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シビルの子  作者: 健人


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55/55

55.「ごちゃごちゃうるせぇよ」

 ――生きているのか、俺は。


 虚空をぼんやりと見上げながら、俺は思った。


 ……凄いな。リドワン、見てくれよ。俺は、魔素剣を離さなかったぜ。あんたとは違う。まぁ握れてるだけ、だけどな。


 体に力が入らない。自分の関節が、何処にあるのか分からない。痛みを感じていないのは、神経までやられてしまったという事なのか。痛みを感じる間は死んではいない、と良く言われるが、俺はやはり既に死んでしまっているのだろうか。……分からない。分かるのは、自分が地面にまるで死にかけのスライムのように、力なく横たわっているという事。


 ああでも、魔素剣を握っている感覚はある。指先が、僅かだが動くのを感じる。それが、魔素剣の冷たい金属製の柄に触れているのだ。視線を向ける。徐々に視点が合う。魔素の供給が切れて、芯棒が自動的に収納された魔素剣。


 ――こいつはまだ、生きている。


 俺は唇を精一杯の力で噛み締めた。痛みを感じる。――俺もまだ、生きている。ならば、諦めるな。やれるなら、やれ。やり尽くせ。もう2度と、後悔しない為に。俺は反対側の腕に力を込めてみる。肘から先は、ダメだ。動かそうとして激痛が走った。


 〜〜おかげで、眼が覚めたぜ。


 肩の関節を動かし、言うことを聞かない腕を体の上に無理矢理引き上げる。手首だ。そこに最後の『回復』の魔符を仕込んである。完全回復は無理だが、動ける位は出来るようになるだろう。それを何とか口で――。


 ◇ ◇ ◇


 ……まだ、生きているのか。


 シビルは小さくため息をつく。放って置いて構わない。生きているとはいえ虫の息で、儀式も後少しで終わる。魔素の入れ替えはほぼ完了していて、最後に核となる部分を移動させれば、新たな体を手に入れて、平穏な日々を過ごす事が出来る。誰にも干渉されず、穏やかに過ごせる。だがその為には――。


 シビルは一歩、踏み出す。懸念は全て、排除しておかないと安心出来ない。


 脚を動かす度に、全身に激痛が走る。この肉体はもう、限界だ。地面を踏み締める度に肉が崩れ、骨が軋む。体内に残った、僅かな魔素を練る。掌が光り、徐々に刃が形成される。短刀サイズでいい。奴の心臓を貫ければ、それで良いのだ。だがもう飛ばすだけの余力は無い。近づかなくては。もう少し、もう少し――。


 ◇ ◇ ◇


「や、やられちゃった……。ネジドさんが、やられちゃった……」


 ドナホゥは茫然と呟いていた。

 助けに行かなくては。いや、今こそ瞬時帰還(スティック)を使うべきではないのか。どちらの選択が正解なのか判断つかず、ドナホゥはその場で硬直するしか無かった。


「……ドナホゥ」


 突然かけられた声に、仰天して振り返る。


「ギルド長っ! だ、大丈夫ですか?」


 ミルサークがその巨体を持ち上げようとしていた。彼女は瞬時帰還(スティック)がセットされた腕輪を外すと、差し出した。


「これを持ってろ。私が飛び出したら、すぐに使うんだ」

「へ――?」


 唖然とするドナホゥに腕輪を押し付けて、ミルサークは立ち上がる。


「見ろ。魔女がネジドに近づこうとしてる。つまりまだ、あいつは生きているんだ。ここで動かなきゃあ、女がすたるってもんさ。汚名も返上せんといかんしな」

「む、無茶ですよぉっ! ギルド長だって、ボロボロじゃないですかっ!」


 一見外傷は無さそうに見える。だが問題は体内だ。魔素の流れが安定しない。魔女に操られた影響だろう。人ひとりを無理矢理操る力。無事で済む筈が無い。1人で立ち上がれたのが不思議な程だ。


「一発位なら、魔法を撃てそうだ。後はまぁ、接近戦だな。私の得意分野さ。心配するな。勝てるなんて、思ってない。ネジドにこれを、届けてやりたいんだ。それだけさ」

 ミルサークは手の中の『回復』の魔符を見せた。「やられっぱなしってのは性に合わないんだ。知ってるだろう? 『身体強化』、頼む」


「だったら――戻って来てくださいっ!」

 ドナホゥは叫ぶように言った。「ギルド長が戻って来なければ、瞬時帰還使いませんからねっ!」


「――分かったよ」


 ミルサークは一瞬振り向いて笑顔を見せた。


 約束は出来んが、な。


 両腕のアルクァ・バルトを展開するだけの余力は無い。利き腕に魔素を集中させる。


「……展開(アルナシャー)!」


 バシャッと小気味良い音を立てて、ミスリル製のプレートが展開する。ほぼ同時に、ドナホゥが『身体強化』をかけた。


「……もう、これでカラッケツですよぉっ!」

「十分だ。ありがとう」


 腰だめに拳を構え、一度深呼吸をする。


「〜〜いけえっ!」


 2人分の魂を乗せて撃ち抜いた拳から、凄まじい光が発せられた。


 ◇ ◇ ◇


 想定外の攻撃だった。横合いに急に発生した魔力の塊。それを感知した時には既に、光がこちらに向かって突進してきていた。


 まずい――。


 ミルサークが本来の力を出せていれば、避けられなかっただろう。シビルに向かって一直線、と思われたそれは直前の地面に激突して地表を削り、それらの破片を巻き上げながらシビルの体を吹き飛ばした。無すすべなく宙に浮かんだ後で、地面に叩きつけられる。

