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シビルの子  作者: 健人


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51/54

51.「操られているっ!」

 俺達の状況は最悪とまでは言わないが、決して良くも無い。負傷を癒す為の回復薬、魔素剣に使う魔石、何より、ここまで戦い続けてきた事による体力。どれも消耗が激しい。特にドナホゥは切り札を使った事もあり、端からも厳しい事が分かる。

 だが、休んでいる暇は無い。こうしている間にも、シビルがアイシャの体に乗り移る為の手順は進んでいるのだ。


「準備は、いいか? ――決して良く無いのは、承知の上だがな」


 リドワンは回し飲みした回復薬を最後に飲み干すと、そう言って口の端を上げた。俺は魔素剣のカートリッジを確かめる。まだカラになったものが無いのは、幸いだ。予備の魔石も、あとカートリッジ一本分位はあるだろう。ミルサークを見る。何度かアルクァ・バルトの収納と展開を繰り返していたが、俺と視線が合うとゆっくりと頷いた。


「……大丈夫か?」


 俺が声をかけたのは、何となく、顔色が優れないように見えたからだ。


「問題無い。気にするな」

「……なら、いいが」


 心配はできても、それ以上は何もできないのも事実だ。俺は開きかけた口を閉じる。


「それで、どうするんだ? 進めばいいのか?」


 ミルサークはリドワンの方を向いて尋ねる。彼の立っている先が進行方向になるのだが、暗闇が口を開けているだけで見通しが効かない。が、リドワンは肩をすくめて言った。


「何を言ってるんだ。忘れたのか? 俺達は今、小屋の中にいるんだぜ。ドナホゥのおかげで結界も崩れた。……そこに、見えてるだろう」


 リドワンが指した先を見る。最初は分からなかったが、徐々に俺にも見えてきた。暗闇にしか見えなかった空間。それは、空間ではない。――粒子だ! 漆黒の、魔女の粒子。女性陣はよくわからないようでキョトンとしていたが、リドワンは構わず魔素剣を振る。と――一気に、視界が晴れた。晴れた、というのも妙な言い方だが、つまりは先が見えるようになったのだ。そこに、いた。

 魔女、シビル。こちらに背中を向けている。その視線の先に、アイシャがいた。下半身を粒子に包まれ、宙に浮かんでいるようにも見える。


「――アイシャっ!」


 俺は叫ぶが、反応は無い。まさか、喰われているという事はあるまいが。5年前の光景が、頭をよぎる。上半身だけになった、ファティの姿。

 シビルが気だるそうにこちらを振り返った。


「……来たのね」


 俺は眼を見張った。皆も息を呑んだのが分かる。シビルの顔が変わっていた。声も、姿勢も、何もかも、だ。


「……随分急に、お年を召したじゃないか」


 これが、本来の姿なのだろう。艶を失った白髪、皺が幾重にも深く刻まれた肌、猫背になった姿勢で、ようやく上半身を支えている。


「油断するなよ」

 リドワンはシビルから視線を外さない。「奴は、魔女なんだからな」


 そうだ。剣や格闘で戦うのでなければ、肉体の衰えは関係無い筈。実際、以前よりシビルから感じる殺意のような圧力は強まっているように感じた。


「――あれが見えるか。奴の足元だ」


 顎でしゃくられた先を見ると、粒子が不自然な形に伸びている。細長くなったそれは、アイシャの方に繋がっているように見えた。


「あれを斬るぞ」


 俺は頷いた。おそらくだが、シビルとアイシャを繋ぐあれを断てば、儀式は中断される。

 と、シビルが口を開いた。


「……素直に死んでいれば良かったのに。あなたが見捨てた仲間に殺されるなんて、それ以上の幸せは無いでしょう?」


 俺は唇を噛む。奴は、どこまで知っているのか。


「――あいつらは、単なる化け物だったよ」


 俺の言葉に、シビルは笑ったように見えた。


「そうね。5年なんてあっと言う間だけど、あまり印象に残っていなかったからね。中途半端にしか作れなかったわ。ごめんなさいね」


 俺が一歩踏み出して、リドワンが横目で俺を制する。分かっている。時間稼ぎの戯言だ。まともに受け止めてはならない。しかし、次にシビルが発した言葉に、俺は目を見開いた。


「ところで――あなた達も、一枚岩では無いようね」

「……何を言っている?」

「後ろの大きい()。あなたには、迷いを感じるわ。そうじゃなくて?」


 ――ミルサーク?


