46.「出来るさ。信じてるぜ」
「――キリがないな」
リドワンは倒した魔物の死骸を足で脇に避ける。闇が晴れたと思ったらネジドの姿は無く、周囲を有象無象の魔物に囲まれていた。足止め、こちらの消耗を目的とした数による暴力。その両方だろう。それを見越して魔素剣は使っていない。しかし斬っても斬っても新たな魔物がどこからか沸いてくる。足元にはその死骸が溜まり、動きを阻害する。
「どうする。このままじゃあ、ジリ貧だぞ」
「イザとなったら食料はあるんだ。安心しろ」
背中合わせになったミルサークの言葉に応じる。
「し、食料って、まさか――」
ドナホゥが横から悲鳴のような声を上げる。
「魔物の肉位、冒険者なら食べ慣れてるだろう?」
「調理する余裕なんか、ありませんよぅっ!」
「生でいけ。生きる為だ」
「そんなぁっ!」
無駄口が叩けるのは、余裕がある証拠だ。だがミルサークの言う通り、このままではマズい。魔物を倒し切る事が出来ないのなら、別の手段を考えなければ。
「おい、どう見る?」
飛び込んで来たキラーキャットを一閃して、リドワンは背中に訊ねる。
「――ネジドだな」
アルクァ・バルトの火炎が正面の一群を焼き払う。「1人だけ分断されたって事は、我々に揃って欲しくないという事だろう。……おそらく奴は別の場所で、戦っている。シビルとで無ければいいんだがな」
リドワンは頷く。自分の想定と同じだ。さすがだな。
「多分だが、近くにいる筈だ。結界か何かで、阻害されてるのだろう。……まずは合流する事。そこからだな」
いずれにしても、ネジドが居なければシビルには敵わないのだ。
「おい、聞いての通りだ。あいつの居場所、分からないか?」
リドワンは横に向けて訊ねた。
「……無茶振りにも程がある、と思うんですけどね?」
ドナホゥは『爆裂』を放ちながら答える。
「そうでもないさ。この中で、魔素の動きを一番敏感に探知できるのはお前さんだと思うぜ」
「えっ? いや、あなたの方が――」
リドワンは口の端を歪めて言う。
「確かにこの金色の眼には、魔素の動きが見える。だがな、どこをどう見ても一切の違和感を感じないんだ。相当、巧妙に隠されている。探すのは結界の壁そのものじゃあない。この空間の何処かで戦っている、奴の意志だ。そいつを見つけりゃあ――」
リドワンは床を這い伝って忍び寄る粘液状の魔物に向って『火炎』を放ち、蒸発させる。
「何とかなる、ですか?」
「分からんがな。少なくとも、この不毛な戦いを続けるより見込がある。やってくれるか」
ドナホゥは一瞬言葉に詰まったが、頷いた。
「できるか……分かりませんけど」
「出来るさ。信じてるぜ」
そんな簡単に――。抗議しようと口を開きかけた時、反対側から肩をポン、と叩かれた。
「私も、信じてるぞ。間に入れ。お前は探知に集中しろ」
ミルサークがそう言って、リドワンとの間を開けたそこにドナホゥは滑り込む。
……出来るだろうか。こんな自分に。養成所では攻撃魔法が不得意な事で、落ちこぼれ扱いだった。支援魔法がいくらできても、評価されなかった。いつしか本音で話すのを避け、口調も意図的に変えた。調子だけは良い、怠け者。その立場に収まっていれば、楽が出来た。責任を負わされずに済んだ。
隣国へ送り込まれると決まった時は、正直嬉しかった。少なくともこの国に居続けるよりは、自由を得られると思ったからだ。だが、実際はさほど変わらなかった。いやむしろ、酷くなったと言っていい。スパイ同士の監視、疑念、誹謗、中傷、身に覚えの無い罪での諍い。評価を得るためには手段を選ばない同胞達。評価を得られれば、国へ帰れる。そう信じて疑わない愚かな者達。
何処に居ても、同じだ。誰も信じられず、信じて貰える事も無い。ギルド職員として潜り込んだのは、迷宮の情報収集が目的だったからだ。他人と関わりの少ない、当たり障りの無い業務を続ける日々。いつしか、それなりにやりがいを感じ始めている自分がいた。
そして、ネジド専任の担当窓口への異動。初めは徹底的に塩対応であたろうと思っていた。ペナルティを喰らった冒険者の相手など、厄介以外の何者でもない。だからこそ、自分に押し付けられた事位は分かっていた。
だが初めてネジドと会った時、帽子のつばの奥に光る目を見て、興味を引かれた。仲間を見捨てて1人で逃げた、卑怯者。そう聞いていた。だがその目の奥には、力が宿っていた。自身に対する後悔、怒り、再挑戦への強い意志。それは卑怯者の眼では無かった。
それが分かったのは、魔道具である丸眼鏡のおかげだ。幼い頃、両親が買ってくれたものだ。その事だけには、感謝をしている。子供用の物など手に入らず、大人用の不格好なものだ。大人になった今でも、合っていない。両親は単なる眼鏡と思って買ったらしいが、使っている内にそれが魔道具である事に気付いた。魔力を流すと、他人の感情が読み取れるのだ。色で表示される簡易的なものだが、助けられた事が何度もあった。
感情――意志。そうだ。アイシャに貰った魔力の助けは、まだ生きている。今なら……出来るかもしれない。
ドナホゥは一度眼を閉じる。無意識に祈りを捧げるように、両掌を組み合わせていた。魔物にも意志がある。それと勘違いしないように気を付けながら、空間の中にネジドの意志を捜す。どれだけ広いのか分からないが――やるんだ!
