27.「……許せよ」
「リドワンだ。よろしくな」
男はそう言って、刃を仕舞った。
「――もしかしてさっき、家の前にいたか?」
「ほう、気付いていたか。流石だな」
リドワンの口元に笑みが浮かぶ。「大体の状況は知ってる。――よく、アイシャを守ってくれたな。礼を言うよ。あんな姿になってしまうのは、想定外だったがね」
俺は眼を見張った。一体どうやって――。
「簡単な事さ。奴らの中に紛れていたんだよ。妻が捕まっているのは分かったが、居場所が分からなかったのでね。そうこうしている内に、君らがやってきた、という訳さ。――ああ、監視は気にしなくていいぞ。俺がその監視だからな」
「……それで?」
俺は矢継ぎ早に質問を投げつけたい衝動を抑えつつ、「こんな場所に連れ込んで、どういうつもりだ? 素直に家に入りゃいいじゃねぇか」
「あんな雰囲気の中に、かね?」
彼は肩をすくめたようだった。「随分と、紛糾していたようだが。――俺も、娘に平手打ちをされた経験は無い。ある意味、妬ましいよ」
俺は思わずアイシャに叩かれた頰を押さえた。
「死ぬ為に戦う、か。……なら、1つ俺に賭けてみないか?」
「……賭ける?」
「魔女を殺して、アイシャを守る。俺はあの子が生まれてからずっと、その為に生きてきた。その結果の1つが、この魔素剣だ。魔女に唯一有効な武器さ。――だが、俺一人では勝てない。勝てないんだ」
「――まるで、魔女と戦った事があるような事を言うじゃないか」
「戦ったさ。……何度も、何度もね」
「……何だと?」
意地悪を言ったつもりが、意表を突かれた返事に唖然とする。「ソロでか? 嘘をつけ。そう簡単にたどり着ける訳がないし、魔女と戦って、無事で済む筈もないだろう」
「俺は、迷宮の民だぞ。迷宮の中で、行けない場所など無いさ。それに、準備もしていたのでね」
リドワンが左腕を突き出す。そこには、ギルド支給の腕輪があった。――瞬時帰還か!
「知ってるか? ちょっと知識があれば、帰還場所は自由に調整できるんだ。……さすがに、何本も手に入れるのは苦労したがね。まだ、信用できないか? なら、これでどうだ」
そう言って彼はマントをめくり、シャツを上げた。
俺は息を呑んだ。体に刻まれたおびただしい数の傷跡。――本当にこの男は、1人で魔女に挑み続けてきたのだと実感した。
「手を貸せってのか。……けど、俺の持っている魔素剣は、壊れちまってる」
「誰が造ったと思ってるんだ。そんなもん、すぐに修理してやる。――問題は、そこじゃあない」
じゃあなんだ――、と問おうとした瞬間、リドワンが俺の懐に飛び込んできた。腰溜めからの拳の一撃。辛うじて差し込んだ右腕の感覚が無くなる。
「……どういうつもりだ」
「テストだよ。足を引っ張られては敵わんからな。それに――」
リドワンは剣を抜き、笑みを浮かべた。「お前も少し、暴れたい気分だったんじゃあないのか?」
……望む所だ。
俺も、笑みを浮かべていたに違い無い。右手を開け閉めする。まだ感覚は戻らないが――柄を握れれば十分!
「魔素剣は、使わないのか?」
「そんなもん使ったら、お前の体が消し飛んじまう。消えちまったら、さすがに魔法でも回復できんからな」
双剣を抜きながらの俺の問いに、リドワンは答える。……つまり、死なない程度に本気だという事だ。
「――行くぞっ!」
言葉が聞こえた瞬間、剣の切っ先が目前にあった。左で打ち払い、右を振り下ろそう――とした場所には何も無い。
想定通り!
あえてそのまま剣を振り、その勢いまま回転し、後ろに脚を払う。真っ直ぐ俺に向って突っ込もうとしていたリドワンは行く手を阻まれて息を吐きながら後ろへ跳躍した。
「どうした、突っ込んで来るばかりじゃあ、能が無いぜ」
「猪突猛進ってのが、信条でね」
彼は肩をすくめた。
「……そんなんで、よく生きてこられたもんだ」
「下手な小細工は無用さ。シンプルな攻撃が、最も効果がある場合もあるって事だ」
「へえ、そんなもんか――」
俺は『身体強化』を発動する。「ねっ!」
意匠返しとばかりに突貫した俺だったが、その剣先の遥か先にリドワンは移動していた。
――ちょこまかとっ!
