53.「――舐めんじゃないよ」
上空から落ちて来た何かが、魔力と共に凄まじい勢いで地面に激突した。爆風と共に吹き飛ばされた大量の土砂が、シビルに向けて殺到する。
こんなもの――。
『光壁』を張ろうとしたその時だった。何かが千切れる感覚と同時に、全身の力が抜ける。
――まさか!?
考える間もなく巨大な土塊がシビルを直撃し、彼女の体を吹き飛ばした。
◇ ◇ ◇
「や、やったですかぁっ!」
土砂を押しのけて立ち上がった俺の下で、ドナホゥが顔をしかめながら声を上げる。
「〜〜分からんが」
周囲は土煙が立ち込めて状況が分からない。しかし、先程まであった、シビルの強大な魔力が弱まっている。何かしら効果はあった、と思いたい。
爆心地がうっすらと見えてくる。そこに仁王立ちする人影――ミルサーク。俯き気味で、表情は分からない。瞳の色も、だ。と、腕を動かし、戦闘態勢をとる。
……ダメか。
舌打ちした瞬間、彼女が膝から崩れ落ちた。俺はドナホゥの首根を掴んで立ち上がる。視界の端に、アイシャを粒子の中から引きずり出そうとしているリドワンの姿が入った。
シビルは? どうなったんだ? いや、考えている暇は無い。俺はクレーターのように陥没した地面の中心に倒れたままのミルサークの傍に、ドナホゥを投げ出すように下ろす。
「様子を見てくれ。外傷は無いと思うが」
「だ、大丈夫ですかね。また、襲ってきたりしませんよね?」
「と、思うがな」
ミルサークの一撃で、シビルとアイシャを繋ぐ粒子の管は断ち切れた、と思う。シビルにもダメージは入った筈だ。だがそれでミルサークの呪縛が解ける保証は無い。
「イザとなったら逃げろ」
「あ、あたし『転移』使ったばかりで余裕無いんですけどっ?」
それだけぼやけりゃ大丈夫だよ、と言い置いて俺はクレーターを囲む土塁のようになった土砂の上に登る。捜すまでもなく、シビルはそこにいた。身体的には全くダメージを受けたように見えない。だが、弱っている。確実に、その力は弱まっている。
「……やってくれたわね」
上から見下ろしているのもあって、その表情は分からない。が、その声には何となく苦笑が混じっているように聞こえた。つまりまだ、余裕があるという事だ。……そうだろう。そうだよな。
「リドワンが、あんたを引き付けてくれたからな」
「その隙に、か。……ふぅん、案外アタマ使えるのね、あなた」
ミルサークがこれまでにも何度か見せた、上空へ舞い上がり、落下の勢いを利用してアルクァ・バルトの拳を打ち込む技――当人は、『フライング・クラッシュ・メガトンパンチ』などと呼んでいたが――それを、例の粒子の管へと打ち込ませたのだ。儀式の為、シビルの位置がほぼ固定されていたからこそ出来た作戦だ。ミルサークを誘導し、ドナホゥの転移魔法を利用して狙いをつける。言うほど簡単では無かったが――。
「ネジドさん! ギルド長、気を失ってますけど、とりあえず体は大丈夫そうです!」
「アイシャも確保した! そっちへ行く!」
後ろからの言葉に俺は小さく手を振る。殆ど思いつきだったから仕方ないが、ロクな説明もしなかったにも関わらず俺の意図を察してくれたドナホゥにはいくら感謝してもしきれない。リドワンにもだ。
もしかしたら俺は今、生涯で最高のパーティを組めているのかもしれない。 ……アキルとファティには悪いが、な。
リドワンが俺の横に立つ。
「――アイシャは?」
訊ねた俺に、首を横に振る。
「わからん。全身に、あり得ない量の魔素が巡っているんだ。目を覚ます様子も無い」
「……安心なさい、死にはしないから」
正面からの言葉に、俺達は同時に視線を向ける。
「死なせる訳にはいかないものねぇ。……あたしになるんだから」
シビルは頬が引き攣るように顔を歪めて笑みを浮かべた。……諦めるつもりは無い、か。まぁ、期待はしていなかったが。いずれにしても儀式は進んでいた筈で、アイシャの体が心配だ。ミルサークの事も。
――やはり、出来るだけ早めにケリをつけなければ。
「焦るなよ」
俺の心を見透かしたようにリドワンが言って、俺は動かそうとしていた腕を止める。
「お前が残っていれば、何とかなる。だから、焦るな」
「……分かってるよ」
俺は軽く息を吐き出して、魔素剣を抜く。「魔石は?」
「1つ、貰えるか」
腰から抜いた満タンのカートリッジを1つと、回復薬をリドワンに渡し、自分も回復薬を口にする。それで準備完了だ。
「行くぞッ!」
俺が先駆けだ。刃を発して、シビルへと突進する。今日何度目の吶喊なのか。しかしここからが本番なのだ。最短距離で間を詰めようとする俺に対し、シビルの体から黒い粒子が湧き出て4本の触手を形成する。
――遅いぜ! 間合いに入った!