ドナホゥが目を見開いた瞬間、発せられた魔力量に2人は驚いて一瞬視線を向けた。ドナホゥの全身が金色の粒子に包まれ、丸眼鏡のレンズが光っている。
「……頼むぞ」
ミルサークは喉の奥で呟いて、再び魔物の方を振り向いた。
◇ ◇ ◇
「これより決勝を行う! 赤、ネジド! 白、アキル!」
周囲からワッと歓声が上がる。その殆ど――いや全てが、アキルに向けられているのは分かっていた。
冒険者学校で定期的に行われる、剣技大会。何故今、こんな事を思い出したのだろう。……そうか。俺が唯一、アキルに勝った時だからだ。もっとも俺達が対戦したのはこの時だけだったが。
探していた装備を借金して買ったばかりの俺には、まとまったカネが必要だった。学生には迷宮の第一層限定で探索が認められていたが、それで稼ぐには限界がある。だから生徒間で賭けが行われているこの大会に、自分自身になけなしの全財産を賭けて出場したのである。
太陽のように明るく、皆に慕われるアキル。対して俺は、夜の月でさえない陰気な暗闇の象徴。勝つ自信はあった。同時に嫉妬もあった。周りの奴らを見返してやりたい、そんな気持ちが無かったとは言えない。特に――。
俺は対戦場を囲む奴らの中から、ファティの顔を見つける。その白く美しい顔は、捜すまでもなく俺の視線を惹きつける。
「対戦前から余所見とは、余裕じゃあないか」
突然話しかけられて、俺は我に返った。他人に話しかけられる事に慣れていない悲しさ、咄嗟に言葉が出て来ない。無言で俯くしかできなかったその態度は、アキルにはどう見えたのだろうか。
「教官、宜しいでしょうか」
アキルは横に立つ審判の方を向く。「彼に、剣をもう一本、渡してくれませんか? できれば、少し短いやつを。双剣が、彼本来のスタイルなので」
俺は愕然とした。アキルが俺の事を知っている。それも、戦い方まで。
「……そうなのか?」
教官は俺の方を向いて訝しげに訊ねるが、それは俺にでなくアキルに向けてだ。
「これは、剣技大会でしょう? ならば、それぞれ得意とするスタイルで戦わなければ、不公平というものじゃあないですか?」
言葉だけを聞くと、凄まじく奢りと傲慢、嫌味と見下しに満ちたものにしか聞こえない。他の奴が言ったら、実際そうだっただろう。だがアキルが言うと、別だった。言われた俺ですら、全く嫌悪を感じなかったのだから。
教官は俺の意志を確認すること無くもう一振りの剣を持ってこさせて、俺に差し出す。一瞬、俺は躊躇した。その瞬間にアキルが言った。
「遠慮するなよ」
アキルを見やるが、その表情はあくまで穏やかだ。
「お前とは一度、思い切り戦ってみたいと思ってたんだ」
存在を認知されていた事すら驚きなのに、剣技のスタイルを知られ、さらに「戦いたかった」だと? 混乱しかける頭の中を何とか無視して、俺は剣の柄を握った。アキルの方に向き直す。そして――無意識に開きかけた口を、俺は慌てて閉じた。
今俺は、何と言おうとした?
喉の奥、すぐそこまで出かかっていた言葉。……感謝。俺は頭を振る。――違う! 何をやっているんだ、ネジド。ほだされてどうする。お前に必要なのは、怒りだ。それだけがお前の力の源。怒れ――怒れ。お前は、見下されているんだ。同じ条件では勝てまいと思われて、情をかけられているんだ。だから、怒れ。そして戦え。
――よし。
腹を決め、頭の中をクリアにする。2振りの剣の具合を順手、逆手、持ち替えて軽く素振りをしつつ確かめた。俺がその所作をしている内に、いつの間にか場内は静かになっていた。
「……いつでも始めて貰っていいですよ」
俺は唖然とした様子でこちらを見ている審判に告げた。
「あ、ああ。そ、それでは決勝戦――」
俺は『身体強化』をかけて、身を屈める。
……アキルよ。正しさや優しさが、必ずしも人を癒すわけじゃあないって事を、教えてやる!
「始めっ!」
審判の声と同時に、俺は飛び出した。




