54.「見えたようね」
巨大な槍と化した光の刃がリドワンを貫き、背中からその穂先を突出した。その勢いのまま後方に吹き飛ばされる。仰向けに地面に倒れた時には刃はその姿を消していて、残されたのは深々と胸に開いた傷穴。そこから、噴水のように鮮血が流れた。
「リドワンッ!」
俺は『回復』の魔符を取り出しつつ駆け寄る。が、一目見て直感した。してしまった。傷口に押しつけるようにしつつ魔符を発動させる。ほんの少し、血の流れが収まったような気がしたが、それだけだった。傷口が大きすぎる。何より、魔法による『回復』はいわば当人の治癒力の前借りだ。完全に破壊されてしまった心臓を治せるような治癒力を持った人間など、いるはずもない。
「ネジドさんっ!」
辛うじて耳に届いたドナホゥの叫び声に、俺は横に飛ぶ。触手の追撃が、地面ごと俺とリドワンを吹き飛ばした。
〜〜まずいっ!
地面を転がりながらリドワンの姿を捜す。シビルは喰った人間の影を創り出せる。アキルやファティのように。もしリドワンの影を創られたら――。
「安心なさい。今更、影なんて作らないわよ。自分でやった方が早いものねぇ」
分かるものか。土砂に半分埋まりかけたリドワンを見つけて引っ張り出し、ドナホゥらの所まで後退する。
「し、死んじゃった、ですか?」
訊くまでも無いその問いに、俺は無言でリドワンを託す。
「頼む。――すまんが」
ドナホゥは必死に顔を歪めて今にも決壊しそうな涙腺を必死に押しとどめつつ、頷いた。川の字に並ぶアイシャ、ミルサーク、そしてリドワン。
「……まるで、死体置き場だな」
「何て事言うんですかっ!」
俺を睨みつけるドナホゥの瞳から、ついに涙が零れ落ちる。
「……分かってるよ」
アイシャもミルサークも、まだ生きている。これ以上、死なせはしない。――死なせはしないさ。
俺は立ち上がり、ゆっくりとこちらへ近付いてくるシビルの方を見やる。このまま近付かせる訳にはいかない。
「ドナホゥ、瞬時帰還の使い方は分かってるな? いつでも使えるように準備しておけ」
ごくり、というドナホゥが唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえた。
「いつでもって――いつ、使えって言うんですかぁ?」
俺を置いて今すぐにでも、と言いかけて俺はその言葉を何とか押し留めた。
「俺がやられたら、だ。――悪いな、我儘言って」
「わ、我儘なんて――」
リドワンがやられ、魔符や回復薬等も底が見え始めている。俺が戦える時間も、そう長くは無い。ドナホゥも分かっている筈だ。希望等、既に無いのかもしれない。だが俺はまだ、生きている。……なら、その間位、足掻けるだけ足掻いてやるさ。
俺はリドワンの腰から残ったカートリッジを回収する。
「……頂くぜ」
もしかしたら俺の知らない何かを持っているかもしれないが、これ以上の死体漁りはマタハットの領分だ。……そういえば、魔素剣はどこだ? その手からは消えている。吹き飛ばされた時に、どこかにいってしまったのか。
俺は唇を噛みつつ踵を返し、改めてシビルと対峙する。
「……何をしたんだ?」
「何の話し、かしら」
何となく気だるげな様子で答えるシビルを、俺は睨みつけた。
「とぼけるな。リドワンが理由も無く動きを止める筈が無い。――何をしたんだ」
「別に」
シビルは肩をすくめて、そして言った。「あたしはただ見せた、だけよ」
「見せた? 何を?」
「普通の眼じゃあ、見えないのよねぇ。あの男がマタハットだから、見られたのよ。……もしかしたら今のあなたなら、見られるかもねぇ」
「どういう――」
意味だ、と口に出そうとしたその時、シビルの手が動いた。反射的に身構えようとした次の瞬間、脳髄に太い釘でも打ち込まれたような、凄まじい痛みが襲ってきた。俺はたまらず頭を押さえてかがみ込む。
「てめぇ、何を――」
「ちょっと、手助けをしてあげたのよ。あなたの周りの魔素を濃くしてね。――さあ、いい子だから。顔を上げなさい。そしてその目で、あたしを見てご覧」
ともすれば頭痛に耐えかねて閉じようとする瞼を必死にこじ開け、俺は顔を上げた。そして、眼を疑った。そこに立っていたのは、アイシャだった。
いや違う! そんな筈は無い! アイシャはドナホゥらと一緒に後ろで――。
パチン、とシビルが指を鳴らして、俺は我に返った。そう、シビルだ。正面に立っているシビルが、指を鳴らしたのだ。アイシャではない。
