第133話:【133日目】悲鳴を上げる町と、白馬の騎士の出陣
超空間物流門のデプロイにより、物理的な関所による嫌がらせを完全に無効化してから一夜明けた、133日目の朝。
ホワイト株式会社の代表取締役執務室。俺――タクトは、手元の魔導端末に次々と表示される、ログウッド支店との超空間物流の稼働データを精査していた。
「……輸送の遅延、損失ともにゼロ。関所の関税による影響も完全に迂回できているな」
かつて前世のITプロジェクトでも、物理的なネットワーク障害を迂回するルーティングを設定した時のように、完璧な解決策だった。だが、プロジェクト管理者としての俺のリスク管理は、新たな警告信号を捉えていた。
「シオン、南の鉱山都市の様子はどうだ?」
俺がインカムで呼びかけると、最高情報責任者のシオンが、緊迫した表情のホログラム映像となって現れた。
「……最悪の状況です、タクト様。超空間物流によって完全に裏をかかれ、関所の維持費だけで甚大な損失を出しているブラックギルド連合ですが、その『ツケ』を、支配下の労働者たちに押し付け始めました」
シオンが投影した画面には、かつて豊富な鉄鋼や希少鉱石を産出していた鉱山都市アイアンロックの悲惨な現状が映し出されていた。
「奴らは、関所での損失を回収するため、アイアンロックのドワーフの鉱夫たちに対して『賃金の半減』と『作業量の倍増』という、無謀極まりない増産ノルマ――文字通りの過酷な労働を強要しています。さらに、労働者が逃げ出さないよう、不当なペナルティを設定し、契約の鎖でがんじがらめに縛り付けています」
画面の向こうでは、すすで汚れたドワーフたちが、体力の限界を超えてピッケルを振るい、次々と倒れ込んでいく様子が映っていた。倒れた者に対して、ギルドの監督官たちが無慈悲な鞭を振るい、違約金を引き合いに出して脅している。
「……人をリソースとしか見ない連中の、これが末期のあがきか。持続可能性を無視した、あまりにも醜い経営だな」
俺は静かに立ち上がり、壁に鎮座する「日めくりカレンダーVer.2.0」の前に歩み寄った。
「相手が不当な契約で人々を縛り付けるなら、俺たちはその鎖を合法的に、かつ劇的に上書きするだけだ」
俺は指先で魔導シートをなぞり、ゆっくりとフリックした。
「残り232日」から「残り231日」へ。
カレンダーから溢れ出した白銀の粒子が、無数の美しい電子回路のような契約書のホログラムを空間に描き出し、やがて俺の手元に一冊の黄金のバインダー型デバイスを具現化させた。
SSR【契約移行魔導端末】
『※他組織と結ばれている不当な労働契約や債務契約を魔導的に検知・解析し、対象者の合意のもとで、より優れた雇用条件へと合法的に「契約移行」させる統合端末。不当な違約金やペナルティの効力を、我が社の債務肩代わりを伴うパートナー契約によって上書き・無効化します』
「キタ……! これこそ、金と契約で人々を縛るブラック組織から、完全に労働者を救い出す白馬の騎士の『契約書』だ」
俺が端末の質感を手触りで確認していると、廊下をいつものようにモップで磨いていた見習い清掃員の黒崎が、静かに声をかけてきた。
「……タクト。その新しいアイテム、見覚えがあるぞ。かつての私なら、逃げ出そうとする優秀な社員に課していた『競業避止義務』や『多額の研修費返還請求』といった『見えない足枷』を、一瞬で溶かすための劇薬だな」
黒崎は、かつての自分の「冷酷な手口」を自嘲するように振り返り、真剣な目で言った。
「ブラックギルドの連中は、法的な違約金を盾に労働者を脅す。労働者たちは、違約金という現実的な脅威があるからこそ、不当な労働に甘んじるしかないのだ。力任せの救済では、彼らに法的な罰則が下ってしまう。だが、その端末による債務肩代わりと契約の合法的上書きがあれば、奴らの『見えない鎖』はただの紙切れと化すぞ」
「ああ、黒崎の言う通りだ。合法的に、かつ完全に奴らの支配を事業停止させる」
俺は最高財務責任者のグレイシアを招集し、直ちにアイアンロックへの出陣準備を整えた。
「グレイシア、我が社の余剰魔力予備費から、アイアンロックの全鉱夫たちの違約金を一括で肩代わりするだけの資金を確保してくれ」
「……コタツの中から、敵の売掛債権をすべて買収する準備はできていますわ。タクト様、あの不快なギルドの資金繰りを完全に詰ませて差し上げましょう」
グレイシアが冷徹な微笑みを浮かべ、魔導端末の承認ボタンをタッチした。
俺たちは、超空間物流門を介して、一瞬で鉱山都市アイアンロックの最深部へと転移した。そこは、埃と熱気が立ち込める、地獄のような鉱山の作業場だった。
「動けないだと!? 違約金が払えないなら、骨の一本が折れても働け! お前たちの代わりなど、他国の奴隷市場からいくらでも補充できるのだ!」
