第130話:【130日目】裏工作の影と、適性ジョブ構築の契機
聖王国の「ブラックギルド連合」の特使バルトを、データと事実によって完膚なきまでに撃退してから一夜明けた、130日目の朝。
ホワイト株式会社の本社ビル。代表取締役執務室の窓からは、今日も朝日に照らされた美しい街並みが見渡せる。
住民たちの足取りは軽く、すっかり定着したカードゲームの話題で盛り上がりながら、それぞれの持ち場へと向かっていた。
「……表の交渉で勝てないとなれば、次は必ず絡め手を仕掛けてくる。それが彼らブラック経営者の定石だからな」
俺――タクトは、手元の魔導端末に投影された聖王国の市場動向を監視しながら、静かに呟いた。
バルトたちブラックギルド連合は、資源の独占に失敗し、さらに昨日の提携提案(実質的な乗っ取り要求)を断られたことで、経済的にも社会的にも追い詰められている。中長期的な視点を持たない彼らに残されたカードは、そう多くない。
「敵の次の一手は、ほぼ間違いなく『人材の引き抜き』、あるいは『内部からの切り崩し』だ。うちの優秀な幹部や技術者を狙ってくる」
俺はリスクの事前検知を意識しつつ、リビングに置かれたクリスタルUIが輝く日めくりカレンダーの前へと歩み寄った。
「相手が俺たちの『絆』を試してくるなら、俺たちはそれを利用して、さらに組織の最適化を進めるまでだ」
指先で滑らかにスワイプし、残り日数を更新する。
「残り235日」から「残り234日」へ。
カレンダーから放たれた白銀の光が、今回は細かな幾何学的なブロックのような形となって室内に浮かび上がり、やがて一つの精密なコンソール型デバイスへと収束した。
SSR【適性ジョブ構築盤】
『※全社員の個々のスキル、潜在的な才能、そして精神的な特性を統合分析し、その個人が最も能力を発揮し、最も高い幸福感を得られる『最適な職業とスキルの組み合わせ(ビルド)』を精密に自動設計するワークステーション。設計されたビルドは、対象者の承認を経て即座にシステムへと適用されます』
「キタ……! これこそ、中盤の組織防衛、そしてさらなるスケーラビリティの確保に不可欠な、究極の人材配置盤だ」
これまでの我が社は、俺のプロジェクト管理者としての直感と「適材適所」の配置で高い成果を出してきた。しかし、1000人規模に拡大した組織において、全員の潜在能力を100%引き出し、かつ「自分のやりたい仕事で輝く」状態をデータで担保するには、この適性ジョブ構築盤が決定打となる。
俺は即座に、最高デジタル責任者のネクロディアと最高情報責任者のシオンを招集した。
「ネクロディア、シオン。この構築盤をスマートシティOSの人事システムに完全統合してくれ。全社員のジョブ・ビルドの最適化シミュレーションを開始する」
「カタカタ……! 承知しました! 才能の相乗効果を数理モデル化し、最適化するわけですね! 実に論理的で美しい!」
ネクロディアが顎の骨を鳴らしてキーボードを叩き始めたその時、シオンが静かに一歩前に出た。
「タクト様。先ほど、懸念されていた通りのインシデントを検知しました。ブラックギルド連合の工作員たちが、我が社の幹部たちに対して個別に接触を図っています」
「ほう、やはり来たか。誰を狙っている?」
「第一のターゲットは、防衛部門の最高責任者であるザンギュラ。そして、元勇者のアーサー、さらにはネクロディア殿です。彼らに対し、ギルドは『国家規模の極上報酬』や『聖王国の爵位』を提示し、秘密裏に引き抜こうとしています」
シオンが提示したホログラムには、工作員が幹部たちに送ったとされる、あまりにも露骨な条件の書かれた手紙のログが映し出されていた。
「ザンギュラ殿には『一軍の将軍としての地位と、現在の十倍の予算』。アーサー殿には『勇者としての復権と、王都の最高級邸宅』。そしてネクロディア殿には『聖王国の国立魔導アカデミーの院長席』が提示されています」
「凄まじい大盤振る舞いだな」
俺は思わず苦笑した。彼らにとって、これらは「絶対に断れないはずの究極の条件」なのだろう。金と権力さえ積めば、どんな人材でも動かせると本気で信じているのだ。
その時、執務室のドアが開き、いつものようにバケツとモップを持った男が入ってきた。
見習い清掃員の黒崎だ。
「……フン。相変わらず、ブラックギルドの奴らは人間の本質というものを理解していないな」
黒崎は手を止め、モニターに映る引き抜き条件を一瞥して鼻で笑った。
「タクト。あいつらが提示しているのは、ただの『魅力的な罠』だ。かつての私なら、もっと巧妙に相手の弱みを握って脅迫混じりにやった。金と地位だけで釣れると思っている時点で、奴らは経営の素人以下だ」
黒崎は、自分が磨き上げた床を誇らしげに見つめながら言った。
「今のこの会社にいる奴らは、金のために働いているのではない。自分自身の意志で、己の役割を誇り、磨き上げた平穏を楽しんでいる。そこにどれほどの金を積もうが、その『やりがいの本質』を上書きすることはできんよ」
黒崎はそう言うと、再び無言でモップを動かし始めた。彼自身の言葉には、このホワイト株式会社という組織に対する、確かな理解と信頼が宿っていた。
「黒崎の言う通りだな。シオン、このままブラックギルドの引き抜き工作を泳がせろ。これは、我が社のエンゲージメントを測定する、絶好のストレステストだ」
俺は不敵な笑みを浮かべ、適性ジョブ構築盤の画面を操作した。
「同時に、俺たちはこの構築盤を使って、全社員のジョブ・ビルドの最適化を実行する。彼らが今よりもさらに輝き、誰もが羨むポジションを確立させるんだ。奴らの安っぽい金や地位など、足元にも及ばないほどの『最高の居場所』をな」
ブラックギルド連合が仕掛けてきた人材強奪戦。だが、彼らは知らない。ホワイト株式会社の絆は、金や権力といった「見せかけの利益」では決して裂けないということを。
「残り234日。魔王が目覚める前に、この世界の誰もが自分らしく輝ける『ホワイトな働き方』を、完全に確立させてやる」
俺は次なる実行計画に「最適なジョブ・ビルドの適用」という最大タスクをピン留めした。
(残り234日。明日は何が出る?)