 全身がバラバラになったかのような痛みを堪えつつ視線を上げると、土煙を吹き飛ばしながら飛び込んで来る巨体。


「〜〜舐めんじゃないよっ!」


 掌で地面を叩く。が、その光は弱々しかった。本来出したかった土壁は発動せず、土塊が数える程度浮き上がっただけ。

 だが、十分だ。僅かだが、ミルサークの突進が弱まったのを見逃さなかった。地面に横たわったままのシビルに向けて、拳を振り上げる。


「――貰ったぞ! シビルっ!」

「あたしがね」


 シビルが指先を少し動かすと同時に、空中に細長い光の筋が走った。

 目の前を光の筋が通り過ぎただけ。意に介さずにミルサークは拳をシビルに打ち下ろし――たつもりだった。


 だが、届かなかった。肘から先が、無くなっていたからだ。


「その腕、貰ったわ」


 痛み等微塵も感じなかった。拳を握る感覚すらある、気がする。だが、無かった。アルクァ・バルトごと、地面に転がっていた。

 それでも、ミルサークは止まらない。獣のような咆哮をあげつつ、切断された腕を突き出す。シビルは目を剥き、地面を叩く。地面が揺れ動き、その体を僅かに移動させた次の瞬間、今いた場所にミルサークの一撃が叩き込まれた。傷口が潰れ、弾け飛んだ血糊がシビルの顔にまで届く。


「……勝ったぞ」


 打ち込んだ体勢のままで、ミルサークが呟いた。


「――何を言ってる?」


 ミルサークの腹には隆起した岩の塊が、深々とめり込んでいた。その巨体がゆっくりと横にずれて、地面に転がる。残った手の指先が、何かを指しているように見えて、シビルはそちらの方を向く。


 その表情が凍り付いた。


 ネジドが、立っていた。2枚の使用済みの魔符が、地面にはらりと落ちる。左右、それぞれの手には何かが握られていた。


 ……魔素剣!? 何故2本も――。


 ◇ ◇ ◇


 偶然なのか、それとも必然だったのか、分からない。『回復』の魔符1枚消費しても、動かせるようになったのは両腕程度だった。想像以上に俺の体はヤバい事になっているらしい。

 その時起こった、爆発のような衝撃に吹き飛ばされると同時に感じた新たな魔符の効果。視界の端に、ミルサークのニヤリと笑う八重歯が通り過ぎた――ような気がした。回復の余波の痛みを堪えつつ、脚が動く事を確認する。


 ……まだ、戦える。


 立ち上がろうと地面に手をついた時、そこに違和感を感じた。明らかに岩や土くれでは無い、冷えた、そして、覚えのある手触り。――リドワンの魔素剣。何故か驚きはなかった。そこにあるのが当然のように、そこに導かれたように、俺は自然とそれを手に取り、立ち上がると同時に刃を発した。


 左右の手に俺と、リドワンの魔素剣。双剣。俺本来の戦闘スタイル。


 シビルが血相を変えて、触手をこちらへ向ける。……無駄だ。()()()()()


 目の前で、触手が細切れになった。不思議だ。体を動かした記憶が無い。崩れ落ちる粒子が、異常にゆっくりに見える。一歩、踏み出す。足の裏から、全身に伝わる衝撃。痛みとは違う。だが、知った事か。感覚があるなら、それでいい。脚がまだ繋がっていて、かつ動かせる。素晴らしい。それ以上、望む事など無いのだから。

 シビルは隆起させた岩によりかかり、こちらを見ている。顔を歪めて眼を見開き、何事かをわめいているようだ。


 ……落ち着けよ。皺が増えるぜ。


 開いた掌から、『氷針』が発せられる。だがそれも、俺が無意識に2本の魔素剣を振ると蒸発する。


「――無駄だよ」


 一歩一歩、ゆっくりと俺は歩く。そうでしか進めない。しかし確実に、シビルへと近付いていく。シビルの手が光るが、魔法は出ない。そういえば職種も、あれ以降発生していない。……奴も、限界という事なのか。そうであってくれ。俺も――。


「~~馬鹿な、馬鹿な!」


 シビルの声が、俺の耳に届いてくる。


「お前の眼! 迷宮の民(マタハット)とは違う! それは一体――」

「……ごちゃごちゃうるせぇよ」


 俺は両手の魔素剣を逆手に持ち替え、2本を合わせて振り上げた。2本の刃が重なり、巨大な1本の刃のように見える。その切っ先を、シビルの心臓へと振り下ろした。

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