第129話:【129日目】不当な提携要求と、適性評価の壁
聖王国の「ブラックギルド連合」による資源独占計画を、公平貿易端末を用いた直接取引によって粉砕してから一夜明けた、129日目の朝。
ホワイト株式会社の本社ビル。代表取締役執務室の窓から見える物流センターでは、自律飛行するドローンや、魔導台車が整然と動き回っている。
周辺の農家や鉱山から届く原材料は、中間マージンを一切排除した適正価格で取引され、早くも我が社の生産ラインを潤していた。
「……供給網の堅牢性は完全に確保されたな」
俺――タクトは、手元の魔導端末のダッシュボードに表示される在庫回転率のグラフを眺めながら、満足げに頷いた。
だが、管理者としての俺の直感は、この静けさの裏で蠢く「次の波」を捉えていた。
「聖王国のブラックギルド連合は、これで莫大な利ざやを失った。資金繰りが急激に悪化しているはずだ。……窮鼠が猫を噛むような、短絡的な揺さぶりを仕掛けてくる可能性が高い」
俺はリスクの事前検知を意識しつつ、リビングに鎮座する「日めくりカレンダーVer.2.0」の前へと歩み寄った。
「相手が組織の綻びを狙ってくるなら、俺たちは『組織の強度』を内側から最大化するだけだ」
指先でクリスタルパネルを滑らかにスワイプし、残り日数を更新する。
「残り236日」から「残り235日」へ。
パネルから溢れ出した白銀の光が、無数の光るコードを紡ぎ出しながら収束していく。俺の手元に具現化したのは、複数のホログラム・レンズと、洗練されたインターフェースを持つクリスタル製のサーバーユニットだった。
SSR【魔導適性評価エンジン】
『※全社員の潜在的な才能と、業務に対する貢献意欲をリアルタイムで測定・可視化する統合評価システム。個人の成長曲線に合わせた最適な役割設定を算出し、他組織からの不当な引き抜き工作に対する絶対的な忠誠を可視化します』
「キタ……! これこそ、1000人規模にスケールした我が社に必要な『タレントマネジメント』の極致だ」
これまでの村は、タクトの目配りと「適材適所」の直感で機能していた。だが、今後さらに組織が拡大すれば、個人の「やりがい」や「適性」を客観的なデータに基づいて個別最適化する仕組みが不可欠になる。
「ネクロディア(CDO)、シオン(CIO)、このエンジンをスマートシティOSの人事モジュールに統合してくれ」
「カタカタ……! 素晴らしい! 全社員の職務適性をリアルタイム解析するわけですね! 脳髄が震えますぞ!」
実装作業を指示したその時、代表取締役執務室の通信機から、シルフィの緊迫した声が響いた。
『タクト様! 本社のエントランスに、聖王国のブラックギルド連合の特使と名乗る者たちが押しかけてきています! 「不当な営業妨害について、直接抗議にきた」と……!』
「……フッ、思ったより動きが早いな。いいだろう、最高意思決定機関に招き入れろ」
俺は不敵な笑みを浮かべ、ジャケットの襟を正した。
本社の円卓会議室。そこに現れたのは、高級そうな絹のローブを身にまとった、いかにも傲慢そうな中年男だった。彼の背後には、フルプレートに身を包み、鋭い眼光を放つ数人の護衛が控えている。
「私は聖王国商業ギルド連合の執行役員、バルトと申します。タクト代表取締役」
バルトは名乗るなり、ドスンと重々しい書類の束をテーブルに叩きつけた。
「我が連合は、貴社が隣町ログウッドや周辺の資源地で行っている『直接取引』について、極めて重大な規約違反を検知しております。これは中抜きの排除を装った、市場の不当な独占であり、我々の神聖な営業活動に対する明らかな営業妨害です!」
バルトはまくし立てるように言い、さらに不敵な笑みを浮かべた。
「貴社のような急造の田舎企業が、労働者を甘やかし、過剰な配当をばら撒く。そんな不健全な運営では、労働者は怠け、いずれ市場全体が破綻する。そこで、我々から温情ある提案です。この『共同営業提携書』に署名し、我が連合の厳格な評価制度を導入しなさい。さすれば、生かしてやってもいい」
それは、提携を名目にした、実質的な乗っ取り(M&A)の要求だった。