しかし上から袈裟懸けに軌跡を描いた光の帯は、シビルの直前で止められる。ピンポイントの『光壁』による防御。そうでなければシビルといえども魔素剣は止められまい。だが止まるな。斬り続けろ。触手は、リドワンが相手をしてくれる筈だ。
剣を滑らせて横合いから払う。さらに逆、そして下からの斬り上げ。体内の魔素を最速で循環させる。その殆どが、魔素剣に吸われていくのがわかる。俺は動き続ける。シビル顔に深く刻まれた皺がさらに深く、そして苦しげに歪んだ――ような気がした。
まだだ、もっと、もっと。押し込め!
「――舐めんじゃないよ」
シビルが小さく呟くと指を鳴らした。瞬間、背筋に感じた悪寒。斜め上方に何か光を感じ、咄嗟に魔素剣を移動する。
まさか、光線?
パアン、と全身に響く衝撃。光線では無い。俺は、眼を見張った。魔素剣の刃に喰い付くように押し込んでくる光の筋。これは――魔素剣!? 細長い、光の刃。魔素剣の刃の部分だけに見えるそれが、宙に浮いている。それも2本。
「受けてばかりってのは、あたしの性に合わないんでねぇ」
もう一本の刃が俺の横っ腹に風穴を開けんとして、俺は通常の剣を抜いてそれを弾いた。〜〜弾けた! 俺は内心冷や汗をかく。魔素剣相手に通常の剣では、合わせた瞬間に刃が蒸発してしまうだろう。だが、今は弾けた。という事は、あれは魔素剣ではない。
その時、魔素剣の刃が一瞬明滅して、俺は唇を噛んだ。魔石切れか! だが――。
「代わるっ!」
鋭い声と共にリドワンが飛び込んで来る。位置を換わると同時に俺は魔素剣のカートリッジを交換して再度刃の発信を強めつつ、襲い掛かってきた触手を切り裂いた。剣を仕舞おうとして、その刃が未だに熱を持っている事に気付いてゾッとする。奴の刃が魔素剣でないとしても、それに近しいものなのだろう。一度だけだから保ったが、連続では受けきれまい。魔素剣での双剣でもなければ。――そんなもの、俺では扱えないだろうが。
「魔素剣、渡すか!」
リドワンに近づいて、俺は叫んだ。
「要らんよ」
互いに振り向く余裕は無い。「俺は双剣使いじゃない。それに、対策はしてある!」
対策って――。
その時、二手に分かれたシビルの刃がリドワンに襲いかかった。リドワンが1本目を魔素剣で受ける。問題はもう1本だ。受けられなければ避けるしかない。だがその分、次の一手が遅れてしまう。攻めきれない。
しかしリドワンが口角を上げたように見えた次の瞬間、魔素剣の柄の底から光が発した。それは短い刃を形成し、シビルの追撃を受け止める。
「あんたそれは――」
深い皺の奥のシビルの眼が、見開かれたように感じた。
「俺のは新型だって言ったろ。魔素に多少の余裕が出来てな。こういう細工をしてみたんだよ!」
リドワンは2本の刃を吹き飛ばし、シビルに迫る。俺は魔符を飛ばして援護する。湧き起こる爆発が触手の粒子を散らす中、リドワンは魔素剣を構えて突進する。
――いける! これなら!
が、次の瞬間リドワンの動きが止まった、ように見えた。
「何を――」
してるんだ、と叫ぶ間も無かった。シビルの2本の刃が一つにまとまる。それが正面からリドワンの体を貫いていた。




