第127話:【127日目】スマートシティの鉄壁と、環境型防御《エンバイロメンタル・ディフェンス》の稼働
隣町ログウッドの救済的買収から一夜明けた、127日目の朝。ホワイト株式会社の本社ビル最上階、代表取締役執務室から見える景色は、昨日までとはまた違う「輝き」を帯びていた。
「……ログウッド支店とのリアルタイム同期、正常だな」
手元の魔導端末には、新設されたログウッド支店のQOL指標が青々と表示されている。あちらに実装した【|超広域・福利厚生展開システム《ベネフィット・ブロード》】は、現地の職人たちの生産性を爆発的に引き上げていた。
だが、|プロジェクトマネージャー《PM》としての俺のリスク管理は、さらなる警戒態勢を解いていない。聖王国の「ブラックギルド連合」が、このまま大人しく市場を明け渡すはずがないからだ。
俺は朝のルーチンとして、クリスタルUIへと進化したカレンダーの前に立った。
「相手が不当な競争を仕掛けてくるなら、俺たちは『環境そのもの』を要塞に変えるまでだ」
俺は指先で魔導シートをスワイプし、残り日数を更新する。
「残り238日」から「残り237日」へ。
パネルから溢れ出した白銀の幾何学模様が、微細な塵のような光の粒子となって村全体に広がり、やがて一つの管理コンソールへと収束した。
SSR【|魔導・生活環境フィルタリング基盤】
『※都市空間に入り込む「負のエネルギー」や「悪意ある意図」を、微粒子レベルで検知・中和する|環境防衛OS《エンバイロメンタル・OS》です。空気清浄、温度管理、魔力供給を、侵入検知システムとして機能させます』
「キタ……。物理的な壁ではなく、生活環境そのものを防壁にする、究極のゼロトラストだ」
俺は即座に、最高デジタル責任者のネクロディアを招集した。
「ネクロディア、このフィルタリング基盤をスマートシティOSのカーネルに統合しろ。村に足を踏み入れた瞬間に、ブラックな思考を持つ者の戦意を奪い取る環境を構築するんだ」
「カタカタ……! 承知しました! 空調システムを物理レイヤーのファイアウォールにするわけですね。技術者冥利に尽きますぞ!」
数時間後。村の入り口である「ホワイト・ゲート」に、数人の不審な男たちが現れた。彼らはブラックギルド連合が送り込んだ、産業スパイ兼扇動工作員だ。
彼らの目的は、村の内部から不満分子を募り、ストライキやサボタージュを誘発させて、内部から組織を崩壊させることにある。
「……よし。ここが噂のホワイト株式会社か。甘い顔をしている今のうちに、住人たちに『もっと寄越せ』と吹き込んで、組織を腐らせてやる」
リーダー格の男が、懐に隠した呪詛の魔石を握りしめ、村へと一歩踏み出した。
その瞬間、彼らの頭上で「魔導空調」が静かに作動した。
『環境フィルタリング開始。負の感情指数:85を検知。精神的デトックスを即時実行します』
「……あ、あれ? 何だ、この空気」
男たちが足を止める。村の空気は、微粒子レベルで完全に浄化されており、さらにはリラックス効果のある聖なるアロマが最適に配合されている。さらに、全自動魔法プラグから供給される安定した魔力が、彼らの体内の魔力回路を優しく最適化していく。
「……なんだか、腹を立てているのが馬鹿らしくなってきたな。こんなに心地いい場所で、どうして俺は他人の足を引っ張ろうなんて考えていたんだ……?」
男たちの手に力が抜ける。ブラックギルド連合で培われた「他者を蹴落とす」という行動原理が、この圧倒的なホワイト環境に触れた瞬間に、無効化されてしまったのだ。
「おい、お前ら。何をもたもたしている」
そこへ、廊下をピカピカに磨き上げていた見習い清掃員の黒崎が、モップを肩に担いで現れた。
「……フン。その濁った目、ブラックギルドの差し金か。だが無駄だぞ。今のこの村は、お前らのようなバグを受け入れるほど脆弱ではない」
黒崎は、自分自身の過去の「毒」を浄化した今のこの環境を、誇らしげに眺めた。
「ここでは『不満』という名のボトルネックは発生しない。なぜなら、不満が生まれる前に、環境がそれを自己修復してしまうからな。……工作をする暇があるなら、そのモップでも持って、床の光沢を数値化する手伝いでもしろ」
「い、いや……俺たちは、ただ……」
工作員たちは、毒気を完全に抜かれた「迷子」のような顔で、結局そのまま平和なフードコートのジェラートの列に並んでしまった。物理的な武器を使わずとも、圧倒的なユーザー体験が、敵の戦術を根本から破壊したのだ。
執務室。俺はシオンからの報告を受け、満足げに頷いた。
「物理的な攻撃も、精神的な侵略も、このスマート・インフラの前では無力だ」
「タクト様。工作員たちが、あまりの居心地の良さに『入社試験を受けたい』と言い出していますわ」
シルフィが苦笑いしながら端末を見せる。敵を倒すのではなく、敵を社員化してしまう。これこそがホワイト経営の真骨頂だ。
だが、ブラックギルド連合の本隊は、この「工作失敗」を受け、より大規模な経済的包囲網を仕掛けてくるだろう。
「残り237日。魔王の就職準備を整えつつ、この世界の市場構造をホワイト一色にリライトしてやる」
俺は次なる戦略ロードマップを脳内ボードにピン留めした。
(残り237日。明日は何が出る?)




