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シビルの子  作者: 健人


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58.「~~こうするんだっ!」

 顔を上げたドナホゥの眼に映ったのは、両眼を金色に光らせ、全身からも周囲が歪んでいるかのような凄まじい量の魔素をくゆらすアイシャの姿だった。アイシャ? ――いや、シビル? さっき聞こえた声はアイシャのようだったが。


「捨ててください、そんなのっ!」


 間違い無い! アイシャだ! よく分からないが、シビの儀式は失敗したという事なのだろうか? 

 だが期待を込めて立ち上がろうしたその瞬間、アイシャの表情が歪む。


「……間に合わなかった」


 両手で顔を覆って、何度も首を振りながらアイシャは叫んだ。


「〜~間に合わなかった! 間に合わなかった! 後少しだったのに、間に合わなかった!」


 ……ネジドの事か。


 ドナホゥが口を開こうとしたその時、アイシャが顔から手を離した。その顔を見た瞬間、彼女の背筋が凍りつく。


 ()()()()()。同じ人間とは思えない程に醜く、悪辣な笑みを浮かべて、笑っていた。


「残念だったわねぇ。……でも正直、肝を冷やしたわ。ここまで、抵抗出来るなんて思ってなかった」


 アイシャじゃない。声は変わらないが、その口調や雰囲気は一変している。……2人、いるという事? アイシャの体の中に、アイシャとシビルが。


「でも、ここまでよ。この体は、あたしが貰う。あなたは、あたしになる。さっさと受け入れなさいな」


 両手を広げると、全身を包む魔素が金色に輝いた。が、その輝きはすぐに消えてしまう。


 ……まだ抵抗するのか。


 舌打ちをして、掌に魔素を集める。心臓に僅かに感じる違和感。ここを全て満たさなければ、完全とはならない。ならば――直接、魔素を送り込む! 十分に凝縮した魔素の塊を、目の前に掲げる。これならば、残ったアイシャの魔素を確実に消し去る事が出来るだろう。


 ――それが一瞬、明滅した。


「何っ!?」


 目を剥いた瞬間、再度その塊は光を瞬かせた。何だ? ここまでの力は残っていない筈――。


「――私は、1人じゃ無い」


 何だと?


「あなたは――()()は、土の魔女でしょう。だったら、分かるでしょう。足もとから、伝わる力が」


 ハッとして地面に目を向ける。そして、自身の周囲に金色の粒子が散らばっている事に気が付いた。これは――あたしのものじゃあ、ない。これは――。


「そう。おじさんだよ。体を失っても、意志は残ってた。それが、あたしを助けてくれてる」


 あの男の体が崩れた、その残滓だと? そんなものに意志等、ある筈が無い!


「それが、あるんだ!」


 地面に光る粒子が一斉に輝きを放つと、稲妻のように足の裏から脳天に向って衝撃が走った。体が——動かない!? 


「でも……これも、私のせい。おじさんに、力を与えてしまったから。いくら求められたからといってもやっぱり、するべきじゃあなかった。……なかったんだ」


 アイシャの眼の前に、金色に輝くネジドが立っていた。目深に被った帽子で、その表情は分からない。……これは、幻なのだろうか。これから私がやろうとしている事を、おじさんはどう思うだろう。きっと、反対するだろうな。優しいから、おじさんは。


 ネジドが帽子のつばに触れて、少し下げた。それはやれよ、という合図のように思えた。


「——!?」


 シビルはいつの間にか手に握られていたものを見て、眼を剥いた。魔素剣!? だけどあの男が使っていたのは向こうに——。


「私の、だよ」


 3本目の魔素剣! ——何をする気!?


「決まってる。~~こうするんだっ!」


 芯棒が伸び、光を帯びた。本来のアイシャの体に合うようにしているのだろう。大人の体に対しては、短剣程のサイズだ。それを両手で握り直し、刃を自身へと向ける。動かない、動かせない筈の腕が勝手に動くのを、シビルは見ていることしか出来ない。


「アイシャちゃん——」


 それまでのアイシャとシビルのやりとりは、ドナホゥには聞こえていない。それでも、アイシャが何をしようとしているのかは分かった。唇が歪み、今にも折れそうな程に強く食いしばられた歯が見える。魔素剣を握った両手が端からでも分かる位に震えているのは、シビルが抵抗しているだろうか。


「やめて――やめなさいっ!」


 顔がこちらへ向けられる。食いしばられた歯が、ゆっくりと動かされた。


 ――あり、が、とう。


 そう言ったように、見えた。そして次の瞬間、魔素剣の切っ先がアイシャの心臓へと突き立てられた。

 耳に聞こえた悲鳴は、シビルのものなのか、無意識にあげた自分のものなのか、分からない。


「~~ドナホゥ、見ろっ!」


 ミルサークの声に我に返る。心臓に魔素剣を突き立てたまま、アイシャはゆっくりと膝をつく。その背中から、何かが吹き出した。金色の粒子。それはアイシャの全身を包むように広がっていく。


