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シビルの子  作者: 健人


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50/55

50.「最大出力で頼む!」

 ファティの影――いや、アキルの影を取り込んだ今はあえて単なる影、と呼称しよう――は、ゆっくりと脚を進める。ネジドが思った通り、彼らに感情は無い。ネジドを殺せ、という魔女の命令を実行する為に、出来るだけの事をする。それだけだ。

 想定以上に手強い相手だが、ならばそれに対応するだけ。それだけの事だ。2つの核を融合した事で、魔力は増強されている。このまま光線を発射し続けながら、前進を続ける。そうすれば、いずれ相手を追い詰める事が出来る。確実に、勝てる。


 ――勝てる、だって? 何を言っているのか。勝ち負け等どうでもいい。相手を確実に殺す事。それだけだ。


 光線で崩れた瓦礫を踏み砕きながら進む。相手はそれに合わせて後退を続ける。そうだ、向かっては来られまい。いくら瓦礫の陰に隠れても、無駄なんだよ! 

 と、相手の動きが止まった。観念した? だが、やる事は変わらない。前進する。するとネジドが瓦礫の陰から不意に姿を現した。剣は握っているが、刃は出ていない。影が、その行動を不自然だと思えるようであったら、また違っていただろう。だが、何も感じ無かった。既に勝利を確信した今、相手がどのような行動をするかは意に介さず、殺す為の行動を継続する。ただひたすらに、単調に。


 その時、ネジドが叫んだ。


「――今だっ!」


 次の瞬間、瓦礫を貫いて発せられた光が、影の口内へと撃ち込まれた。


 ◇ ◇ ◇


 それに気付いたのは、偶然だった。後方の空間に、淡い光が見える。気のせいかと思ったが、現実だった。光線の、振れた瞬間に蒸発するのが目に見えるような冷たいものではなく、暗闇に小さなランプが灯るような、温かさのある光。四角く灯るそれは、徐々にではあるが内側にその面積を広げているように見えた。

 俺は後退しながらその場所を目指した。飛んでくる瓦礫を斬り裂き、斬り飛ばして壁を作る。化け物の光線が命中したらひとたまりも無いだろうが、せめてもだ。壁の陰に滑り込む。その時、跳ね上がった石ころが光の壁に触れたかと思うと、まるで金属に当たったかのような音をたてて跳ね返った。


 ――(さわ)れる?


 手を伸ばしかけた時だった。


「……だ、誰かいるんですか? ネジド、さん?」


 聞こえてきた声に、耳を疑った。壁の向こうからだ!


「……ドナホゥ?」

「ね、ネジドさん! やった! 繋がったぁっ!」

「どういう事なんだよ、これは」

「魔女が作った、境界の壁ですぅ。見ることも、触る事もできないんですけど、あたし達は思っているよりずっと近くにいるんですよ!」


 光は四角の殆どを満たそうとしていたが、ドナホゥらがいるのだろう向こう側は見えない。


「そっち、大丈夫なんですか? 魔女と戦ってるんです?」

「魔女じゃあないが――あまり、芳しくない状況だ。ほら、聞こえないか?」

 言った途端に光が壁を削り落として、派手な音が轟く。「そっちは?」


「魔物の大群に囲まれて――二人とも、あたしを守ってくれています。けど――」


 向こうからも、石が崩れ落ちるような音が聞こえてくる。


「このままだとジリ貧ってか」

「そうなんですよぉっ! 何とか、この壁をぶち破らないと!」


 ……合流すれば何とかなる、か。


「試してみる。離れてろ」

「え? ち、ちょっと待って――」


 俺は魔素剣を短く発動させると、腰だめに構えて壁を突いた。が、その瞬間稲妻のような衝撃と光が走り、思わず剣を取り落としてしまった。


「~~っつ、何だ!?」

「だ、大丈夫ですかぁ? ダメなんですよぉ、そっちからじゃあ! こっちからじゃあないとダメなんですぅ!」

「だったら、早くしてくれ! リドワンの魔素剣なら――」


 俺は剣を拾うと同時に、影の方を確認する。――もう、あまり時間は無い。


「で、でも、リドワンさんも魔物に囲まれてて、ヤバいんですよぅ! ギルド長も――わぁっ!」


 悲鳴と同時に会話が途切れる。


「どうした!」

「だ、大丈夫です。ちょっと、生首が飛んで来たんで」


 どうやら向こうの状況も、のっぴきならない事になっているらしい。


「何か、無いのか。ドナホゥ」

「な、何かって――」

「リドワンもミルサークも駄目なら、お前しかいないだろう。何か手段は無いのか。この壁を破る手段が。魔法を至近で使うとか、魔物を誘導して攻撃させるとか――」

「冗談言ってる場合じゃあないですよぅっ!」

「冗談なんかじゃ無いさ。それ位、何でもいいから考えろって事だ」


 唸り声がしばらく続き、やがて静かになった。


「……どうした?」

「……一つだけ、可能性があります。うまくいくかどうかは、保証できないですけど」

「それでいい。やってくれ」

「軽っ! あたしこれでも結構、決意持って言ったんですけどねぇっ!」

「それくらい、追い詰められてんだよ。で? どうやるんだ」


 しばしの無言の後に、返事があった。


「……眼鏡です」

「は?」

「あたしの眼鏡、魔道具なの知ってますよね。他人の感情を読み取れるっている補助道具なんですけど、攻撃魔法が一つだけ使えるんです。魔法っていうより、魔力を凝縮して発射するだけなんですけど。例えアレですが、水鉄砲みたいに」


