第125話:【125日目】見えない鎖と、人的資本《ヒューマン・キャピタル》の防衛
ホワイト株式会社本社の最上階、代表取締役執務室。
俺は最新の市場感応計算機が空中に投影する、冷徹な財務諸表のホログラムと対峙していた。
聖王国のブラックギルド連合が隣町ログウッドで強行しているのは、短期利益を毟り取るための資産剥奪という名の虐殺だ。
「……酷いな。これでは事業の持続可能性など皆無だ」
奴らは工房の設備をバラ売りし、土地の権利を切り売りしている。残るのは、膨大な負債と使い潰された職人の残骸だけだ。
PMとしての俺の直感が、システムの脆弱性を警告している。これは経済戦争の第一段階であり、現場を焼き払う「焦土経営」そのものだった。
俺は思考のノイズを振り払い、デスク脇に浮かぶクリスタルUIへ指を伸ばした。
魔導OSの滑らかな挙動と共に、透き通ったカレンダーの魔導シートが空間を滑る。「残り240日」から「残り239日」へ。
シートをスワイプした瞬間、執務室は昼間のような黄金の光に満たされた。魔王復活という最終納期がまた一日、確実に近づく。
『工程更新完了。システムログ:SSRアイテムを獲得しました』
視界の端に流れるシステムログと共に、光の中から一対の精緻なデバイスが具現化した。現れたのは、左目に装着するスカウター風のレンズだった。
SSR【魔導・人材価値可視化レンズ《タレント・スキャナー》】
このアイテムは、対象の潜在能力、技術習熟度、そして精神的健康を数値として視覚化する。
「今の状況において、これ以上ないほど有効な計測器だ」
俺は期待感を胸にレンズを装着した。ログウッドの惨状を、単なる悲劇ではなく定量データとして解析する。
俺は隠密隠蔽プロトコルを起動し、移動コストを度外視してログウッドへと跳んだ。
目的地は、かつて名工が集うと言われた歴史ある工房街だ。
レンズ越しに職人たちをスキャンすると、AR表示が激しく明滅した。
技術習熟度:98。歴史を刻んだ手のタコが「無報酬労働のログ」として強調される。
しかし、その下に表示された精神的健康は「2」。死にかけのネオンサインのような赤色が、最悪の異常な乖離を警告し続けている。
職人たちの目は、濁ったガラス玉のように生気がない。
「道具以下……か。人間を償却資産としか見ていないのか」
俺の胸に、静かだが激しい憤りが炎となって灯った。
「……無駄ですよ。彼らはもう、逃げる選択肢を脳から削除されている」
背後からかけられた声に振り向くと、清掃バケツを持った黒崎が冷ややかにログウッドを見つめていた。
「あの連中は、人的資本の顧客生涯価値を完全にドブに捨てている」
黒崎はかつての自分を嘲笑うように、毒気を含んだ声で続けた。
「恐怖と借金という名の『見えない鎖』は、組織を内側から腐らせる不良債権だ。出口戦略のない搾取は、最後に誰もいなくなるだけの、非効率極まりない愚行なのですよ」
俺は本社へ帰還し、即座に全幹部を円卓に招集した。
「これより、プロジェクト:白馬の騎士を開始する!」
奪うだけの敵対的買収に対抗し、俺は「守るための買収」を宣言した。
「ブラックギルドに買収された全ての工房に対し、救済的買収を仕掛ける! 予算は、事前に確保していた余剰魔力予備費から一括投入だ!」
これは単なる慈善活動ではない。
「優しさを、戦略的資本投資として実行する。俺たちの資本力は、職人の笑顔という無形資産を守るためにある!」
「「「おおおおおっ!!」」」
執務室に幹部たちの熱狂が渦巻く。救済した職人は全員、我が社の正社員として直接雇用する。
全社員のモチベーションが、グラフを突き抜けて上昇していく。
俺は手元の端末で、翌日の初期買収予算の配分計画を確認した。
やるべきことは山積みだが、視界はかつてないほどクリアだ。最強のチームと、積み上げた圧倒的資本。それら全てを、ブラックな支配を事業停止させるために叩き込む。
(残り239日。明日は何が出る?)