「聞くな! ミルサーク!」


 俺は振り返らずに叫ぶ。


「分かるわ。あなたは、真面目な子。ギルド長としての責務と、自身の感情の狭間に、常に苦しめられて来た。今回の事もそう。あなたは、心の底では迷宮の存続を願っている。何も変わらず、これまで通りに、あたしが生き続ける事を」


 飛び出そうとした俺を止めたのは、空気を振るわせる、獣のようなミルサークの咆哮――いや、悲鳴だった。さすがに振り返らざるを得ない。彼女は顔を両手でおさえて、地面に突っ伏していた。ドナホゥが慌てて声をかけるが、うめき声を上げたまま動こうとしない。

 ――何だ、どうした? いや、()()()()()()


「足元だ!」


 リドワンの言葉にハッとする。ミルサークの右脚。足首に地面から飛び出した何かが絡みついていた。俺は魔素剣を発動しつつ飛び出すと、地面に突き立てる。――と、それは弾けるように霧散した。シビルの粒子! まさか、地面の下からとは。


 しかし妙だ。絡みついていたのは脚だ。何故、顔をおさえている? まさか――。


「ドナホゥ、離れろ!」


 しかし遅かった。何かに弾かれたように上半身を起こしたミルサークが腕を振り、ドナホゥを襲う。およそ人間を殴りつけたとは思えない音と共に、その体が後方に吹き飛んだ。


「ドナホゥっ!」

「だ、大丈夫ですぅ。ギリギリ、『光壁』を張ったんで」


 地面に転がったままだが、いつも通りの口調に俺は息をつく。しかし――。


 ミルサークの巨体がユラリと立ち上がる。……様子がおかしい。殺気が全身から満ち溢れている。何よりそれが、真っ直ぐに俺に向けられている。俺は一度、深呼吸をする。……見えた。ミルサークの全身を包む闘気のようなもの。いやこれは――瘴気? 黒い。どす黒い粒子。やはり、か。


「ぎ、ギルド長、どうしたんです?」

「離れてろ。こいつは――」


 俯き気味だった顔が上がり、片目を隠していた前髪が揺れる。普段とは比べものにならない位に金色に光るその瞳。今は残っていたもう片方も、同様に光っていた。決して澄んだ輝きでは無く、粘り気を感じさせるような、濁った光だ。


「操られているっ!」


 俺が叫んだ瞬間、ミルサークが俺に飛びかかった。まともに受け止めるわけにはいかない。俺は身を翻し、腕を取るとその勢いで後方――シビルの方に向かって放り投げた。その巨体は空中で回転すると、見事な着地を決める。即座に立ち上がり、シビルを守るかのように改めて戦闘態勢をとった。


「……えげつない事をしやがる」


 リドワンがつぶやいた。


「何とかならないんですかっ! あれっ!」

「分からんが――無傷でってのは、難しいかもな」

「そんなぁっ!」


 ドナホゥが悲痛な声を上げるが、リドワンはすげなく答える。


「下がってろ、ドナホゥ」

 俺は一歩前に出て、言った。「あれは、俺が何とかする。――リドワン、アイシャを頼めるか」


「2人がかりでやった方が、早いんじゃあないのか?」

「できるだけ、傷つけたく無い。操られているだけなんだから」


 リドワンの提案に首を振りながら、俺は5層での話し合いを思い出していた。自分の事しか考えない俺と違い、大局的な視線で物事を考えられるミルサーク。俺が命と引き換えにしても魔女を倒す、と言った事に反対していた。ここまで付いて来てくれてはいるが、心のどこかで思うところがあったのだろう。……そこを、シビルに狙われたのか。


「……そんな甘い事を言ってる場合か? あちらは、やる気に満ち溢れてる感じだぜ」


 確かに、普段以上の力を今のミルサークからは感じる。


「頼む。時間が無いのは分かってる。だが、ミルサークの力は必要だ。必ず、目を覚まさせてみせる」


 決めたのだ。もう、仲間を見捨てる事はしないと。「アイシャの方も余裕が無いのは分かってる。――だから」


 リドワンはしばらく無言だったが、やがて肩をすくめた。


「まともに戦うってのは、一人ではちと厳しそうだがな。アイシャと繋がってる粒子を斬るだけなら、何とか」

「頼む。多分だが、ミルサークは俺を優先して狙ってくる」

「なるべく手短に頼むぜ」

「……了解だ」


 俺達は同時に魔素剣を発動する。


「行こう!」

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