 魔力を凝縮? それってもしかして――。化け物の光線が頭上を通過し、俺は首をすぼめる。この、光線と同じ? もしそうなら――。


「やれるのか?」

「もう充填は終わってますぅ。……使ってなかったですからね」

「なら――」

「念の為、離れてください。貫通するかもしれないので」


 体をずらそうとして、ふと思い付いた。もしドナホゥの攻撃が、化け物の光線と同じだったなら……奴にも効果があるかもしれない。


「ドナホゥ、俺が合図するからそのタイミングで頼めるか」

「え? は、はい」

「最大出力で頼む!」


 ごくり、と唾を飲む音がした。さいだいしゅつりょく、さいだいしつりょく、とぶつぶつ呟き始める。いささか不安――いや、不安だらけだが、やってみるさ。

 俺は瓦礫の陰から化け物に身を晒す。そうだ。もっと来い。もう少し……もう少し左へ。よし。多少気に食わないが――。


「――今だっ!」


 ◇ ◇ ◇


 想像以上に太い光線が、化け物に撃ち込まれる。ドナホゥが意図したのか分からないが光線は上方に移動し、粒子をさらに蒸発させた。化け物が悲鳴上げて身を捩らせ、口が閉じる。

 俺は改めて『身体強化』をかけて駆け出す。おそらく核は、人間体の中にある。積もった瓦礫を足場にして、俺は飛び上がる。上段に構えた魔素剣に魔力を込める。――伸びろ! そして太く! 


 眼窩だけのファティの顔が、俺を見上げた。鼻も口も無い、粒子で構成されただけの、影。表情などあるはずがない。だが俺の目には彼女が一瞬だけ、俺に斬られるその刹那、微笑みを浮かべたように思えた。

 魔素剣は化け物を両断し、返す刃で触れた粒子を蒸発させた。それでもまだ粒子は大量に残っていたが、何かを見失ったかのように右往左往している。


「探し物は、これか?」


 俺はそれらに向けて、手にしたものを掲げた。漆黒に輝く、というと妙だがそうとしか表現しようのない、2つの真球が融合しかけた物体――核。つまり、魔石。今はピクリとも動かない。それを見た――のか分からないが、粒子の塊は一瞬止まったかと思うと爆発したかのように広がり、核を中心にして再び形を成そうと俺に向かって殺到してきた。


「返すよ」

 俺は核を放り上げ、同時に魔素剣を発動させる。「――じゃあな」


 殆ど手応えを感じる事無く、魔素剣の刃は核を消し去った。同時に俺を囲んでいた粒子も消滅する。今までそこに何も無かったかのように、跡形も無く。

 同時に、何かにヒビが入るような軋み音がした。ドナホゥが破壊した境界の壁。その光を中心に、空間に光の切れ目が広がっていく。――そして、一気に崩れ落ちた。土埃でなく、壁を構成していたのだろう魔素の粒子が巻き上がり、視界を塞ぐ。


「〜〜ネジドさんっ!」


 その声に、俺は視線を上げた。地面にひっくり返ったドナホゥ。アルクァ・バルトを構えたまま茫然としているミルサーク。そして、魔素剣の刃を収め、ゆっくりとこちらを振り向きニヤリと笑ったリドワン。


「よぅ、生きてたか」

「そっちもな」


 俺はリドワンに歯を見せてやり、それからドナホゥに手を差し出す。


「お前さんのおかげで、助かったよ。ありがとう」


 途端に彼女の両目から大粒の涙がこぼれ落ちた。


「~~気持ち悪い事言わんでくださいよ、ネジドさんらしくないですぅ」


 この野郎、と苦笑いしつつドナホゥを引き上げてやる。と、倒れていたその脇に何かが落ちているのに気が付いた。……眼鏡だ。レンズが割れ、フレームも高熱で溶けたようにひん曲がっている。


「これ――」

「いいんです」

 拾い上げた俺の手からドナホゥはそれを取り上げ、首を振った。「十分、役に立ちましたから。ですよね」


「あ、ああ。すまなかったな。でも――」

「何です?」

「お前さん、やっぱりあの眼鏡は似合って無かったな。無い方がいいと思――うっ!」


 ドナホゥが俺のみぞおちに拳を入れて、一瞬息を詰まらせる。


「今、そんな事言いますかねぇっ!? やっぱりネジドさんはネジドさんですぅっ!」

「ともかく、眼鏡は弁償するよ。……大事なものだったんだろ? そんなになるとは思わなくてな」

「別にいいですって。不便があるわけじゃあないですし。お気持ちだけ頂いておきますよ。それに――」

「何だよ?」

「ネジドさんの言う事ですから。期待すると、バカをみちゃいそうですしね!」


 みぞおちをさする俺に、ドナホゥは言い放った。


 期待するとバカをみる、か。口から出任せを言ったつもりは無い。が、実際弁償できるのかと問われれば……。そう。ここからが、本番なのだから。

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