一直線に向かうと見せかけて、後方へ! が、
「お返しだ」
予測されていたのだろう、ジャストなタイミングで振り回された足払いに足をすくわれる。俺は咄嗟に体を回転させて追撃を防ぐと、そのまま次の攻撃へと移行する。
止まったら、負けだ。素早さが俺の命。動け、動き続けろ。しかしリドワンは双剣の攻撃を捌き続ける。『身体強化』も使っていないのに、追いついている。
「舐めるなぁッ!」
俺は回転を上げた。左、右、右、左、右、そして――右!
もらった!
絶対に捌ききれないタイミング。しかし袈裟斬りに振り下ろした短剣は、金属音と共に阻まれた。
「『身体強化』には、こういう使い方もある」
リドワンは、発光する腕輪の向こうで笑みを浮かべた。腕のみに魔法をかけて、防いだのか! 『身体強化』で攻撃を防ぐなど、聞いたことが無い。
「で、そのままこう、だ」
みぞおちを貫かれるが如くの衝撃。俺は後方に吹き飛ばされて、地べたに倒れ込む。胃の奥から染み出してくる血の味を飲み込みつつ確認すると、リドワンのこちらに向けた左手から魔素粒子が散っていた。
「腕に溜めた魔素を、掌から放出したんだ。近距離限定だが、これも魔女には有効な攻撃だ」
「――何だよ、レクチャーでもしてくれるってのか?」
「そうさ。お前は魔法の使い方が下手過ぎる。俺が見る限り、素養はある筈だ。何故それをもっと有効に使わない?」
素養がある、だと? そんな訳が無い。冒険者学校時代から、自身の才能の無さは自覚していたし、他者からなじられる原因だった。だからこそ、剣技に傾注したのだ。
……待てよ。そう言えばアイシャが言っていた。俺の体が以前とどこか、違っている、と。――何か、変わったのか? アイシャの魔力を流し込んだ事で。
……やってみるか。
長剣を握った左手に魔素を集める。集まったそれを掌から、剣そのものへ。
――いけっ!
俺が剣を振った瞬間、刃から衝撃波のような粒子が飛び出した。金色の――魔素粒子? リドワンは目を見開いて身を捩り、ギリギリでそれを避ける。粒子は後方の建物の壁に当たると、水が一瞬で蒸発するように音もなくそれを掻き消して突き抜けた。
「出来るじゃないか」
唖然としていた俺に、リドワンは言った。「だが、その剣はもうダメだな」
ハッとして見ると、刃がドロドロに溶けて、地面に落ちた。
「後で、良さげなものを調達してきてやる。もう一度やってみろ。今度はこれでだ」
――魔素剣!?
「いや、これは俺には……」
「いいからやってみろ。お前に売った物からかなり手を加えて、魔素の消費量を減らしたんだ。今のお前なら、すぐに枯渇するってことは無い」
「……本当に?」
「と、思うがね」
彼は肩をすくめる。
そんなテキトーな。……だが、これを使えねば魔女には勝てないのだ。それがアイシャの補助無しで出来るのならば。
俺はスイッチを押した。芯棒が伸びていく。
「その速度と、重さも改善点だ。――やってみろ。さっきと同じ要領だ」
体内の魔素の動きに意識を集中する。確かに、妙だ。先程かなりの量の魔素を使った筈なのに、少なくなった感覚が無い。……これなら。
柄の部分から光が生じた。金色の光。芯棒を包み込むように、薄く伸びていく。――そして、先端に達した。
やった――やった!
俺はさらに魔素を送り込む。刃が輝きを増す。太さは変わらないが、込められた魔力が増えているのがわかる。俺は柄を両手で握り、上段に構えた。
――正面には魔女。黒い粒子で包まれて、その姿は見えない。そこから無数に伸びる、粒子の触手。四方八方から俺に狙いを定めている。あの粒子の向こうに、いるのだ。いる筈だ。……待ってろ。今俺が――。
「そこまでだ」
肩を叩かれて、俺は我に返った。正面には、誰もいない。
「そこまで扱えるのが分かれば、十分だろ」
「……テストは?」
俺は刃を収め、魔素剣をリドワンに返す。
「言う必要あるか?」
彼は笑って言った。「そろそろ、メシも出来上がる頃だ。ご相伴に預かりに戻ろうや。俺も、腹が減ったよ」
ネジドは気付いていなかったが、マタハットであるリドワンには分かった。ネジドの眼に、異常な量の魔素が集中していたのを。……今は徐々に薄くなっているが。
おそらく魔素剣を展開していたあの時、彼の瞳は金色に染まっていただろう。だが、今それを言っても仕方がない。魔女を倒すには、仕方がないのだ。
……許せよ。
リドワンは心の中で呟きながら、もう一度ネジドの肩を叩いた。




