第131話:【131日目】完璧なジョブ・ビルドと、引き抜きの不発
ブラックギルド連合の引き抜き工作を察知し、受けて立つ決意を固めた130日目から一夜明けた、131日目の朝。
ホワイト株式会社の本社ビル。代表取締役執務室に差し込む柔らかな光を浴びながら、俺――タクトは、温かいコーヒーを一口啜った。
「……さて。敵がこちらの『人材価値』に目をつけたのなら、逆にその価値を極限まで高めて、手も足も出ないようにするのがPMとしての定石だな」
俺はデスクの横に設置された「日めくりカレンダーVer.2.0」の前に歩み寄った。進化したクリスタルパネルは、俺の指先を歓迎するように、淡いブルーの光を明滅させている。
「今日のドロップは、ジョブ・ビルドの最適化を加速させるピースであってほしいな」
俺は指先を滑らせて、残り「234日」の魔導シートをゆっくりとめくった。
「残り234日」から「残り233日」へ。
その瞬間、シートから溢れ出した白銀の粒子が、部屋の空気を心地よく震わせながら収束していった。手のひらに滑り込んできたのは、無数の細かな多面体のカットが施された、透き通ったプリズム状の結晶だった。
SSR【特性開花結晶】
『※対象者が持つ潜在的な「隠しパッシブスキル」を強制的に覚醒させ、適用中のジョブ能力を極限まで拡張する覚醒アイテム。適性ジョブ構築盤と連携させることで、隠れた才能を完璧に可視化し、システムへと組み込みます』
「キタ……! これで『最強のジョブ・ビルド』のピースがすべて揃った」
俺は即座に、最高デジタル責任者のネクロディアと、防衛部門 of ホワイト株式会社の幹部たちを招集した。
昨日から稼働している【適性ジョブ構築盤】のホログラムが、執務室の中央に壮大なツリー状のデータを展開する。俺は新ドロップの【特性開花結晶】をコンソールのスロットへ挿入した。
ジジジ……とシステム音が鳴り、全社員の「潜在スキル」が次々と覚醒していく。
「ネクロディア、そしてザンギュラ、アーサー。お前たちの新しいジョブ・ビルドの設計が完了した。確認してくれ」
俺が提示したホログラムの設計図を見て、三人は一様に目を見開いた。
ザンギュラの新しいビルドは【重歩兵・安全監査員】。彼の圧倒的な物理防御力と、元魔王軍としての厳格な規律能力をブレンドし、「物理的な防衛」と「社内の安全管理(労働災害の防止)」を両立させるビルドだ。
「……おいおい、タクト様。俺の防御スキルが、周囲の社員の心理的安全性を物理バリアに変換する設計になってやがる。これなら、俺が立っているだけで、みんなが安心して背中を預けられるじゃねえか!」
ザンギュラが、その強面を嬉しそうに歪めた。
ネクロディアのビルドは【全能ネクロ魔導士】。従来の魔導構築に、今回の結晶で目覚めたパッシブスキル『並列多重演算』が組み合わさった、技術開発のスペシャリストだ。
「カタカタ……! 素晴らしい! これまで手動で同期させていた魔導プロトコルが、完全にマルチスレッドでバックグラウンド処理化されました! 開発効率が200%は向上しますぞ!」
そしてアーサーのビルドは【有給・聖剣芸能】。彼の「勇者」としての圧倒的なカリスマと戦闘能力を、広報活動と「絶対非殺傷の制約」に最適化。有給休暇を取得するほどに『聖剣の輝き(攻撃力ではなく魅了効果)』が増大する、実にホワイトなビルドだ。
「僕が、ただそこに笑顔で立って、たまに有給をとってリフレッシュするだけで、村の好感度が上がり、敵の戦意を喪失させる……。なんて論理的で、素晴らしい役割なんだ……っ!」
アーサーは感動のあまり、聖剣を抱きしめて涙ぐんでいる。
「よし、これで最適化は完了だ。各自、自信を持って業務に励んでくれ」
彼らが笑顔でそれぞれの持ち場へと戻っていくのを見送り、俺は不敵に笑った。ストレステストの準備は、これ以上ないほど万全だ。
その日の昼下がり。スマートシティ化された美しい本社ビルの裏手にある、緑豊かな庭園。
ネクロディアがベンチに座り、ノート型の魔導端末でコードの美化に熱中していると、茂みの陰から、高級なスーツに身を包んだ怪しい男が声をかけてきた。
