担当。不当な侵入者を「安全第一」の精神で冷静にシャットアウトした。
■ 黒崎(見習い清掃員)
状況:敵の関所嫌がらせを「非効率の極み」として冷徹に分析。自らが磨き上げるホワイト株式会社のシステムが、物理的な限界すら超えたことに密かな誇りを感じている。
■ スー(清掃局長)
状況:超空間物流門の稼働により、物流倉庫のゴミが出た瞬間に「本社ゴミ処理センター」へ転送される画期的なシステムを構築。黒崎に「これこそ、お掃除のスマート化(DX)です!」とプルプル跳ねて教えている。