「何――?」


 気が付くと、周囲の地面も金色に輝いていた。まるで生き物が呼吸しているかのように、瞬きを繰り返している。アイシャの体が完全に粒子に包まれた。まるで、繭みたいだ――と見つめていたドナホゥは、ハッとして地面に付いていた手を離す。粒子が自分達の所にまで広がってきたのだ。それはあっという間2人を霧のように包み込んだ。


「これって……」

「っ、ドナホゥっ!」


 ミルサークの方を振り向き、ドナホゥは目を見張った。


「ギルド長、腕が――」


 失われた筈のミルサークの片腕。そこに粒子が集まっている。それは次第に腕の形となり、粒子が消えた時、本物の腕がそこにあった。


「ウソ……でしょ」


 回復魔法? だが欠損した部位を復活させる程の効果など、聞いた事もない。 


「だ、大丈夫なんですかっ?」

「……うん。腹も、治っているようだ」


 ミルサークは戻ったばかりの手で腹を撫でてみる。酷く腫れていた部分が今は全く違和感が無い。その感覚も、しっかりと伝わってくる。

 アイシャはどうなったのか。金色の霧に阻まれて全く見通しが効かない。脚も問題無い事を確認し、移動しようと体を持ち上げたその時、霧が薄くなってきている事に気が付いた。アイシャの影は見えない。


――いや、いた! 地面に横たわっているのだ。膨らんだ衣服が見えた。


 動こうとしたドナホゥの腕を反射的に掴む。


「落ち着け。あれがアイシャだとは、限らんぞ」


 ドナホゥが睨みつけるような視線を向ける。気持ちは分かる。だが――。


 その時、衣服が動いた、ように見えた。2人は顔を見合わせると、同時に飛び出した。


「〜~アイシャっ!」

「アイシャちゃんっ!」


 駆け寄った2人は息をのんだ。そこにあったのは衣服だけ、のように見えたからだ。


「ま、まさかネジドさんみたいに……」


 ドナホゥが青ざめた顔で呟く。粒子化してしまった? まさかそんな――。震える手で衣類を掴もうとした時、それが動いた。ハッとして衣類を引き剥がす。


「~~あぁっ……!」


 ドナホゥが息を吐いて、しゃがみ込む。

 そこに、いた。10歳の、本来の子供の姿に戻ったアイシャが。合わなくなった服が脱げて、裸になってしまっている。ミルサークはその上半身を抱え上げて、露わになったその胸を確かめた。傷は——無い? 


「い、生きてるんですよね?」

「ああ、心臓は動いてる」


 しかし、まさか。自ら心臓を突いたのを、この目で見たのだ。この目で——。その瞬間、ミルサークはハッとして自分の左目に手をやった。——見えてる! 魔素に侵されて、光を失った筈の左目が。これは、アイシャの力なのか。それとも魔女の……? だが魔女が、他者の傷を癒やす理由など無い筈だ。——頼む。アイシャであってくれ。


 その時、地面が光った。気の所為ではない。粒子が再び光り出して、地表をゆっくりと流れている。……風? いや――。


「~~ギルド長、見てくださいっ!」


 ドナホゥの声に視線を上げると、集まった粒子が竜巻のように渦を巻きながら、立ち上がっていた。それも2つ。2柱の粒子は次第にその濃度を濃くして――。


「……お父、さん」


 下からの呟きに仰天する。アイシャは体をもたげて、叫んだ。


「~~おじさんっ!」


 ミルサークとドナホゥにも見えた。粒子がそれぞれ人の形を形作る。リドワンと――ネジド。2人はしばらくその場に佇んでいたが、やがて揃って踵を返した。


「待って! どこ行くの? 戻ってきて!」


 服がはだけるのも構わずに立ち上がろうとするアイシャの肩に、ミルサークはそっと手を置いた。

 2人が立ち止まり、振り返った。リドワンが片手を上げて――次の瞬間粒子は急速に薄くなり、その姿が消えた。アイシャが声にならない悲鳴を上げる。


 ネジドはリドワンの消滅を確認したように頷くと、再び歩き出す。その先に、何かが立っていた。粒子による人影。2人いる。ミルサークの目には、男女の一組のように見えた。2人はネジドを歓迎するかのように手を広げ、迎え入れると、揃って奥へと歩いていく。


「待って——」

 アイシャは手を伸ばし、悲痛な声を上げた。「おじさんっ!」


 しかし、彼らが歩みを止めなかった。その姿は次第に闇に紛れて——蝋燭の炎が燃え尽きたかのように、見えなくなった。

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