肥太ったギルドの支部長が、過労で倒れたドワーフの老鉱夫を怒鳴りつけていた。老鉱夫は涙を流しながら、震える手でピッケルを握り直そうとしている。
「そこまでにしてもらおう」
俺の声が、薄暗い鉱山の中に響き渡った。
「な、何だ、貴様らは!? ここは聖王国商業ギルド連合の直轄鉱山だぞ! 部外者は立ち去れ!」
支部長が怒り狂って護衛を呼ぼうとしたが、俺は静かに【契約移行魔導端末】を掲げ、ホログラムの契約書を空間全体に投影した。
「プロジェクト:白馬の騎士。我々はアイアンロックのすべての鉱夫に対し、不当契約の解消と、我が社への契約移行を提案する。君たちの背負わされている不当なペナルティは、我がホワイト株式会社がすべて肩代わりした」
「な、何だと……!? バカな、彼らの違約金の総額がどれほどか分かっているのか!」
「すでに、君たちのギルドが提示していた違約金債権は、我が社の圧倒的な余剰魔力予備費によって、すべて法的に買い取られ、消滅しました。今、この鉱夫たちの雇用責任は、我が社にあります」
グレイシアがコタツの魔導ホログラムを通じて、買収完了の証明書を支部長の目の前に突きつけた。圧倒的な資本力による、完全な救済的買収の成立だった。
「諸君、ピッケルを置け。今日から君たちは、我が社の『パートナー社員』だ!」
俺が【契約移行魔導端末】の承認ボタンを押した瞬間。現地に設置した携帯型の超空間物流門が起動し、本社からの遠隔福利厚生がこの薄暗い鉱山へと一瞬で同期された。
鉱山の中を微粒子レベルで浄化する涼しい魔導空調が吹き抜け、埃っぽい空気が一瞬で草原のような爽やかさに変わる。
さらに、ドローンがアツアツの「大盛り豚汁」と「極上焼肉丼」を運び込み、疲弊したドワーフたちの目の前に並べられた。
そして、彼らの網膜には、ホワイト株式会社の雇用条件である「完全週休2日」と「配当金」の予想額が青々と表示された。
「……あ、あったかい。空気が、美味しい。……本当に、俺たちは救われたのか……?」
老鉱夫が、涙を流しながら豚汁を口にし、その温かさに震えていた。彼らの頭上に表示されていた精神的健康の数値が、一気に「90」を超えて急上昇していく。
「嘘だ……! 我がギルドの生命線である鉱山が、一瞬で奪われただと……!?」
支部長が顔を真っ青にしてその場に崩れ落ちた。労働者を恐怖で縛るやり方は、圧倒的な「ホワイトな資本」と「誠実な労働環境」の提示の前に、木端微塵に粉砕されたのだ。
その様子を、物陰から見ていた黒崎が、静かに笑みを浮かべた。
「……見事なものだな、タクト。恐怖で縛る鎖など、温かいスープ一杯と、確かな権利の前には、錆びた鉄くず同然。ブラックギルドの奴らは、これで完全に資源の供給元を失ったぞ」
鉱山都市アイアンロックは、こうしてホワイト株式会社の「アイアンロック鉱山支店」として、完璧なリニューアルを果たした。
「タクト様。鉱夫の皆さんから、感謝と、新しい採掘計画の提案書が、ものすごい勢いで届いていますわ」
シルフィが嬉しそうに報告する。俺は深く頷いた。
「よし。彼らの提案を元に、新しい採掘プロトコルを組もう。ホワイトな環境での仕事が、どれほど高い生産性を生むか、世界に見せてやるんだ」
ブラックギルド連合の供給網の根幹を、合法的かつ圧倒的な幸福で買い占めた。だが、追い詰められた奴らは、ついに「物理的な戦力」を用いた最後の抵抗に出てくるだろう。
「残り231日。魔王が目覚める前に、この世界の市場すべてを白く塗り替えてみせる」
俺は次なる実行計画に「全敵対勢力の完全買収」のタスクをピン留めした。
(残り231日。明日は何が出る?)
【人物紹介】
■ タクト(代表取締役兼PM)
状況:【契約移行魔導端末】を獲得。鉱山都市アイアンロックの全鉱夫を救済し、不当契約をホワイトなパートナー契約へと移行させることに成功した。
■ シルフィ(社長秘書)
状況:救済されたドワーフ鉱夫たちのオンボーディングを迅速に完了。彼らのために、鉱山内に新設する「スマート休憩室」の仕様書をチェックしている。
■ グレイシア(CFO)
状況:圧倒的なマナ・リザーブを用い、敵ギルドの不当な債権を一括買収。コタツの中から、敵の資金繰りをさらに追い詰めている。
■ シオン(CIO)
状況:アイアンロックの状況監視、およびブラックギルド連合の動向を追跡。救済された鉱夫たちから提供された、ブラックギルド内部の更なる不正データの蓄積を進めている。
■ 黒崎(見習い清掃員)
状況:かつてのブラックCEOとしての経験を活かし、不当契約の解除方法について的確な助言を提示。労働の尊さと、ホワイトな組織の絆の強さを誰よりも誇りに感じ始めている。
■ スー(清掃局長)
状況:アイアンロック鉱山内の清掃・衛生環境の最適化を指導。黒崎と共に「煤だらけの鉱山を、ピカピカのスマート鉱山にするのが清掃のDX2です!」とプルプル張り切っている。