バルトの言葉に、シルフィは憤慨し、コタツから顔を出したグレイシア(CFO)は冷ややかな目で彼を見つめた。
だが、俺は慌てず、先ほど実装を完了したばかりの【適性評価エンジン】のホログラムを起動した。
「バルト殿。我が社の労働環境が『不健全』かどうか、感情論ではなく客観的なデータで話をしましょう」
俺が指先を鳴らすと、円卓の中央に巨大な立体ホログラムが浮かび上がった。それは、ホワイト株式会社の全社員のエンゲージメント指標だった。
「これは我が社の社員の組織への貢献意欲、および精神的健康のリアルタイムグラフです。ご覧の通り、全社員の平均貢献意欲は『98%』。健康度は『95%』。そして、中間マージンを排除した結果、ログウッド支店の生産性は前月比で240%向上しています」
「な、何だ、この奇妙な図解は……!? こんなものは偽造だ!」
バルトが顔を真っ赤にして叫ぶ。俺は冷徹に続けた。
「では、あなたの連れてきたその優秀な『護衛』の方々のデータをスキャンしてみましょう」
ホログラムのセンサーが、バルトの背後に立つ護衛たちを捉えた。瞬間、彼らの頭上に、真っ赤な警告色が点滅し始める。
『対象スキャン完了。精神的健康:12%。離職希望:97%。業務ストレス:極大』
「な……っ!?」
バルトが振り返る。護衛の兵士たちは、気まずそうに目を逸らし、その拳は微かに震えていた。
「彼らは、あなたのギルドに『恐怖』と『低賃金』で縛られている。成果主義という名の中抜きで、彼らの人的資本としての価値はすり潰されているんだ。労働者が絶望している組織に、持続可能な成長性などない。どちらの経営が正しいか、データが証明しています」
「だ、黙れ! 労働者など、いくらでも替えがいる消耗品だ! 甘やかすだけの会社が、我々の巨大な資本力に勝てると思うな!」
バルトが怒鳴り散らした、その時。円卓の部屋の隅で、床を黙々と磨いていた男が、静かにモップを立てた。
見習い清掃員の黒崎だ。
「……フン。相変わらず、哀れなほどに視野が狭いな、バルトよ」
「き、貴様は……黒崎!? なぜ、あのクロサキ・エンタープライズの偉大なCEOが、こんな場所で雑用をしているのだ!?」
バルトが腰を抜かさんばかりに驚愕する。黒崎は、かつての傲慢な己の影をバルトの中に見て、吐き捨てるように言った。
「人を使い捨てにする経営は、ただの資産の食いつぶしだ。私はこの会社で、誠実な労働がもたらす、圧倒的な組織力の強さを知った。お前たちのやっていることは、ただ『自滅へのロードマップ』を急いでいるだけにすぎん」
黒崎はそう言うと、バルトの足元をモップで力強く一拭きした。
「そこ、心が汚れている。早く立ち去れ。私の磨いた床が、お前の浅ましい嘘で汚れる」
「くっ、くそおおおっ……! 覚えていろ! 貴様らのような異常な組織、絶対に市場から排除してやる!」
バルトは顔を青白くさせ、護衛たちを引き連れて、這々の体で本社のロビーから逃げ出していった。
だが、逃げていく護衛の兵士の一人が、こっそりと我が社の求人案内のパンフレットを懐に忍ばせるのを、俺は見逃さなかった。
執務室に戻り、俺は静かにコーヒーを啜った。
「タクト様。バルトたちの言い草には腹が立ちましたが、データで完全に圧倒しましたね」
シルフィが嬉しそうに微笑む。
「ああ。だが、連中はこれで大人しく引き下がる器じゃない。合法的・論理的な交渉で勝てないと知った。……となれば、次はいよいよ、組織の『引き抜き』や『裏工作』といった不当な手段を仕掛けてくるはずだ」
「引き抜き……ですか?」
「そうだ。我が社の優秀な幹部や技術者を、高額な報酬で揺さぶりにくる。だが、それに対する備えも、この【適性評価エンジン】があれば万全だ。誰一人として、奴らの毒に侵される者などいないことを証明してやる」
経済戦争は、より狡猾な『人材の争奪戦』へとフェーズを移行しつつある。だが、社員との信頼関係こそが、我が社最大の福利厚生資本だ。
「残り235日。魔王が目覚める前に、この世界の労働市場を完全にホワイト化してやる」
俺は次なる実行計画に「人材防衛」のフラグを立て、不敵に笑った。
(残り235日。明日は何が出る?)




