第126話:【126日目】ホワイトな買収提案と、福利厚生資本《ウェルフェア・キャピタル》の威力
聖王国のブラックギルド連合によって、息の根を止められかけている隣町ログウッド。
俺――タクトは、昨日ドロップした【魔導・人材価値可視化レンズ《タレント・スキャナー》】を装着したまま、この町のメインストリートを歩いていた。
レンズ越しに見える職人たちの頭上には、依然として「精神的健康:2」という絶望的な赤色アラートが点滅している。
「……徹底的に搾取されているな。労働力を『使い捨ての消耗品』としか見ない連中の経営には、吐き気がする」
俺の背後には、秘書のシルフィ、そして最高財務責任者のグレイシアが展開するホログラム端末が浮遊している。今日はこの町における「プロジェクト:白馬の騎士」の実行日だ。
だがその前に、俺には毎朝欠かせないルーチンがある。俺は懐から、クリスタルUIへと進化した日めくりカレンダーを取り出した。
「経済戦争という名の不規則な事態を制するためには、さらなる組織の強化が必要だ」
俺は指先で魔導シートをスワイプし、残り日数を更新する。
「残り239日」から「残り238日」へ。
パネルから溢れ出した白銀の粒子が、一つの洗練された「魔導拡声器」と「電子契約端末」のセットへと収束していく。
SSR【超広域・福利厚生展開システム《ベネフィット・ブロード》】
『※指定したエリアに対し、ホワイト株式会社の福利厚生を瞬時に同期させる遠隔展開ユニットです。契約を結んだ瞬間に、その場所は「支店」へと昇華されます』
「キタ……。これこそが、物理的な距離をゼロにする組織のDXだ」
俺は不敵な笑みを浮かべ、ログウッドの中央広場へと向かった。そこでは、ブラックギルド連合の息がかかった強欲な役人たちが、職人たちに更なる過剰債務の返済を迫っている真っ最中だった。
「返せないなら身を粉にして働け! 貴様らの代わりなどいくらでもいるのだ!」
役人の怒声に、職人たちが力なく項垂れる。その絶望の澱みを切り裂くように、俺は【超広域・福利厚生展開システム《ベネフィット・ブロード》】を起動した。
「失礼。その債務、すべて我が『ホワイト株式会社』が引き受けよう」
「……何だと!?」
役人が振り返る。俺は動じず、電子契約端末に表示された買収提案書をホログラムで空中へと投影した。
「プロジェクト:白馬の騎士。我々はログウッドの全職人組合に対し、救済的買収を提案する。条件は一つ。ブラックギルドとの不当な契約を破棄し、我が社のパートナー社員になることだ」
「笑わせるな! ログウッドの債務がどれほどか分かっているのか!? この田舎村の成金が――」
役人が嘲笑しようとした瞬間、グレイシアがコタツの中から冷徹な声で割り込んだ。
「すでにブラックギルド連合が保有していたログウッドの債権の60%は、市場経由で我が社が買い占めましたわ。今、この町の『オーナー』はタクト様です。……文句がありますの?」
ホログラムに表示される圧倒的な圧倒的資本の数字。ブラックギルドが「奪う」ために積み上げた数字を、俺たちは「守る」ための資本で上書きしたのだ。
俺は職人たちに向き直り、静かに、だが力強く宣言した。
「諸君。君たちは道具じゃない。この世界を形作る、かけがえのない人的資本だ。我が社と契約した瞬間、この町には『完全週休2日』と『三食の魔導まかない』、そして『スマートシティOSによる生活支援』が即座に実装される!」
俺が契約端末の「承認」ボタンを押した瞬間。ログウッドの街並みに、ホワイト株式会社の福利厚生が光の速さで同期していった。
全自動の空調が淀んだ空気を浄化し、広場には栄養満点の食事が並ぶ魔導キッチンが出現する。何より、職人たちの網膜に「配当予想額」という名の希望の指標が直接表示された。
レンズ越しに見える彼らの精神的健康が、2から一気に60、80へと急上昇していく。
「嘘だろ……。体が、軽い……。借金が消えただけじゃない、明日働くのが楽しみになるなんて……っ!」
職人たちの目に、かつての輝きが戻る。それは、恐怖で縛るブラック経営が、ホワイトな福利厚生資本に完全に敗北した瞬間だった。
その様子を、物陰から見ていた見習い清掃員の黒崎が、モップを握りしめて呟いた。
「……フン。労働分配率を上げることが、これほどまでに組織の弾力性を高めるとはな。奴らブラックギルドの連中、今頃は自分たちの含み損を数えて震えているだろうよ」
黒崎の目は、かつての冷酷な経営者ではなく、一つの巨大な変革を目の当たりにした観測者のものだった。
夕暮れ時。ログウッドは、かつての活気を取り戻し、ホワイト株式会社の「ログウッド支店」として再起動を果たした。
「タクト様。職人さんたちから、感謝のメッセージが1秒に100件のペースで届いていますわ」
シルフィが嬉しそうに端末を見せる。俺は満足げに頷いた。
「これが白馬の騎士のやり方だ。奪い合うビジネスはもう古い。これからは、幸せを共有する循環型経営の時代だ」
だが、聖王国のブラックギルド連合が、このまま引き下がるとは思えない。奴らは次の一手として、さらなる「経済的封鎖」を仕掛けてくるはずだ。
「魔王が目覚める前に、この世界の市場をすべて白く塗り替えてやる」
俺は次なる実行計画を脳内ボードにピン留めした。
(残り238日。明日は何が出る?)