「見えたようね」
「今のは――」
「あなたが見たのは魔素よ。あたしの中の魔素。もう半分以上、あの子はあたしになってるからねぇ。魔素しか見えないマタハットなら、そういう風に見せるのは容易いもんさ。……実際の見た目はともかく、ね」
シビルは皺だらけの口角を上げた。
……そうか。リドワンも見たのだ。俺と同じ物を。
「それと、もう一つ教えてあげる。あの子と繋がってた粒子を切って安心してるようだけど、儀式は続いてるからね」
「……何だって?」
いつの間にか、頭痛は治まっていた。
「あたしは土の魔女。そしてこの迷宮は、あたしが造ったものよ。迷宮の中にいる限り、あたしからは逃れられないわ。もう少しで、儀式は終わる。……話している間に策を考えていたんでしょうけど、その時間はあたしにも有難かったわ。お礼を言わなきゃね」
図星だった。シビルを殺す手段を、必死て考えていた。だが、見えない。俺一人では、どうやっても勝ち筋が見えない。……ならば、切り替えろ。今の俺に出来る事は、何だ。出来る事をやるんだ。せめてそれ位やらなくては――顔向けできないだろう。
俺は掌に忍ばせていた『爆裂』の魔符を3枚、同時に放った。
「ふんっ、性懲りも無く!」
シビルが鼻を鳴らすと同時に地面がせり上がり、爆風を防ぐ。分かっている。これは目くらましだ。即座に壁を解除して、次の攻撃に備える。――さすがに真正面からは来ないか。ならば、上?
「~~正面だよ、クソッたれっ!」
薄くなりかけた爆炎を切り裂いて飛び込んできた光の刃を、こちらも光の刃で受け止める。
「芸が無いわねぇ、馬鹿正直に真正面ばかりから、なんて」
「曲がった事が、大嫌いなもんでね」
心にも無い言葉を吐いた俺の背後から、触手が迫る。――これだ。これがあるから、一人では無理なのだ。
最後の『爆裂』の魔符を発動し、その爆風を利用して一度後方へ逃げる。間髪入れず飛び出そうとした俺の足元が揺らいで凄まじい勢いで柱のように立ち上がり、俺を上空へ押し上げる。そこには俺をサンドイッチにしようと、触手が待ち構えている。
飛び降りたら、奴の思う壺だ。『飛翔』の無い空中では攻撃を避ける術が無い。だから俺は、魔素剣を地面を突き立てる。魔素同士の干渉もあるのだろう。中心に切れ込みを入れられたそれは呆気なく崩壊し、立ち上がる力を失って俺を地面へと差し戻す。地表に達する直前で俺は辛うじて残った土塊を蹴り、その勢いで再びシビルへ。下から斬り上げようとした刃は当然の如く防がれるがその刹那、シビルの表情が苦しげに歪んだような気がした。
奴も、弱っている?
胸中に僅かに浮かんだ希望。勝てるなどとはもはや思っていない。だが、出来る事はやる。やり切ってやる。勝てずともそれが時間を稼ぎ、アイシャ達を助ける事になるのであれば――。
「1つ、教えておいてあげる」
唐突に、シビルが口を開いた。
「……何だ?」
答えながら、周囲への警戒は怠らない。怠れない。
「最後の手段で、瞬時帰還を使う事を考えてるんでしょうけど――」
「心配すんなよ。俺は、最後まで付き合ってやるからさ!」
話しながら、想定通りに会話に割り込んで来る攻撃を弾き返し、再び鍔迫り合いへ。
「あの子には、効かないからね」
あの子? って――。
「アイシャか?」
返事の代わりにニヤリと口が開く。そこに歯は見えない。
確かに、ここまできてみすみす逃すとは思えない。いや、それ以前に儀式は継続中だと言っていた。つまりこの瞬間もアイシャとシビルはどこかで繋がっている、という事か。
「〜〜そうかい!」
俺は一度距離を取り、その瞬間にカートリッジを交換する。
――何となくだが、その可能性は考えていた。だが、分かりやすくて良いではないか。生き残った方が総取りする。戦いとは、そういうものだ。
「――そうよっ!」
シビルが鋭く叫ぶと同時に、地面が揺れた。〜〜飲み込もうというのか。横に飛ぼう――と力を込めたその軸足が、ズルっと滑った。
しまった――と悔いる間もなかった。後方から迫って来た触手がその巨大な質量で俺の体を吹き飛ばした。正面に翔んだ俺を、待ち構えていたもう一本の触手が反対方に叩き飛ばす。四肢に関節を増やし、それらをありえない方向へ曲げながら俺は無ずすべなく地面を転がった。
ドナホゥの悲鳴が聞こえたような気がした。