「……失礼。あなたがホワイト株式会社の最高デジタル責任者、ネクロディア殿ですね?」
男は聖王国の「ブラックギルド連合」が送り込んだ、特級の引き抜き工作員だった。彼は周囲を警戒しながら、懐から一枚の黄金の証明書を取り出し、ネクロディアに差し出した。
「単刀直入に言いましょう。我が連合は、あなたのその稀有な才能を高く評価している。我が聖王国の『国立魔導アカデミー』の院長席を用意しました。予算は使い放題、地位も名誉も、現在の百倍をお約束します。こんな辺境の会社で、骸骨のまま骨をすり潰す必要はありません」
工作員は完璧な笑みを浮かべ、ネクロディアの「裏切り」を確信していた。だが、ネクロディアはキーボードを叩く骨の手を止め、怪訝そうに工作員を見つめた。
「……魔導アカデミーの、院長席?」
「そうです! 国家最高の地位ですよ!」
ネクロディアは、アゴの骨をカタカタと鳴らし、心底くだらないというように溜息を吐いた。
「お断りします。あなたの提示したアカデミーの仕様書を以前、シオン(CIO)経由で拝見しましたが……あそこの魔導ネットワークは未だに手動で接続を切り替えるシングルスレッドの古いシステムでしょう? サーバーの負荷分散すら自動化されていない。そんな化石のような環境で、私のパッシブスキル『並列多重演算』を無駄にしろと?」
「え、ええっ……!? システムの話ですか……!?」
「今の私は、この【適性ジョブ構築盤】によって、自分の大好きな技術開発を、一切のストレスなく、最高の開発環境で行えている。私にとって、これ以上の贅沢はありません。……話はそれだけですか? コードのコンパイルが遅れるので、早く立ち去ってください。これだから仕様を理解していない営業は困る」
「な、な……っ!」
工作員が絶句していると、庭園の向こうから、モップを持った大柄な男が歩いてきた。見習い清掃員の黒崎だ。
「おい、そこ。技術者の手を止めるな。彼らの1秒は、お前のような無能な工作員の一生分より価値がある」
「く、黒崎!? なぜあなたがそんな格好で――」
「私は、今はこの組織の清掃部門を任されている。……バルトもそうだったが、お前たちは本当に人間の本質が見えていないな。金を積めば、人が動くと思っている」
黒崎は、怪しい工作員を鋭い目で睨みつけた。
「技術者が求めているのは、中抜きの多い虚栄の地位ではない。自分の才能を最大限に発揮し、それを正当に評価され、快適に挑戦できる『環境』だ。それを満たしているこの会社から、誰がそんなゴミのようなアカデミーに移るというのだ。……早くそこを退け。モップをかける邪魔だ」
黒崎が放つ、元ブラック企業CEOとしての威圧感に、工作員は悲鳴を上げて逃げ出していった。
その頃、防衛訓練場の裏手でも、ザンギュラが別の工作員から「聖王国の一軍の将軍」の地位を提示され、「労災保険も週休2日もない戦場など、安全基準違反で即日業務停止だ。俺は社員の安全を守るのに忙しい」と、鼻で笑ってモップを渡して追い返していた。
すべての引き抜き工作は、幹部たちの圧倒的なエンゲージメントと、完璧なジョブ・ビルドの前に、1件の例外すら残さず、完全に不発に終わったのだ。
夕暮れ時。俺はシルフィと共に、バルコニーから美しい夕焼けを眺めていた。
「タクト様。引き抜き工作員たち、全員が『どうして誰も裏切らないんだ……!』と泣きながら聖王国へ逃げ帰っていきましたよ」
シルフィが、楽しそうに端末のログをスワイプしている。
「ああ。金や権力といった『外部からの刺激』は、一時の効果しか持たない。だが、自分らしく輝ける『最適な役割』と『誇り』は、何物にも代えがたい最強の福利厚生なんだ。それがある限り、我が社の組織は絶対に揺るがない」
俺はカレンダーの残光を指でなぞり、不敵に笑った。
敵の引き抜き工作を完璧に利用し、組織の絆をさらに強固なものにした。ホワイト株式会社の進撃は、いよいよ中盤の「救済」フェーズへと突入する。
(残り233日。明日は何が出る?)




